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そののち

「最近はね、ちゃんと毎日食べてるよ。餌に全く手を付けなくなったときはどうしようと思ったよ。それでね、この間外に連れていったらね、魚も自分でとる様になったんだよ。僕も負けてられないってね、たくさん食べることにしたんだ。ほら、少しだけ筋肉が付いてきたと思わない?」


 少し大人びたイヴが筋肉を見せつけるように力こぶを作るも、少し筋が浮き上がる程度で、未だ線の細さは、少女と見間違うほどだ。


「だからね‥‥‥ランディも自分でしっかり食べないとダメだよ。もう、あれから三年だよ。みんな待ってるからね」


 イヴが声を振り絞り、目の端に涙を浮かべても、ランデオルスの瞳に光は無く、ただ正面の虚空を見つめているだけだった。


 あの事件から三年、ランデオルスは一命をとりとめ、意識を取り戻すも、まるで自我が燃え尽きてしまったかのように、自らは何もしない、何も要求しない、からっぽの人間になってしまっていた。


「‥‥‥」

「‥‥‥」


 今日こそ、今度こそ、目を覚ますのだと信じて返事を待つ。しかし、帰ってくる反応は何度も何度も見た、期待外れの無反応だ。


「‥‥‥じゃあ、僕は帰るね。また来るよ」



 そう言い残し、入り口のドアへ向かう。扉を開けようと手を伸ばしたところで、一人でに扉が開く。思わず手を引くと、扉の向こうには20代後半の顔に覇気のない男女が立っていた。


「ザンキさん、ニイナさん、こんにちは」

「あぁ、いつもすまないな」

「ありがとうね。あの子も喜んでると思うわ」


 暇さえあればお見舞いに向かうイヴと、この街に引っ越してきたザンキ達はよく顔を合わせ、お互いに挨拶を交わすほどには仲良くなっていた。


「では、僕は課題がありますので、失礼します」

「あぁ、止めてしまってすまないな」


 病室から出て、廊下を歩くイヴの後ろ姿を見送ると、二人はランデオルスのベッドの横に座る。


「ランディ、調子はどうだ? て言っても良くないよな。‥‥‥今日は報告があって来たんだ。フォルのことだ。あれからちょうど3年がたっただろう? 軍に卸すことになった」


 通常、調教師は生まれたばかりの幼竜を6年かけて調教し、軍に卸すが、フォルはまだククルカ島に来て3年だ。


「他の海竜より成長がはやく、それに賢い。人を襲うことも少ないしな。それにネックだった他の人を乗せないってのもここ最近では改善されつつあるらしい。まだ嫌々だがな」


 一息置いて、再び話し始める。


「ランディ‥‥‥フォルと喧嘩別れしただろう。会えなくなる前に仲直りしておいた方が良いんじゃねぇか?」


「フォルちゃんも会いたがってたわ。あなたがいなくなってから、ずっとあなたの船で進んだハバールダの方を見てたわ。だから、会ってあげてちょうだい‥‥‥う、うぅ」


 放してる途中でニイナは涙を耐えきれず、嗚咽を漏らしてしまう。そんなニイナの背を撫でるザンキ。


「すまないな、ちょっと母さんを落ち着かせてくる」


 質素な椅子から立ち上がり、ニイナの手を引き、ドアの方へ誘導する。


「‥‥‥」


 チラッとランデオルスを振り返り確認しても、正面を向いたまま反応はない。

 またダメだったかと気を落とし、再度ドアへ歩みを進めた。




「‥‥‥‥‥‥‥‥‥フォ、ル」


 ザンキは目を見開き、ニイナは溜めに溜めた涙が頬を流れた。




 ククルカ島竜舎にて。


「ぴぃーーーーー、ぴぃーーーーーー、ぴぃーーーーーーー」


「おいおい、どうした急に、また癇癪おこしたか!? 今年は卸そうって歳だってのに!!」

「落ち着け! フォル! 落ち着くんだ!!」


 急に鳴き始めたフォルに困惑する調教師たち。治めようと試みるもなかなか鳴き止まないフォル。調教師たちが困惑したのは、何かに怒っているようでもなく、何かを欲しているようでもない。ただ叫ばずにはいられない。と言ったような様子だからだ。


 泣き止まないフォルは、待望の時が来たかのように、天に向かって叫んでいた。




 ノミリヤ学園にて。


 静かに閉じていた目を開くフィオナ。今までのようなどこか気の抜けた心ここにあらずのフィオナはもういない。海龍のフィオナが帰って来た。


 大きく息を吸い。


「ピィィィィイイイイイイイイイイイイイイ」


 天を貫くような咆哮が、学校中に響き渡る。ある者は腰を抜かし、ある者は咄嗟に身をかがめ、またある者は書類の束を床に落とした。




「ランデオルス君! 意識が戻ったって本当ですか!?」


 バンと勢いよくドアを開けて入り込んで、看護師に怒られているカリファラ。急いできたのだろうか、髪の乱れも直さずに、ベッドの上で弱くなった表情筋を動かし、照れ笑いをしているランデオルスを見る。


「ど、うも‥‥‥ま、だ、うまく、しゃべれ、なくて・・・・・・」


 掠れた声をしているが、その所作のどれをとっても目の前の人物がランデオルスだという事を証明していた。


 ガバッっと思わず抱きしめるカリファラはに、ランデオルスは驚くも、ゆっくりと優しく抱きしめ返した。


「ごめんなさい!! ‥‥‥私が指示を出したばっかりに!! ごめんなさい、ごめんなさい!!」


「あぁ、話を、聞いて‥‥‥おもい、出しました。でも、カリファラ、学長の、せいじゃ、ないです。だい、じょうぶです」


「うぅ」と懺悔の言葉を口にするカリファラの頭をゆっくりと撫でた。

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