緩くなった魔力障壁にフィオナの牙が喰らいつき、そのまま一気に引きちぎる。
“パリンっ”
穴の開いた部分から周りが割れるように崩壊していく。それに気づいたエイは直ぐに修復しようと再び魔力を練る。
遅い。
蹴散らせ! フィオナ!
渾身のレーザーがエイの身体を貫き、海底の砂を巻き上げる。
痛みに暴れるエイ、その巨体の影響を受けてフィオナの体勢が崩されるも、攻撃の手は緩めない。揺れる体に合わせてレーザーも上下左右に乱れ、傷口を広げていく。
どうだ。いや、油断はするな!
だんだんと暴れる力を失っていき、静かになる。
‥‥‥。
レーザーを止め、少し離れて様子を見ようとしたその時、エイは見計らったように体を大きく捻り、身体を一回転させる。巻き込まれた俺たちは、エイの背中から、海底へと叩き落とされた。
痛てぇ‥‥‥。
砂埃を巻き上げ、はたかれた衝撃で、俺は思わす鞍から手を放し、フィオナと離れてしまった。
何処だフィオナ。俺はここにいるぞ。まっ暗で何も見えない。
ん? 暗い? 上か!!
それに気づいて見上げると、エイの魔物はその大きな体で俺を押しつぶそうとしているところだった。逃げ――
身体に押しかかる水流の圧は、俺が動くのを許さない。
“どおぉぉぉぉん”
海の中に鈍い音が響き渡り、地面を揺らした。
くっ‥‥‥生きてんのか? 体に強い衝撃を受けたが、身体の感覚に違和感はない。
思わず閉じていた目を開けると、目の前には弱々しくもギロリと光る眼玉があった。
その瞳は何度も見てきた瞳だった。
「びお、ば‥‥‥?」
(ふぃお、な‥‥‥?)
「‥‥‥ぴぃ」
状況を確認できた。俺はエイに押しつぶされる瞬間に、助けに来てくれてたフィオナに覆われ、そのおかげで出来た空間に身体が収まっている。
しかし、フィオナのヒレが、尾が、敵の巨体を支えるために無理をしたのだろう。あらぬ方向に曲がっている。
ご、ごめん。大丈夫、なのか‥‥‥?
どうしてこうなってしまったのか。フィオナの容体は。どうすれば、何が間違っていたのか。どこかで調子に乗ってしまったのか。俺が悪かったのか。どこから‥‥‥もっと落ち着いて、慎重に、そもそも逃げに徹していれば、あるいは、もっと前、出会わなければ、フィオナに、調教師に、この世界に‥‥‥。
だんだんとその瞳の力を失っていくフィオナの目をを見ていると、そんなことをぐるぐると考えてしまう。
そんな目で見ないでくれ、なんで、なんで俺を責めてくれないんだ。
エイの魔物はもう一度浮上して、今度こそと俺たちに狙いを定めて、二度目の押しつぶしを図った。
誰のせいだ。俺か? 俺のせいか? 嫌だ。俺のせいで大切な誰かが傷つくのは、こんな理不尽、こんな世界――
――壊れてくれよ。
「GUOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAA!!」
フィオナの目が紅く染まる。目が吊り上がり、額から一本の角が悍ましくねじれ生える。全身から肉を裂くようにして飛び出す骨の棘は、何を恐れているのか。筋肉質だった肉体はあばらが浮き出るほどに痩せ、鱗は黒色に浸食されていく。
東洋龍のような鼻髭を揺らしながら、半開きの口から覗く牙は不揃いに殺意を孕んでる。
「びお、ば‥‥‥?」
(ふぃお、な‥‥‥?)
フィオナなのか?
これまで見たどの魔物よりも、魔物らしさを感じるその姿に思わず困惑してしまう。
そんな俺をよそに、身体の変化に伴い傷を回復させたフィオナは、頬が裂けるほどに開いた口を上に向け、咆哮とともに黒い刃の渦をエイの腹にぶち当てる。
エイの巨体を弾き返すほどの威力を出すも、当然の如く魔力障壁で守られているので致命傷には至らない。
俺はフィオナの攻撃により生まれた乱水流に巻き込まれ戦線から退く。
まずい、さっきの押しつぶされたときに空気袋のストックが割れてしまった。俺は暴走するフィオナを横目に、海上へと進む。
「ぷはっ、くそ」
海面に顔を出して、大きく息を吸い込み、空気袋を作り直して再び潜る。
理由は分からない、もしかすると理由なんてないのかもしれないけれど、ただフィオナのもとに駆け付けて、傍にいないといけないと思った。
海中ではフィオナが縦横無尽にその速度を緩めることなく暴れている。
レーザーを撃つ、急旋回、急停止、噛みつく、体当たり、引き裂き、急発進、レーザー、レーザー、体当たり、急旋回。
無茶苦茶な攻撃の嵐、異常なほどの連撃は、身体のリミッターを外しているとしか思えない。
いつまでそのスタミナが続くのだろうか。
しかし、俺の不安とは裏腹に、最初の一撃が効いていたのか、少しずつ緩慢になっていくエイの魔物。
そしてその隙を見逃さず、フィオナは溜めを作り、特大の魔力を練り上げる。
フィオナの頭上に一段、また一段と大きくなる黒い球は、周りからの生命力を吸って大きくなっているように見える。
「GYAAAAAAAAAAOOOOOOOOOO!!!!!!!」
溜まりにたまった死の塊のような攻撃を、咆哮とともに打ち出す。
それと敵がぶつかり合った瞬間、音もなく、静寂が鳴り響いた。そこにあった禍々しい球も、エイの身体も、抉り取られたかのように、そこにあった何もかもがなくなった。
ハッと気づいたときには、何もなくなった空間に一斉になだれ込むように周りの海水が引き寄せられ、エイの残った身体も、フィオナも、俺も波に飲み込まれた。