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おれのせい~第四学年Ⅺ~

 前世での話だ。


 昔、俺がまだ子供だったとき、友達と喧嘩した。


 理由なんかは覚えていないし、多分他愛もないくだらない理由だと思う。


 相手が怒ってる理由も、それに釣られて反抗的になった俺も多分良くなかったんだと思う。


 母さんが教えてくれた「相手は自分の鏡だ」という言葉も、大人になってから理解できた。


 当時はなんか、悲しくて、やるせなくて、解決手段も分からなくて。でも気づいたらまた一緒に遊んでた。


 その時に思ったんだ。俺も辛く悲しかったのならば、鏡である友達も同じく、辛く悲しかったんじゃないかって。


 それからは相手を傷つけないように、自分が傷つかないようにした。常に明るく、楽しく、笑っていようと。そう決意したのは何歳の頃だったか。いつのまにか、社会にもまれてその決意を思いだすことも少なくなって、自分に言い訳して、逃げて。


 一人で生きたいと思った。


 一人なら、傷つかず、傷つけず、死んだように同じ毎日を生きていきたいと思った。


 転生してからは世界が色づいて、何もかもが楽しくて、自分のやりたいことに全力で取り組んだ。


 自分のために。


 ‥‥‥忘れてたんだろうな。自分のことでいっぱいいっぱいで心が満たされてしまったのは悪いことではないんだろうけど、俺は今、まるで自分の子供の様な海竜と共に過ごしてる。


 確証はないが確信はある。俺と海竜には繋がりがある。なんとなく言ってることも分かるし、何を考えてるかも。


 そんな海竜たちは俺の鏡だったんだ。俺を見て育ち、俺の心を表す鏡だったんだ。





 だから、戻ってきてくれ。

 執拗に、もう動かないエイの魔物に攻撃を続けている。エイの表面の皮膚を嚙みちぎっては放り捨て、噛みちぎっては放り捨てる。理性の灯をと押していない目に、俺は映っているのだろうか。


「がえっべごい!!!」


 届かない声だとは思うがそう叫ばずにはいられない。


 じたばたとフォームも華麗さもなく、藻掻くように、掴むようにしてフィオナの元へ泳ぐ。


 もういい、もういいんだ。

 世界には理不尽だって、不条理だって存在する。だけど、そこに大切な誰かがいてくれたなら、俺は大丈夫だから。そばで馬鹿みたいに笑ってくれる存在がいるだけで、なんだって乗り越えられる。


 俺はそれを思いだすことが出来たんだ。だから、帰ってこい!1


 やっとのことで辿り着いたフィオナの首元を抱きしめる。体から生えている無数の棘が俺に突き刺さろうとも、力強くこの腕を緩めることは無かった。



 自分の首元の煩わしさに気づいたフィオナは、目だけで俺を確認すると、エイへの攻撃を止め、首をゆっくりと曲げて俺を見る。


 そして、大顎を開き、勢いよく俺の肩から首元に噛みついた。


「あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”ァァァァ!!!!」


 海水が血で赤く染まる。痛みが俺を叫ばせる。

 しかし、考えることは一つだけ。


 帰ってこい! もう大丈夫だ!


 父として、兄として、家族として俺に出来ることは、信じるだけだ。その想いの強さが、信じる心は、この世界に届くことを俺は魔法と呼ぶことを知っているから。


「びおば、ばえっで、ぼい“!!!!」

(フィオナ、帰って、来い!!!)


 身体に止まったコバエを振り払うほどの力で噛みついたのか、まだ肉は引きちぎられていない。


 帰ってこい。


 煩わしくなったのか首を左右に振る。肉が少しだけ傷口を広げる。


 帰ってこい!!


 さらに深く牙を突き立てようとするも、肩甲骨が牙の侵入をなんとか防ぐ。



 かえって、こい!!! 


 大丈夫だから。安心していいよ、お前の全てを、俺は受け入れる。だから‥‥‥。


 あぁ、視界がぼやける。腕の痛みがなくなって来た。今俺はちゃんとお前をこの手で抱けているだろうか。


 薄れる意識に喝を入れて、フィオナを見る。大丈夫、大丈夫だから。


 ふと、肩にフィオナの口内の温かさがなくなるのを感じる。隙間から流れ込む海水が傷口に染みて少しだけ意識を覚醒させる。


 あぁ、あぁ。もう大丈夫だ。本当に迷惑をかけやが‥‥‥いや、迷惑をかけたのは俺だったな。フィオナだって困惑したし、辛かったよな。


 フィオナの身体は無茶な動きをしたせいか、ボロボロになっている。邪悪な見た目のフィオナのその瞳は赤く染まってはいるものの、困惑したような、反省しているような、優しい瞳は、俺を傷つけてしまったことへの悲しみを孕んでいた。


 いつもの優しいフィオナだ。悪戯好きで、責任感が強くて、ちょっと反抗期みたいな、そんな俺の家族のフィオナが帰って来た。


 安心したからか急に眠気がやってきた。これは、まずいかもしれない。あぁ死にたくないなぁ‥‥‥。

 思いだすのは、俺には幸せ過ぎた思い出の数々。


 フィオナが焦ったように俺を自分の背に乗せ、海上に浮上して駆けだした。


 自分のためにこんなに必死になってくれる存在がいて、俺は果報者だな、あははは。

 なんだか、面白くなってきた。


 きっと本土に向かって、助けを求めてくれているんだろうな。

 これで死んだらそれまで。後悔や未練はまだまだ残っているけど、フィオナはもう理性を取り戻している。これからもし困難が立ちはだかっても、きっとうまくやっていけるはずだ。


 そんなことを想いながら、眠気に身を委ねた。


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