オレガノ先生の指示に従い、作業着に着替えて、まずは小屋の清掃に取り掛かる。
窓を開けて空気を入れ替え、海竜の部屋に溜まっている水を抜き、掃除しやすいようにする。
巣穴の乾草を取り除き、海竜の部屋全体を掃除する。その際に排泄物を一か所にまとめておき、どれがどの部屋のものなのかを明確に分けておく。それが終わったら、乾草を新しくして、水抜きで取り外した栓を閉めて、新しい水を溜める。
これで部屋の掃除は一通り終えた。
掃除し慣れている俺は、他の生徒より早く終わり手持ち無沙汰になったので、他の部屋の様子を覗きに行くことにした。
生徒その一、あーあー泥まみれになってるよ。そうなんだよな、苔とか藻が生えてると滑りやすくなるんだよな。だからコツとしては、足の裏を床から離さずに、すり足で動くような感覚で歩くと滑りづらい。足の裏の感触は最悪だけどね。
生徒その二、古い乾草の放つ匂いに鼻をやられているようだ。濡れた体を乾草に擦りつけるから、濡れて腐って、腐敗臭と部屋干しの匂いが混ざったような匂いなのだ。べちょべちょに腐ってるところなんかが手に着くとね、ひぇ~、爪の中に入るとね。なかなか取れないんですよ~。
生徒その三、うんこで遊ばない。
生徒その四、イヴさんは真面目に取り組んでて偉いですね。もう終わりそうだし、お、目が合った。手を振ると振り返してくれた。
ちょうど終わったようで、糞の詰まったバケツを落とさないように、梯子を昇って海竜の部屋から通路部分にやってくると、満面の笑みでバケツを俺の目の前に突き出した。
‥‥‥いや、いらないですよ?
「たくさん獲れたよ。この糞はどんな感じなのかな」
ちらっとバケツの中を覗くと、海水と混じった糞が詰まっている。色からして健康体そのものだ。消化しきれていないものも混ざっているが、内容物も申し分ない。
「至って健康、いいうんちだね」
「へぇ~、こんなに臭いのに健康ってなんか不思議な生き物だね」
俺らがうんちについてワイワイ盛り上がっていると、全員の掃除が終わったようで、オレガノ先生が集合の合図を出して、それぞれのバケツを一列に並べさせた。
さすがに一か所に集めると、臭すぎるな。気絶しそうだ。
俺がククルカ島にいるときは、臭いから一か所に集めるなんてことしたことなかったが、集めるとこんな爆発力があったのか。しかも屋内でするのがヤバい。
「さて、見て貰えば分かると思うが、それぞれに違いがある。基本的には色、匂い、内容物で健康を確認するんだ。しかし注意してほしいのは、これですべてが分かるわけではないということだ。
なので、排泄物で確認するのも大事だが、常に海竜の些細な違いを見逃さないようにすることが大切ということを忘れるなよ」
うんち診断も正確ではない。
海水のなかに溶け込むわけなので、海水がそもそも濁っていれば、それだけ匂いや見た目の精度が落ちる。
だから常日頃から清潔に保ち、一定の水準を確保しなければならない。だが現実問題、100%その水準を保つのは無理だろう。だからうんち診断だけで物を決めるのは良くない。
ちなみに前世での海洋生物であるイルカやクジラなどの糞は水溶性で、どちらかというと液体に近い物らしいが、海竜のそれはしっかりと固形だ。理由は知らないが不思議なものだ。
「じゃあいまから基準を教えて行くぞ。まずは色だ。黒に近い茶色をしているものが健康な状態だ。なので色が薄くなってたり、黄色味が混ざっているのはしっかりと消化しきれていないから、内臓の不調が考えられる。また赤みが入っていると血便の可能性が高い。もしかしたら緊急で処置しなければならない可能性もあるから、気が付いたらすぐに報告してくれ」
オレガノ先生が指で指し示しながら、話していく。
「次に匂いだ。海水と混ざっているから完全に把握するのは難しいが‥‥‥これだ、この匂いが健康体に一番近いな。皆も順番に嗅いで言ってくれ。
さらに難しいのは、与える餌によってこの匂いは変わってくるから、育てている場所によって基準も変わる。これはそれぞれの就職先で覚えていくといい」
お、俺に順番が回って来た。あぁ~、なるほど。ククルカ島の基準より少しだけ匂いが控えめというか、雑味がない?
「匂いは色よりもさらに様々な要因に左右されやすい。だから健康体の匂いからどれだけ離れているかで考えて、エグみ、雑味、酸っぱさ、などなど臭さの方向性自体はそれぞれに理由が存在するから、教科書や実習で覚えていくといい」
これは俺も全部は知らないので、あとで図書室で調べておこう。
「次に内容物だ。海竜の消化能力は高いから、だいたいどんな物でも溶かしてしまう。それのせいで何でも口にしてしまう。なるべく変なものを食べさせないようにすると体調管理しやすいな。
食べたもので匂いも変わってくるから、この近海の魚の何を食べてるとどの匂いがするのかも覚えた方がいいかもな」
んー、海藻とかもたまに食べてるが、あれは消化されずに排出されるから、なかなか便が出にくいときに食べてくるんだよな。けれど、たまに毒持ちの海藻があるから危なっかしくて怖いのよな。
「よし、今日教えることはこれぐらいかな。あとは自由に観察してみてくれ。時間が来たら各自解散だ」
自由時間か。よーし、海竜みてこよーっと。
俺は竜舎の出口に向かって歩き出した。