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それぞれ~第四学年ⅩⅢ~


 ミランが先導してヒヅメ島へ向かう。本土がまだ見えているほどの距離が離れた頃、向かいから何かが凄まじい速度で近づいてくるが見えた。


「前方から何か来ます!」


 その言葉で全員が一斉に警戒度を上げる。小さな点だったものは徐々にその大きさを増し、姿を見せた。


「フィオナか!? フィオナが帰って来たぞ! ランデオルスく~ん!! おーい! 聞こえるか~!!」


 だんだんと近づいてくるフィオナに何か違和感を覚える。その表情が見えるようになって気が付いた。フィオナの目つきが厳しく鋭くなっており、その表情はまるで焦っているように感じた。


「ピィ!!」


 短くも大きなフィオナの鳴き声を聞いた海竜たちも、首を上げ、方向転換を始めた。


「なんだなんだ?」

「おい、言うことを聞け!」


 海竜たちの勝手な行動に驚く。フィオナの一言に何を感じているのだろうか。フィオナの方を見ると一切速度を落としていない。


 何か‥‥‥あったのか? ランデオルスくん。


 自分たちの横を爆速で通り過ぎるフィオナの出す水飛沫が勢いよく降りかかる。思わず片手で遮るが、指の隙間から見えたところどころに肌色をした赤色の物体。


 ミランがそれをランデオルスだと気づいたのは、フィオナの通った跡が赤色の水で染まり、血の匂いを濃厚に漂わせていたからだ。

 虫の知らせか、その物体を睨むようにピントを合わせる。


 黒い髪に、四肢が見えた。人! ランデオルス君!


「全員フィオナについていってください! 背中に血まみれのランデオルス君が!」


 思わず叫んでいた。しかし教師陣が指示を出す前に海竜たちは付いていく。


 急ぎ本土に戻ろうとする海竜たちの背で、教師陣は夥しい出血量に死んでいるのか、生きているのか、回復できるのか、治療道具は揃っているか。ほとんど叫びながら、各担当教師が在庫やら連絡を話し合っている。


 そんななか、ミランだけは自分に出来ることが無いと知っており、歯がゆく、悔しそうに黙っていた。




「急げ急げ! 街の教会から一番の回復魔法使いを連れてこい!」

「保険医はまだか! だれか綺麗なタオルと水を!」


 学校の砂浜に辿りつくと、教師陣は一斉に群がりゆっくりとフィオナの背からランデオルスを降ろすと、すぐさま運び出した。


 フィオナも、ランデオルスが降ろされたの確認すると「ぴぃぴぃ」と悲しそうな声を出しながらついて来ようとする。しかし、重鈍な体重とヒレでは人間の駆け足に追い付けるわけもなく、ただただ、甲高い鳴き声は曇天に登っていくだけだった。


「出血止まりません!」「傷口ふさぎます!」「輸血袋がもう在庫がなくなります! 新しいのを」「傷口治しました! ‥‥‥心肺蘇生!!」


 そこからのミランは呆然とした様子でランデオルスの治療を見ていた。治療として出来ることは進む。ランデオルスの身体は綺麗になっていく。けれども青白い顔が良くなることはない。心臓が拍動を取り戻しても、目を覚まさない目の前の後輩に、目の前が暗く歪んでいく。





「ご家族に文を」

「はい、念のためにハバールダ領主にもお出ししますか?」

「えぇ、そうね」


 短いやり取りで、文の宛先を考える。誰がこの責任をとるのか、なんてことはもう既に結論が出ている。第二王子殿下の責任になるはずもなく、あの場を任せたミランの責任でもなく、勿論本人であるはずもなく、私だ。私が全ての責任を負う。それがどうした、それで全てが解決するなら、躊躇なくこの立場、生活、命などくれてやる。


 肩回りを綺麗に治してもらうも、未だ目を覚まさずにベッドに横たわるランデオルスを見て、目を伏せた。


 目を覚まさずに街の大きな病院に移され、既に五日経つ。




「嘘、でしょ‥‥‥そんなことって」

「ランディ‥‥‥」


 手紙を開き、さめざめと涙するニイナを抱きしめるザンキの顔は何かから堪えるように眉間に皴を寄せている。


「おじさん? おばさん? どうしたの?」

 休日になってたまたま学校から帰ってきていたソーニャは、家の外から聞こえた鼻をすする音が気になり、家の中へ入って来た。


「ソーニャちゃんか、これを‥‥‥」


 何とか理性を保つザンキに手渡された手紙に書かれていた内容に絶句するソーニャ。ワナワナと震え、その場に膝から崩れ落ちた。




「そうか‥‥‥ランデオルスが。王都から最高位の医者を呼んでくれ」

「最高位となると、簡単には出せない額となりますが」


「構わん、彼は王国の未来だ。それに彼のことを娘が気に入っている。娘に嫌われたくないのでね」


 ハバールダ辺境伯邸にて、領主と執事の会話を聞いているものが一人。


「ランディ‥‥‥? いなくならない、よね?」


 アイシャが扉の前で、父親たちの会話を盗み聞いていた。




「そうか、そんなことが‥‥‥」

「私は、あの子がこのまま命を落とすなんて、耐えられないよ」


 店を閉め、珍しくお酒を頼むコリウスの相手をしながら、横に座り背中をさすってやるヒナバンガ。あの逞しいコリウスの泣くところを初めて見た彼は、厚い人情に釣られて、言葉を出せずにいた。




「お願いだ。食べてくれ‥‥‥。必ず、必ずランデオルス君は意識を取り戻す。彼が戻ったときに君が死んでいたら意味が無いだろう!」


「‥‥‥」


 ミランはフィオナに縋る様に願っていた。どんどんと痩せこけ、竜舎を開放しても外に出ることないフィオナは、ただただミランを見つめていた。



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