「もうそろそろ終わりだね。もう一回島をぐるっと周って帰ろうか」
俺たちは海竜に前に進むように指示を出して、物見遊山の如く気楽に波に揺られていった。
「まぁ、何もないですね。よかったです」
「そうだね、何もないことがいちば、ん‥‥‥」
雑談をしつつ終わろうと、ミラン先輩に声を掛け、それに応えるためにこちらを振り向いたミラン先輩の顔がピシりと固まった。
嫌な予感がする。ミラン先輩の視線が俺の後ろで止まっている気がする。今振り向いたら、面倒事に巻き込まれるぞと心が警鐘を鳴らしている。
しかし、未だ固まっているミラン先輩を放っておくわけにもいかない。
「み、ミランせんぱ~い?」
「はっ! ランデオルス君! 後ろ! あれ!」
仕方ないと、後ろを振り向く。‥‥‥あれ? 視界に映る景色が変わらない? あ、首が振り向くことを拒否してたのか。
首の筋肉だけでは振り向けないので、手を使って嫌だ嫌だとわがままな首を強引に回す。ゴキッという音はこんな大きい音がしていいのだろうか?
「あ、ん~、あれは‥‥‥人? 人だあああああ! 救護救護救護! 急げ急げ!」
砂浜に人が倒れており、波の満ち引きで海水が覆いかぶさっている。さっきまでいなかったのに!
俺が慌てている間に、ミラン先輩はもう走り出していた。
遅れて到着するとミラン先輩が既に救急処置を始めていた。
「大丈夫ですか!? 声は聞こえますか!?」
反応がない、胸に耳を当ててみる。
“ドクン‥‥‥ドクン‥‥‥”
心臓は動いている。胸は‥‥‥上下していない!
俺はミラン先輩に確認する間も惜しんで、急いで気道確保をすると人工呼吸を始めた。
「ごほっ、が、かはぁっ、かっ‥‥‥はぁ、はぁ、はぁ」
しばらくすると倒れていた人物は息を吹き返して、海水を吐くと、咳をしながら呼吸を落ち着けていった。俺たちはその様子をゆっくりと見守り続けた。
「すまない。助かったよ、それでここは何処かな?」
倒れていた人物は赤髪の顔の整った青年だった。高そうな服を身に纏っており、いかにも貴族だという事が分かる。
咄嗟のことで人工呼吸をしてしまったが不敬罪になったりしないよな?
「ここはダイオット王国の南に位置する療養地の一つ、ヒヅメ島です。今からあなたを近くの街までお送りいたしますが、何が起こったのかお聞きしてもよろしいですか?」
「あぁ、よろしく頼むよ」
俺たちは男の濡れた服を脱がし、海竜の背に促した。
海竜に乗るのは初めてなのか、近づくだけで興奮した様子だったので、危ないからと大人しくしてもらい、絶対にはしゃがないという約束の元、背中に乗ってもらった。
ちなみに乗って貰ったのは大きさと余裕的にフィオナに乗ってもらった。フィオナはふてぶてしく青年の「よろしく」という言葉に不満をあらわにしていた。
あとで、ご機嫌取りでもしておこう。
そんなことを考えていると、先ほどから大人しくしていたミラン先輩が口を開いた。
「申し遅れました。私は海竜調教師育成学校、ノミリヤ学園第6年生、竜舎管理を任されていますミランと申します。失礼を承知でお伺いしますが、あなた様のお名前を教えてはもらえないでしょうか」
「ミラン先輩?」
どうしたんだ? もしかして俺の知ってるハバールダ辺境伯は、体裁とかを気にしない変な貴族じゃなくて、とっても非常にユニーク級の変わり果てた貴族だったのか?
普通の貴族ってものすごく礼儀作法にうるさい? 無礼な態度をとったら一発でアウト? 首飛びますか?
一気に背中に圧を感じてきた。後ろの青年の視線が気になる、今俺は見られているのか、見られていないのか、そんなことが気になってしまう。
「あっはっは、ケホッケホッ、そんなに身構えないでくれ」
先ほどまで死にかけて衰弱していたであろうに、快闊な笑い声をだしてむせている。弱みを見せたらいけないという決まりでもあるのだろうか。
「ふむ、してこの海竜の操縦主はどこの誰かな?」
名前を尋ねるときはまず自分から‥‥‥はい、すみません。
態度が顔に表れていたのだろうか。即答しないことに、ミラン先輩の顔が青色を通り越して土色になりかけてる。
冗談ですやん。テンプレートを頭の中に思い浮かべただけですやん。
「私は同じくノミリヤ学園の第4学年、この海竜の専属調教師をしております。ランデオルスと申します」
「管理者と専属調教師か、優秀な生徒に助けられたな。改めて礼を言わせてほしい。私はダイオット王国第二王子、サラブドトール・ダイオット=シェヘインクだ。此度は私の命を救ってくれてありがとう。王都に戻ったら必ずやこの恩に報いよう」
だ、第二王子‥‥‥。とんでもねぇ大物が来ちゃった。護衛は? なんで倒れたの? てか、なんで俺とミラン先輩が見回り係だったんだ!? 先生方でどうにかしてくれよ!
俺が不満をたらたらと考えながらも、フィオナに慎重に学園に向かってくれと指示をだした。
いいか、慎重にだぞ、安全に、丁寧に。絶対だぞ!