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伝播~第四学年Ⅵ~

 イヴの報告を聞いても今のところ直ぐに確立されるようなわけではないようだ。


 そもそも個体差があるとして、フィオナとフォルの共通点と言えば、海龍になるポテンシャルがあるということだ。


 元海龍をこの学園に連れてくるのはそう容易いことじゃない。

 海龍となりうるポテンシャルの持ち主は数年に一度現れるぐらいしかいないし、その後、戦いの最前線で生き残り、何個かある調教師育成学校のなかから選ばれなければならない。


 これならば、レポートに記したとしても実現は当分先のことだろう。それにこれが本当だったとしても、人に慣れさせることのできる海竜は、一部のみとなるので、調教師の需要は無くならずに済む。


 俺はそっとレポート用紙をしまい、サイドテーブルの火を消して眠りについた。




 それから数週間が経ち、俺はミラン先輩と共に前回問題の起きた島、ヒヅメ島近海をプカプカと海竜の背に乗って浮かんでいた。


「う~ん、おかしいと思います。ただでさえ、僕はやることが他の人より多くなっているのに、こんなことを任されるなんて」


「まぁまぁ、この学校で一番強いのがランデオルスくんだから、もし危険があったときに一番安全に帰ってこれる可能性でいえば、駆り出されるのは仕方ないよ」



 事の顛末を掻い摘んで話すと、療養地であるヒヅメ島にどこかのお貴族様がやってくるらしい。勿論ついこの間魔物がでたのでやめておいた方がいいと進言したにも関わらず「行く!」の一点張りだったそうだ。


 一体何を思ってやってくるのやら。


 なので、場所的にも保有武力てきにも、冒険者ではなく、俺たちノミリヤ学園に依頼が来て、周囲の安全確認及び、脅威の排除を任せられたとのこと。


 依頼を断れない貴族って、相当上の方か?

 普通だったら断るよな。



「といっても、平和そのものなんで、特にやることは無いですけどね。拘束時間が長いんですよ」


「たしかに、それはそうだね。僕も竜舎の責任者の一人としてまだやらないといけないことが残っているよ」


「‥‥‥大変ですね」


 この歳で残業を体験しているのか、ミラン先輩も大変だな。しかも給料出ないからサービス残業だ。ブラックすぎだろ異世界。


 強いていい点を挙げるなら、現状いるだけで仕事をしていることになっている点か。

 ついて早々に島の外周、海の中まで確認したが不自然な点もなく、以前の騒動で身を隠していた魚たちも戻ってきて、生態系にも不自然な点は見当たらない。


「暇なら一つ尋ねてもいいかな?」


「? なんでしょう?」


 ミラン先輩が近づいてきて、声を潜めて、恥を忍んでとでも言いたげに聞いてきた。


「最近海竜たちの様子がおかしいんだよ。なんか活発的というか、バイタリティに溢れているというか、いや、人間との距離感は変わらないし、発情期でも産卵期でもないから不思議に思ってさ」


「ほえー、それは、長年見てきたミラン先輩だからこそ気づけたんですね」


 照れたように鼻下を指で擦るミラン先輩は謙遜しているが、実際にそうでしかないと思う。ちゃんと海竜を想ってみていたことが分かる、誠実な人なのだろう。



 それにしても、活発的ね‥‥‥なんか理由ありましたっけ? 


「それはいつぐらいから、そう思ったんですか?」


「そうだな、気づいたのは数日前だったんだけど、思えばもうしばらく前から兆候はあったのかな? 最初はいつもより、ご飯を食べ終えるのが早いなくらいだったんだけど、なんだか、身体も大きくなってるような気がするし、海で遊ばせてると、体中に小さな傷を多くつけて帰ってくる事もあったんだ。でも喧嘩したとかそういう雰囲気もないし、最近はそれが顕著になって表れたって感じかな?」


 育ち盛りの男子かな? 俺は基本的にフィオナの世話しかしてないし、フィオナに関しては元より、俺の出したご飯は良く食べるし、やんちゃも多かったから気が付かなかったな。


「もしかしたら、フィオナが武勇伝みたいに魔物の討伐を自慢していったのかもしれないですね」


「じ、自慢? 海竜はそんな詳細に意思伝達できるのかい?」


 ミラン先輩は大層驚いたように目を大きくさせている。


 確かに海竜同士での会話はほとんど見られないが、態度で伝えたいことを示すのはよくやっていると思う。一年生での基本的な操作の授業の時も俺を見せびらかすように動いていたしね。

 魔物との戦いで出来た傷でも見せびらかしたんじゃなかろうか。


 それに感化されて、他の海竜も軍にいたときの感覚を思いだしたのかなって。


「そ、そんなこともあるんだね。実におもしろいよ。まだまだ知らないことだらけだ、もっと頑張っていろんなことを経験しなきゃだね」


 目をぱちくりさせていたミラン先輩は、自分の手の平を見つめて、悔しそうに握りしめた。


 この人は本当に‥‥‥。良い調教師になるんだろうな。悔しく思えるほど、前を向ける。誠実に、実直に、ただ自分の出来ることを一つずつ増やしていって、大きくなるタイプの人なんだろうな。



「まぁでも、良いことなんじゃないですかね。軍を退役して、暇になってたところに、新しい刺激があるのは。何の証拠もないけど、感情には振れ幅があった方が良いんじゃないですかね。あまり振れ幅が大きすぎるのも怖いですけどね」


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