「‥‥‥」
俺は今、カリファラ学長に連行され、応接室のソファに座らされている。このソファこんなに硬かったっけ?
カリファラ学長は人を射殺せるのではないかというほどの視線で俺を見ている。胃が痛くなりそう。
「ランデオルスくん」
「‥‥‥はい」
ヒエっ、俺の名前をそんな冷たいトーンで呼ばないでください。僕の名前知ってますか? 笑いかける男の子ですよ?
「まずは経緯を聞きます。なぜフィオナが咆哮を上げたのですか?」
「恐らくですが、気分が乗ったからではないかと思われます」
「‥‥‥詳しく、お願いします」
ですよね、けどこれがすべてなんだよな。だから睨まないでください。
「えーとですね、砂浜で私が笛を吹いていますと、フィオナが近づいてきて、こちらの様子を伺っているようなので、お気に入りの曲を演奏したところ、どうやらフィオナの琴線に触れたのだと思います。多分ですけど‥‥‥」
「入学前から無茶苦茶ですかあなたは。さすがはハバールダ領主直選の入学者というべきですかね」
「いえいえ、それほどでも」
へへへ、俺憧れてたんだ。選ばれし子供というやつに。
「褒めてません! ‥‥‥いや、褒めるべきなのでしょうね。なんせフィオナの声を聴くなんて久方ぶりですし、頭を撫でさせるなんて初めてのことですよ」
「どうも」
素直に受け取っていいんだよな? 鼻高くなっていいんだよな? 分からないので無難に答えておいた。
「フィオナの咆哮が町にまで聞こえてないことを願うばかりです。町に住んでいる方々に不安を与えていいことなど一つもありませんからね」
PTAでもおるんかえ。
「それにしても、なぜフィオナだったのですか? 他の海竜には聞かせなかったのですか?」
違います違います。何か意図があってフィオナに演奏したわけじゃないんです。なんか陰謀渦まく大人の世界に片足ツッコんじまった気がする。
「いや、他の海竜も聞いてましてよ? ただ、あそこまで反応したのはフィオナだけで、他の海竜は直ぐに興味を失ってました」
「ほう? フィオナだけが反応したのですね。‥‥‥つまり、他の海竜にはない、フィオナだけの特徴。元ボスの海龍であること、もしくは野生であったこと、いずれにしても、もう少し調べないと分かりませんね‥‥‥」
カリファラ学長は自分の世界に閉じこもって、ブツブツと考え事をはじめてしまった。
多分野生ですよ~とは言わないでおく。他に俺が気づいていないだけで、別の理由もある可能性を捨てきれない。
「ちなみにククルカ島にいたときに同じことが起きましたが、他の人が同じ笛を吹いても何も起きませんでした」
一度眠り笛を吹いた人間は二度と警戒を解いてもらえないって、厳しい世界だよな。でもそれほどに、あの眠り笛は海竜にとって、生涯を通して嫌うべきものなのだろう。一体なぜ‥‥‥。
「ふむ、そこを踏まえてこの学校に入れさせられたのだろうな」
特殊体質ではございませんよ。たまたま運に恵まれただけなのです。なので欲を言うともう少ししがみついていたい。
「よし、もう一回フィオナの前で演奏してもらっても良いか? 今度は私も同伴させてもらおう」
鼻息を荒くしたフィオナは、まるで子供になったかのように目に活力を溜めている。
「分かりました。今からですか?」
「あぁもちろんだ、すぐに行こう。‥‥‥何をしている、ほら早く行くぞ、立て立て」
コートを羽織り、椅子から立ち上がると、呆気にとられている俺を急かした。
わわ! 自分で歩けますって!
そして、再びやって来た竜舎。海竜たちはすでに中に入っており、いつもより短くなったお散歩に若干ご機嫌斜めだ。ごめんよ。文句ならそこの君たちの元ボスに言ってね、ちょっとはしゃぎすぎちゃったみたいでさ。
「ふむ、頭を撫でさせたと言っても、いきなり擦り寄ったりはしないか」
扉を開けたところで俺たちをじぃっと見つめる双眸はもちろんフィオナのものだ。
「多分なんですけど、そこで待っててもらっていいですか?」
しかし、俺はあることに気が付いた。その目を向けているのは、俺ではなくてカリファラ学長に向けられている。俺のことなどまるで気にしていない。
「? まぁよかろう。わかった」
カリファラ学長が動かないのを確認すると、一歩、また一歩とゆっくり歩を進める。
「フィオナ。さっきぶりだね、さっきは困らせてしまってごめんね。ほら、仲直りしよう」
フィオナの部屋の前に立ち、手を伸ばす。すると警戒もせずに頭を手に触れさせてくれた。
はい、これで仲直りね。
「‥‥‥!! 本当にあの一回で懐いたというのか」
カリファラ学長が驚いているけど、自分でもよくわかんないんだよな。フォルやフィオナは俺の中でも感情表現に富んでいて、何を考えているか分かりやすい気がする。
気のせいかもしれないけど、他の海竜たちも生きているので勿論感情もあるし、自己主張もあるけど、繋がり的なものは感じない。
興味深そうに見てくるカリファラは、もう少し観察していたそうだったが、仕事がまだ残っているようで、他の先生に連れていかれてた。
結局おとがめは無しのようだ。よかった。