暑くなってきたこの季節に、とろろ蕎麦が冷涼感を与えてくれる。そして半天ぷらは尻尾側ではあったもののちゃんと身の比重で二等分してあった。よかった。
「それにしても奇遇だな。時間は空いてるの?」
それにしても良く食べる。何人前だ? 最初会ったときはそこまで食べる印象無かったのに、我慢してたか?
「うん、空いてるよ。どうかしたの?」
「いや、よかったら勉強教えて欲しくて。ほら3年も寝てたから、習った内容まで忘れちゃってそうで、本当に掻い摘んで教えてくれるだけでいいからさ、予習と復習をして起きたくて」
俺の頼み事にイヴは満面の笑みで胸を叩き、了承してくれた。持つべきものは友達のかも知れない。
俺と同じくらいに食べ始めて、同じくらいに食べ終わったイヴと寮の部屋に
戻り、イヴの執ったノートを見せてもらいながら、教えてもらう。
国の成り立ち、抗争、王座争い、貴族の反乱、国民の利権問題。いろいろと流れで教えてもらったが、俺の頭のスペックでは一回で覚えられないことは分かっていたので、物語を聞いているかのように聞き流していた。まぁ、あらすじを知ってるだけでも違うしね。
所々で出てくる海竜の話は面白かった。大体の海竜に関する技術が、ククルカ島のご先祖様方が伝えたものらしいけど、眠り笛だけは王国民の当時の研究者が開発したものだというから驚いた。
そんなこんなで、すっかり日も暮れて寝ることにする。その日は二人して夜遅くまでたわいもないことを話し合っていた。お互いのいなかった三年間を取り戻すかのように。
次の日、目が覚め、授業の準備を完了し、教室に向かおうと部屋を出た。
「あれ? インパス先生どうされたんですか?」
そこには今まさにノックをしようとしていたのか、右手の拳を持ち上げているインパス先生が立っていた。
「おはようございますランデオルス君、今朝方マナー講師がお着きになりましたので、そちらまで案内しますよ」
「うぇ? 僕は今日から第四学年の授業に復帰する予定だったと思いますけど‥‥‥」
「えぇ、その予定だったのですが、マナー講師の方、いえ、そのお連れの方が今すぐにでも会いたいと仰ってますので、如何せんこちらもお願いしている立場と言うのもありますが、向こう側の立場もあるというか‥‥‥」
インパス先生にしてはどうも弁が立っていない。というか困っているような感じだ。まぁ、断れないことも大人にならあるだろう。
「分かりました。付いていきます」
そう答え、インパス先生の後ろを歩き、向かった先は使われていない空き教室。とかではなく、貴賓室だ。ふぅ、嫌な予感。
深呼吸を一回して、インパス先生が「失礼します」というと一緒に部屋に入る。
目に飛び込んできたのはこちらを見つめてくる勝気な眼、金髪のツインテール、豪華なドレス。天真爛漫というより自由奔放という名の方が強そうな女の子だ。そしてその背後に佇む偉丈夫。
この二人組のセットをどこかで見た事がある気がする。どこかで、どこで‥‥‥。
俺がうんうんと悩んでいると、少女はその場で立ち上がって大きな声で俺の名を呼んだ。
「ランディ! 久しぶりね! 体はもう元気なったの? マナーを教えて欲しいんでしょ! あのときの続きよ! 私が教えてあげるわ!」
あぁ、この感じ、気になったことに猪突猛進な個の感じ、思いだしたよ。
「お久し振りですね、アイシャお嬢様、トロンさん」
アイシャは名前を呼ばれて、満面の笑みを浮かべた。
あぁ、後ろでトロンさんが「はしたない‥‥‥」と顔を手で覆って、ぼやいているのを見ると変わらないものもあるのかと、実感できて少し郷愁に似た思いが胸をよぎるが、悪くない。そう思えた。
「それで、アイシャお嬢様が名乗りをあげたけれど、講師なんて出来ないので、トロンさんが教えてくれると」
「アイシャでいいのに」
「そういう訳にはまいりません」
講師が出来ないというのは二つの意味がある。技術的のレベル的に教えられないというのと、もし、実際にマナー違反をしてしまった場合にその非難は、教えた講師にまで飛び火するかもしれないという可能性を考慮した結果だ。
「あと、出来ればいきなりの訪問は辞めていただけると助かります。僕も遅れている分の授業を取り戻さないといけないので」
「わ、わかったわよ!」
「止められずに申し訳ない」
そういい、深々と下げるトロン。
「いえいえ、トロンさんは悪くないですよ。色々あるでしょうし」
実際に話を聞いてみると、このおてんば娘はさらに磨きがかかっているらしい。トロンさんで無理なら領主を連れてくるしかないだろうが、領主も領主で忙しくて全てに手が回らないようだ。
という事で、俺の礼儀作法の講習は放課後に、街のホテルに泊まっているトロンさんが学校に来て教えてくれることになった。アイシャは一体何をしに来たのかと思ったが、本当に勢いだけ出来てしまったようなので「いい機会です」とトロンさんに言われ、俺と一緒に講習を受けることになった。
ちなみにアイシャは不服そうな顔をしていたが、しばらく考えたのちに了承した。考えるってことが出来たのか。
あぁ、またタスクが増えてしまった。早く修了して一個でもやることを減らさねば。俺は自分が楽するために、全力で取り組むことを硬く決意した。