それからしばらくの月日が経ち、一般教養や魔法、実習の授業が進んだ。例の俺の身体傷だらけ事件を経て、生徒の皆はより一層熱心に取り組むようになった。
ちなみに、誰も辞めてはいない。うむうむ、行幸である。
そして今日はついにあの日が来た。前々から告知されていたので、皆もどこかそわそわして浮足立っている。
「よーし、全員揃ったな。今日は以前から言っていた通り、実際に海竜に乗って、進むと止まるをしてみるぞ。思いのほか早くなったが、それはお前たちが魔法の授業を真面目に取り組み、操作の基準に達したから出来たことだ。誇りに思っていい」
そう、今日はいよいよ海竜の背にのることになる。皆は楽しそうだが、俺には一つ懸念点がある。何もないといいのだが‥‥‥。
オレガノ先生はそういうと、俺たち生徒と海竜を竜舎の外に連れ出した。
砂浜に一列に並べられた俺たちと、雑に一か所に集められた海竜を確認するとオレガノ先生は再び喋り始めた。
「じゃあ各自自分の出席番号の書かれてある鞍を背負った海竜のところに行ってくれ。全員揃ったら次の指示を出す」
さて、俺の出席番号は17番だから、17,17,17‥‥‥あった。お、始めましての子ですね。よろしくお願いします。
鞍には17という数字と、ジャクールという名前が書かれていた。恐らくこの海竜の名前だろう。
まずは挨拶の一吹きっと。
“ぴぃーーぅい”
これはほとんど願掛けだ。仲良くなれますようにと、暴れて俺のこと怪我させないでねという思いを込めて吹くだけで、効果があるかどうか分からない。
それに、ククルカ島では吹いても怪我してたし。
「よし、じゃあまずは手本を見せるぞ。まずは水球を二つ作って、首の付け根より少し下の胸元に当てて、球の中の水流を左右対称で渦巻くように流す。すると‥‥‥こうやって海竜は姿勢を低くしてくれる。そしたら鞍に乗る。まずはここまでやってみよう」
すると、皆が水球を作って試し始めた。一発で成功させる人もいれば、苦戦している人もいる。さすがのイヴはもうすでに海竜を伏せさせている。
俺の出す水球は、皆と違い中身が空洞なので、その方法が使えない。しかも、初対面ということで意思疎通も測れない、さてどうするかというと――。
「はいよしよーし、しゃがんでくれ~」
手の表面に水の糸を纏わせ、手首を回すようにして撫でると、あ¬~ら不思議、疑似的に水流を再現出来ましたとさ。
「ありがとうね、乗せてもらうよ」
海竜の鞍は腹帯に鐙が付いており、梯子のようになっている。鞍に登り座るだけで、結構な目線の高さになる。
毎回海竜に乗り、空を見ると、新鮮な気持ちで高揚感を覚える。空が近くなったような、手を伸ばせば掴めそうな、空の向こうには何があるのだろうか。
「うまく出来ないやつは、速度を一定にすることに集中しろよ。大体できないやつは、速度がばらついているか、水圧が弱いかだ。一定にしてもダメな場合は、水流の勢いを早くしてみてくれ」
オレガノ先生の助言で、今まで苦戦していた子たちも次々に出来るようになり、「やった」という歓声があちらこちらで上がる。
「よーし、全員出来たか? それじゃあ、次の‥‥‥まだ、いたな。どうした、何か問題か?」
まだ一人、出来ていない子もいるようだ。オレガノ先生が海竜から降りて、その生徒に近づいていく。俺もその生徒の方を見る‥‥‥あ、まずいかも。
その生徒が乗ろうとしている海竜はフィオナだった。
「う~ん、なんでだろうか。言うことを聞かないな、前までは大人しく従っていたのに」
俺の懸念していた事象の確率70%。
「特に体調不良という報告はないし、外傷も見当たらない。なんだ?」
90%。ほぼ確です。動きます。
俺は自分の乗っていた海竜から降りると、オレガノ先生に近づいていく。そして肩を落として少しためらいながらも声を掛ける。
「すみません、あの、ちょっと心当たりがありましてぇ‥‥‥」
「ん? ランデオルスか、心当たりとは何だ?」
訝しむようなオレガノ先生の視線に、萎縮しながら思いだすのはククルカ島での出来事だった。
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あれは、俺とフォルが無人島から帰ってきた後のことだった。
「あれ、おかしいな‥‥‥」
「どうしたんですか?」
幼竜の竜舎でフォルを目の前に調教師の一人が、首をかしげていた。
「お、ランディの坊ちゃん。いやね? 前まで言うこと聞いてくれていたのに、なんでか今日は言うことを聞いてくれないんですよ、無理やり背に乗ろうとしても暴れるし、これじゃあ調教どころじゃないですよ」
「へー、おかしいですね。フォル? なんで背中に乗せてくれないんだ?」
フォルは俺が声を掛けると、擦り寄って来た。頭を撫でながら尋ねるも、暴れる様子も体調不良の症状も見当たらない。
「俺も試していいですか?」
「いいですけど、怪我しないでくださいね? どやされるのは俺なんですから」
眉毛を八の字にしながらも許可をくれたので、騎竜を試みる。
「あれ?」
すんなり乗れた。フォルの顔を覗き込むも、上機嫌な様子で首を曲げて頭を擦りつけようとしてくるだけだ。
「おかしいですね、俺の時はダメだったのに。一回他の調教師も呼んできます」
そして他の調教師を連れてきては、順番に背中に乗れるか試したところ、俺以外は背に乗せようとしなかった。
結果、俺に懐いたことや、危機的状況で初めて背に乗せて助かったのが俺であったことで、俺を背に乗せることにプライドが生まれてしまったのかもという結論に至り、俺はフォルの専属調教師になったのだった。
しかしこれは、いつかフォルを卸すことになったときに必ずや障害になるので、治さねば治さねばと頑張ったが、努力の甲斐むなしく、フォルが他の人を背に乗せることは無かった。
懐くということの弊害を知った出来事になった。
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「ということがありまして‥‥‥」
俺も、オレガノ先生も頭を抱えていた。