フラグ立てんじゃねぇ!
水飛沫が止み、シーホースの姿が視認できた。その身体は避けきれなかったフィオナのレーザーによって抉られていた。
その欠けた体からは血がドバドバと流れており、今にも倒れそうにフラフラとしている。だがしかし、油断はできない。どうにも嫌な予感がする。
「guraaaaaaaa!!」
シーホースが咆哮を上げると、失った体の断面がメリメリと盛り上がり、骨肉を形成して修復‥‥‥だけにとどまらず、その修復された部分を中心にさらに膨張していく。
ブクブクと泡が膨れるようにその体積を大きくしていき、腕が生えては血肉に埋もれ、翼が生えては血肉に埋もれていく。
歪に育ったその巨躯のせいで、呼吸はしづらそうに空気音が漏れ出ている。大きな肉の塊からは手や足、翼や尻尾が無数に埋もれている。もはや元のシーホースでさえ、肉の塊に埋もれている。
「酷いありさまだな」
膨張が終わり、完成された姿を見てインパス先生が言葉を漏らす。
俺は俺で同じ意見だ。でも、これは――
「あまりにも、侮辱的だ」
生きるために与えられたその形は膨大な時間と運命のもとに形成されている。ありとあらゆる生命はそうやって、形作られており、そこに一切の他の意志の介入を許してはならない。
ただ自分のみが自分を形作る。その無機質な運命の連鎖でこそ、生命は自分の光を存分に輝かせる。
肉の塊からちらっと見えるシーホースの片目に血が沿うように流れる。たまたまなんだろうけど、憤り、悲しみ、嘆いているように見える。
「早く、片づけましょう」
「あぁ、そうですね」
大きくなりすぎた肉塊は自分で動くことさえままならない様子で、海面に浮かんでいるだけである。もう、終わらせてやろう。
「フィオナ、思いっきり、一発で沈めてあげてくれ」
俺の言葉に反応することもなく、フィオナはただ真っすぐと相手を見つめながら膨大な魔力を練り上げる。
インパス先生も、その海竜もフィオナに合わせて魔法を放つ準備をする。
「よし、やってくれ」
先ほどまでの魔法とは一線を画す大きさのレーザーが轟音を響かせながら放たれる。インパス先生たちも同時に魔法を放つ。
三つの魔法がそれぞれ肉塊に迫る。その瞬間、少しだけシーホースの目が柔らかくなった気がした。
“ドッパアアアアァァァン”
肉塊のほとんどが爆散する。血の雨がザーっと降り注ぐ。驚くことに虫の息ではあるがまだ生きている。目もほとんど見えていないであろう。魔力の波動も少なくなっている。何かを考えているような意志も感じない。
俺はフィオナに近づくように指示を出して、人差し指を前に突き出す。
魔物は魔核と呼ばれる生命維持に必要な臓器がある。それが傷ついたり、引き抜かれたりすると死に至る。そんな魔核が先の魔法の余波で丸見えになっている。
俺は指から出した糸を魔核に巻き付けると、一気に引き抜いた。
「‥‥‥g‥‥‥a」
魔核を抜き取られたシーホースはそのまま静かに息を引き取り、海の中へ沈んでいった。
魔力の薄い生物であれば、俺の魔力量でもその肉に突き刺さる。すくなくとも俺もこのシーホースを殺すということに参加したかった。
いきったり、成績としてではなく、生物を殺すという場面で無責任に俺だけ傷つけずに、心の傷を負わずに、のうのうと見ているだけなんてことはしたくなかった。
「ふぅ、終わったか」
インパス先生が肩の力を抜いて、周囲を確認し始める。しかし、なにも不審な点は見つからない。シーホースの死骸はすでに海の中に消えていったために、調査は出来なかった。
あのシーホースがなぜこんなところに居たのか、なぜ一人の時に襲ってこなかったのか、なぜ体の損傷ののち恐ろしい容貌に変化したのか。謎は残ったままだが、俺たちも本土に戻ることにした。
本土に戻ってくると、他の教職員たちがちょうど海竜の背にまたがり、出発しようとしているところだった。
「おーい、おーい」
「帰ってきましたよー!」
必死に叫ぶと、こちらに気づいて駆け寄って来た。
「大丈夫でしたか! 怪我などはありませんか?」
複数人に囲まれてじろじろと外傷の有無を確認されたが、無いことが分かると、ほっと一息し、俺たちと共に竜舎に入っていった。
子供たちは、変な騒ぎを起こさないように教室に集められているようで、帰ってからの質問攻めを予想して、少しうんざりしているのだが、そんなことよりまずは先生らに報告だろう。
明らかに人為的な魔物の暴走。
もしこれが本当だったら外交問題だ、一調教師の手に負える問題ではない。
海竜を竜舎に戻し、戦闘で負った海竜たちの傷の処置を任せて、俺とインパス先生は学長室に向かった。
「失礼します。インパスおよびランデオルス、報告のため参りました」
「うむ、入ってくれ」
学長室に入ると、カリファラ学長は魔物出現の報告書を作成しているところであった。やはり、街の偉い人に知らせないといけないのだろう。
しかし、その報告書、書き直しを求めます。
「して、魔物は討伐出来たのであろう? 魔物がシーホースという点は気になる部分があるので、そこについて尋ねようと思っていたのです」
報告書の書く手を止めずにカリファラ学長は耳だけこちらに向けている。
「そのことですが、今回の魔物、シーホースについてですが、明らかに人為的な改造が見られました」
ピタっとカリファラ学長の手が止まる。ゆっくりと顔をあげ、俺とインパス先生の顔を見る。猛禽類にでも見られているのかと思うほど、怖い顔だ。
「詳しく」
俺たちは、起こった詳細をくまなく話し出した。