ゆっくりとリハビリをこなし、日常生活に問題なしと太鼓判を押されてたので、久しぶりにノミリヤ学園にやって来た。
まず初めに向かったところは竜舎だ。
ミラン先輩に、イヴ、コリウスおばさんにヒナバンガさん、事務のお姉さんだって見舞いに来てくれた。この街で知り合った人は一人残らず来てくれたと思う。
ただ、正式に護衛を何人も引き連れてきた第二王子だけは、驚きが勝ったけども。
ということで唯一、再会を果たしていないフィオナに会いに行くのだ。
三年でどう成長したのだろうか。歳も歳なのでもしかしたらちゃんとお爺ちゃんになっているかもしれない。
どんな姿になっているのか、楽しみだ。皆から聞くことも出来たが、あえて教えないでもらっていた。自分の目で確かめたかったから。
「さてさて、御開帳~」
ランデオルスの言葉と共に、勢いよく扉を開けると、竜舎の一番奥、少し薄暗いはずのそこは、横窓から入ってくる光がちょうど、フィオナの顔を照らし出している。
少しの埃っぽさが光に反射し、キラキラと輝いているのは、まるでランデオルスとフィオナの再会を祝しているようだ。
目に入って来た光景、鼻に抜ける泥臭さ、どれもが久しぶりのことで思わず歩みをとめるも、ただ一点を見ながら、再び歩き始め、それに近づいていく。
「久しぶり」
竜舎の手すりに寄りかかり、フィオナに声を掛ける。
しかしフィオナは聞こえているにも関わず、こちらの声が届いていないかのように、入り口を見つめたままのフィオナ。
「‥‥‥責任感じてんのか?」
言葉を投げかけても反応こそしないが、態度でこちら意識していることは分かる。どうせ自分が関わると怪我をさせてしまうかもしれないと、不安になっているのだろう。
ランデオルスはそんなフィオナをしばらく見つめ、フィオナのいる水槽へと梯子を降り、膝下を濡らしながら近づいていく。
「何をしてるのですか! 危ないですよ!」
周りの人は思いげけない行動に、少し固まっていたが、ハッと気づき、警告と共に眠り笛を口に咥えた。
それに気づきランデオルスはバッと手で制す。
「大丈夫です、それに今なんです。今この確執を取り除かないと、一生抱えることになりそうで嫌なんです。今だけ見て見ぬふりしてください」
ランデオルスがさらに近づくと、フィオナもチラチラと目だけで、ランデオルスを見ている。
手で触れられる距離まで行くと、そのまま体重をフィオナに預けて撫でる。
「心配かけたな、でももう大丈夫だ。フィオナのせいじゃない。‥‥‥背負いこまなくていいんだよ、むしろ感謝してるよ。フィオナが俺を急いで運んでくれたからこそ、俺は今生きてるんだから。‥‥‥ありがとう。本当にありがとう」
呟くようにフィオナに言葉を投げかけ、気持ちを伝えると、フィオナは迷うようにゆっくりと首をまわして、ランデオルスを包み込むように、抱きしめるようにして「ぴぃ」と一言鳴いた。
一通り再会の抱擁をしたあと、改めてフィオナを見る。
「またデカくなった? と言うより若返ったのか? 一回り筋肉がデカくなってる気がするけど」
他の人から聞いた情報では、あの事件以来、食べなくなって痩せこけてしまったとかいう話を聞いたんだけど、ちゃんと食べれば3年で元通りになるもんなのか。食生活って大事なんだな。
「すみません! 竜舎開けても良いですか? フィオナとちょっと散歩に行きたくて!」
「分かりました。少し待っててください」
フィオナの体温を感じていると、久しぶりにフィオナの背に乗って海を走りたくなった。‥‥‥ていうのも半分は本当だが、もう半分は、自分がトラウマになってないかを確認したかった。
死にかけた体験を言うのは、人生でそう何度もあることじゃない。普通ならそれを回避しようと心が働き、似た状況を避けるために、トラウマと言うものが発症する。
ここでもし、発症したとしても、今ならまだ無理やり矯正できるような気がした。
「それじゃあ、扉を開けますね」
フィオナの部屋の扉を開け、外に出ると、鞍を付けて準備が完了した。さて、どうなるか。
「‥‥‥」
足踏みに片足を乗せ、一気に駆け上がり、背に騎乗する。
あぁ、この景色だ。いつもとは違う目線の高さ。顔に受ける風も心なしか涼しく強い。気分が高揚し、砂浜を前進させ、海に入る様に指示を出す。
よたよたと歩いて、ゆっくりと入水した。
ただ浮かんでいるだけの状態では大丈夫なようだ。少しの恐怖は毎回ついて回る。しかしそれは別の言葉に言い換えると緊張感だ。怖気づいているわけではない。
「よし、全力前進だ。一気に頼む」
その言葉を合図に、世界の時が止まったのかと錯覚するほど、いきなりトップスピードで駆けだした。
なんとか鞍を掴んで体が置いていかれるのを堪える。思わず閉じた瞼をゆっくりと開ける。フィオナの後頭部が見える。
なんとなく、なんとなくだが、嬉しくて笑っているような気がした。
「どうやら大丈夫みたいだ。俺も、楽しいよ。ただいま、フィオナ」