「で、ついてきましたけど、どこに向かってるんですか?」
「‥‥‥あんた、ここに来て今どれくらいだい?」
質問に質問で返さないでください。‥‥‥言えた! 人生で一度は言いたいランキング8位のセリフ!
内心でドキドキしながら、コリーおばさんの質問に答える。
「えっと、まだ全然ですね、一か月たったか、経ってないかぐらいじゃないですかね?」
「それじゃあ知らないね。あの店のことを‥‥‥」
「あの店!? それは一体‥‥‥」
「知る人ぞ知る極上の料理を味わえる店だよ。おっと、今はここまで、後はついてからのおたのしみだよ」
極上の料理!? ふふ、面白いじゃあないか? 美食大国日本で生まれ育った味覚はこの世界に転生しても覚えているこの私を唸らせる料理なんてあるのかねぇ。あ、あったわ、ククルカ島の宴で出た料理なんて我を忘れたわ。
多分この世界のものって基本なんでもうまいんだよなぁ。魔素のお陰でパラメーターがとがっているというか、美味い物は美味いし、マズイものは激マズだからな。
そのおかげか、旨味の相乗効果が凄まじいレベルでの掛け合いになる。ただし、一歩間違えると一発アウトなので、この世界に来たら開発途中のメニューや、創作料理屋などは食べないことをお勧めする。
とりあえず今はコリーおばさんについていくことにする。
細い裏道を迷いなく進むその背中はやけに頼もしく見える。俺を元気づけるために、美味しい料理のお店を教えてくれるのだろう。やはり、面倒見のいいひとだ。
意外と細い道でも結構人がいるもんだな、やけに顔つきが怖いのが気になるが。
道が狭いので、身体を横にずらして滑り込ませるように前方から来た男とすれ違ったその時だった。
「あんた、今スったもんを返しな」
コリーおばさんはその男に向き直り、詰め寄った。
「あぁ? なんだこのババァ、人にいちゃもん付けてんじゃねぇぞ」
え、あ、ほんとだ俺の財布無くなってる。よく気が付いたな、盗られた本人でさえ気が付かなかったのに。
「それならあんたの懐を確認させなよ、この子の財布が出てくるはずさね」
怖そうな男に詰め寄られても毅然とした態度を崩さないコリーおばさん、すげぇ、俺ちょっとちびりそうだった。
しかし、俺が空気になるわけにもいかないので、魔法をいつでも発動できるように魔力を構えておく。
一触即発の剣呑な空気のなか、ゴクリと生唾を呑み込んだその瞬間、男が殴り掛かって――
“ドッガァン”
男の身体が吹き飛び通路の奥にある木箱に突っ込んだ。
何事かと驚いていると、俺の頭上から太い腕が伸びているの気が付いた。誰かいる!?
バッと振り返る瞬間に、肩に手を置かれ「ちょっとすまんな」と横を男が通りすぎた。
浅黒い肌に逆三角の背中、ゴリゴリの筋肉は懐かしくさえ感じさせる。全体的に太いその男は、吹き飛ばされた男に近づくと、懐から俺の財布を取り出した。
「坊主、気を付けるんだな。裏通りにはこういう輩がまだゴロゴロしてるからな」
近づいてきた男は俺に財布を返してくれるが、目線を合わさずに注意をした。
「あんたも変わらないね、元気そうで何よりだよ。ヒナバンガ」
「お久しぶりです、コリウスさん。そちらも変わらず元気そうで」
ヒナバンガと呼ばれた男とコリーおばさんが親しそうに話している。どうやら昔からの仲っぽい。
「へぇ、人は見かけによらないですね」
「そりゃそうだね。ま、私もあの子が料理人になるなんて、出会ったときは思いもよらなかったけどね」
あれから俺は、ヒナバンガさんの店に連れていかれた。どうやらそもそもの目的地が、ヒナバンガさんのお店で、お店自体は、揉めた位置から目と鼻の先にあった。
大きな声が聞こえてきて気になったので表に出たら、コリーおばさんと俺が絡まれていたので助けに来てくれたようだ。
「はい、おまち」
「おお」
「相変わらずおいしそうだね」
出された品は、久しぶりに見たハンバーグステーキだ。
ジュぅぅぅぅという肉の焼ける音、跳ねた油でさえ肉の匂いを広げている。ナイフとフォークを使い、一筋切れ込みを入れる。
少しの抵抗を見せ、ぷつんと切れた場所から肉汁があふれ出す。その肉汁が熱々の鉄板に触れるとさらに肉の匂いは暴力的に広がり、鼻の奥を通り抜ける。
口の中の涎が一気にあふれ出す。止まらない、早く喰らえと体が言う。
そのまま切れ込みを入れ、中を広げると――
「チ、チーズインハンバーグ!? だと‥‥‥」
振るえる手でフォークを切り離したひとかけらに刺し、少しフーフーと冷まし、ゆっくりと口の中に入れる。
ぶわっと口の中で踊る肉の旨味、チーズのまろやかな香りが胡椒のアクセントと合わさりバカになる。
ハンバーグの熱が舌を通じて、じんわりと体に広がる。温かい。
そして、極めつけのこのソース。ピリッとした辛みは肉の旨味を引き立たせ、程よい噛み応えのホロホロと崩れた肉との絡まり方は抜群の様だ。
食べる。食べる。食べる。水で口の中を洗い流し込む。これでもう一度新鮮な味を楽しめる。
やはり美味い。くっ、これでお米があれば‥‥‥。
「すまんな少し時間がかかってしまった、サービスだ」
ヒナバンガが厨房から持ってきた皿の上には宝石の如くつやつやと輝き、湯気を揺らす物が乗っていた。
そう、白米だ。
この男、分かりすぎている。
白米をかっ喰らう。
ガツガツガツガツガツガツガツっ。あれ、一息つこうと頭では考えているのに、身体が言うことを聞かない。生物としての食欲という本能が止まらない。
“コツンっ”
気が付けば、もう何も載っていないプレートにフォークを刺そうとしていた。もう、食べきってしまったのか。
最後の悪あがき、プレートに残ったソースを白米に垂らして締める。くそ、もっと食べたかった。
ガツガツガツ。
「ごちそうさまでした」
満足感と少しの寂しさをもち、手を合わせた。最高だ。