「本当に美味しかったです」
「でしょう? 最初は包丁しか巧くできないで、火加減の“ひ”の字も知らない様な坊やだったのにねぇ」
刃物だけ巧く扱えるって‥‥‥絶対に堅気の人じゃないでしょう。大丈夫か?
振り返り厨房の方を見ると、ヒナバンガと目が合った。こわ。
「コリウスさんにはお世話になって今は足洗ってるよ」
心を読まれた!? 読心術を会得してらっしゃる。オレ、イイヒト。ワルイコト、カンガエナイ。
「俺のことを聞いた奴や見た奴は大体同じような顔をする。心を読まなくても言いたいことは分かる」
ホッ、そう言うことか、一安心だ。読心術なんて眉唾ですからね。眉唾ですよね?
「ふふふ、ヒナバンガはね、それはそれはこの街で有名な悪ガキだったんだよ」
「仕事であくどい奴らの悪い仕事を間接的に手伝ってたんだ。何も知らず、何もわからず、今日生きるためだけに仕事をこなしてた。今でも後悔してるよ」
そ、そうか~、人を射殺しそうな眼付きに刃物の扱いが巧いんだもんね。この命が軽い世界では、人は簡単に死ぬし、簡単に殺される。ということは必然的に殺す側も前世より多い。
「そのときに、コリーおばさんに出会ったんですか?」
「そうだな。俺がへまやらかしてボロボロで、もう動けねぇって倒れてたところを助けてもらったんだ。その時に食べた飯の味が忘れられなくてな。その味を超えるためにずっと頑張ってんだ」
良い話だ。コリーおばさんの世話好きは昔から変わってないんだな。ずっと同じ人間でいられるのはとても凄いことのように思える。
ずっと同じ考えで、愚直にそれを実行し続ける。簡単そうで実はそううまくはいかない。
長い人生のなかで人は何度も壁にぶち当たる。大きな壁も小さい壁も、硬い壁も脆い壁も、どこかで直面する。
そのとき、壁をぶち破るまで壁に立ち向かい続けられるかが人としての強さだと思う。自分を信じて立ち向かい続ける意志‥‥‥。
そうだ、俺は俺のやりたいことをする。そのために考えて考えて考えて考えて、貫き通す。ククルカ島のことも、フィオナのことも、諦めない。
「そうだ、昔のコリーおばさんってどんな感じだったんですか?」
若いころのコリーおばさん、気になる。
「そりゃ凄いモテてたぞ。若いころのコリウスさんはすれ違った人全員が振り向くレベルの美人で、肝も据わってて、弱い立場のやつや、助けを求めている奴がいたら、たとえ相手がどんなに力をもっていようと喰ってかかった。助けられた奴の数は数知れず、この街でコリウスさんに舐めた態度取ったら、もうそいつはこの街で生きていけねぇよ」
うぉ、めっちゃ饒舌やんけ。
コリーおばさんは褒められて照れているのか、人の良さそうな笑みを浮かべている。
ヒナバンガは、先ほどの男を思いだしたのか、コリーおばさんに見えない角度で、悪人面で笑みを浮かべている。
それにしても、美人なコリーおばさんか。この世界に写真でもあればなぁ。
「ヒナバンガさん、ちょっといい?」
俺は小声で、厨房の中で未だ「フフフフ」とトリップしながら笑っているヒナバンガを呼び掛ける。すると「なんだ?」といい耳を貸してくれたので、手で覆いを作ってコリ―おばさんに聞こえないように尋ねる。
「んで、その美人のコリーおばさんを射止めた人はいないの?」
この世界では左手の薬指に指輪を嵌めるといった儀式的なものはなく、その人が結婚したかどうかが分からない。
というより、俺がその手の話を親としたことが無いので知らないだけの可能性も大いにあるが。
「それはなぁ、実は分からねぇんだ。数々の良い男が噂を聞きつけて求婚を申し込んだんだが、ことごとく振られてな。心に決めた人がいるんじゃねぇかと囁かれているんだ。俺的にはその可能性が高いと思う」
ははぁ、なるほど。なにか大きなストーリーがありそうな匂い。面白そうな話だ。それに、野生動物のメスで、子供を産んでいないメスは歳を重ねれば重ねるほど気性が荒くなる。いい歳のコリーおばさんがここまで穏やかなのは、出産経験があるのではないかと思う。
もしかして、この街に来る前に結婚していて、なんらかののっぴきならない理由で一人辿り着いたこの街‥‥‥。
数多の男が彼女に言い寄っても、彼女は振り向くことは無かった。天真爛漫な笑顔、勝気な性格、しかし、彼女の心のなかにはただ一人想いを寄せる男の姿があった。
ふふ、妄想が捗りますな。
「何か証拠とか、それに近しい物はないんですか?」
「それが全く。昔から人に弱みを見せない人だからな、直接聞いたこともあったが、いないの一点張りだ。もしかしたら本当にいないのかもしれないと思うことも何度もあったが、俺は直感を信じるぞ」
俺も信じさせてくれ兄貴、そしてもしそれが本当なら、幸せになって欲しい。俺の人生の歩き方の大先輩だからな。
「おやおや、内緒話は終わりかい? ひどいねぇ、こんな年寄りをのけ者扱いして」
文句を言うコリーおばさんの言い方でさえ、嫌みがない。こんな人に俺もなりたい。