「お前、なんだよそれ‥‥‥」
「ランディ、それ、どうしたの?」
周りの関係ない生徒たちもが引いている。イヴでさえ言葉に詰まっている。
俺の身体には、裂傷、刺し傷、打撲、様々な傷跡がところ狭しと体中を這っている。
海竜の牙にやられた跡、二次被害で道具が体に引っ掛かった後、どれもが海竜調教中に付いた傷跡だ。
「もういいぞ、済まなかったな。服を着てくれ」
オレガノ先生はしっかりと頭を下げて謝罪した。
調教師にとって、身体の傷は調教に失敗した証だ。傷の多さは恥の多さ、安易に人目に触れさせたくないというのが一般的な感性らしい。
「これが海竜調教師という職業だ。この歳でその身体は、よほどここに来るまでに詰め込んできたのだろう。実体験として濃密な経験を経て、危険性と言うものを理解しているだろう。お前たちの危機感が、こいつの危機感と同じだと、今でも言えるか?」
生々しく刻まれた恐怖がなくなることはない。これでも同じというのであれば俺の右ストレートがでるぞ。
「そして二つ目だ。コイツの特異体質にある。人類で今のところ唯一、海竜に好かれることがある。それでもこの傷だ、どれだけ凶暴な生物なのかが分かったか」
今ならなんと、眠り笛を吹いたことがないそこのあなた。好かれる可能性があります。
「‥‥‥わかりました」
いじけたように、申し訳なさそうに、それでも少しの希望が混じったように、誰がともなくぽつぽつと返事が上がった。
「これはもっと後に話すべき、いや、今話しておいてよかったかもしれないな。海竜の恐ろしさを知ってなお、我々は海竜に寄り添い、想い、距離を詰めることに努めなければならない。その覚悟が揺らいだのなら、俺はここを辞めたっていいと思う」
辞めるねぇ。故郷を離れて寮生活が多いこの学校で、のこのこ帰ったとして、温かく迎え入れてくれる貴族がどれほどいるのだろうか。
辞めるという選択も、進むという選択も、自分の意思を突き通す我がままは、己をしっかりと持った強い人間にしかできない。大人になればなるほど、余計なものが見えてくる。
直向きに前だけを見つめられる子供のうちに選択させるのも一つの救いなのかもしれない。
親の目や、立場を考え始めたら何もできなくなるからな。
「さ、湿っぽい話は終わりだ。今日の授業はここまで、各々着替えて寮に戻っていいぞ」
手をパンパンと叩きながらオレガノ先生は解散を促した。
「さて、俺も帰りますか」
取り残される様にしてポツンと立っていたが、オレガノ先生の話が終わった後でもしばらく周囲の視線が突き刺さっていたので、むず痒くなった俺はそそくさと帰ることにした。
「ランディ」
帰る途中でイヴが話しかけてきた。俺の友達は君だけだよ。他の誰もがさっきので一歩引いちゃったからな。
「ん、どした?」
「ランディがいつも寮で、お風呂に入るとき、裸を見せなかったのって、傷を見られたくなかったからなんだね、ごめんね。一緒に入ろうとか誘っちゃって」
申し訳なさそうに謝るイヴに対して、心の中で申し訳なさそうに謝る俺。ごめん、そういうことじゃなくて、なんか事案臭を感じてしまったからなんて口に出せない。
「まままま、まぁ、そんなとこ? かなぁ」
口が滑り散らかした。
「そうだよね、本当にごめんね。ところで、さ。ランディはどうして、調教師目指してるの? 怖くない? ‥‥‥正直、僕はちょっと怖くなっちゃったよ」
少し俯いたイヴの足取りは若干遅くなっている。歩幅に感情が現れている。
「怖いかぁ、イヴはここ辞める?」
「いや、辞めはしないよ。調教師の夢は諦めないよ。でも、凄い痛そうだったから」
少し不安になって尋ねた質問に対しての答えは、芯のある目で答えくれた。その瞳には揺るぎない大きな火を灯していた。
安心した。この学校で出来た初めての友達をこんなに早く失いたくはない。
「大丈夫だよ、無茶しなければこんなことにはならない。先生も言ってたように、無茶させずに、安全に技と知識を学べるのがここだろ?」
ニヤッと笑ってみせる。イヴも対抗して、勝気な笑みを浮かべて見せるが、初めての表情なのか引きつりがある。ふふ、これなら問題はなさそうだな。
「俺も応援するしさ、そんで一緒に海竜の背に乗って旅とかして、世界を見に行こうよ。きっと面白いことがこの世界にはまだまだあるはずだから」
それを聞いたイヴはより一層目を輝かせた。そして勢いよく両手を上にあげ、身を乗り出した。
「うん! 頑張ろう! それで、調教中に身体に傷をいっぱい作るぐらい頑張ったら、僕の身体を見せてあげる! 僕だけ見たら不公平だからね!」
えっ、いや、大丈夫です! しかもそれってかなり年月経った後ですよね。一体どんな風に成長してしまうのか。
大丈夫だ。俺はノーマル。オレ、オンア、スキ。
さて、冗談は置いておいて、体に傷をつけさせるのは推奨しない。一歩間違えれば余裕で、あの世行きだ。「調教師の傷は、海竜騎士の傷になる」という格言もあるし、調教師になるならそんな汚名は着させないに越したことはない。
友達を守るためにも、海竜を守るためにも、俺はもっと頑張らないと。静かに、強く、決意した。