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「」~入学Ⅹ~

「‥‥‥」

「‥‥‥」


 もしかしてガチの奴か? 頭に浮かんだ「若いと反抗心が強くて、それで反発されたときに小便ちびった人でもいましたか」を口に出さなくてよかった。


「ここにいる海竜が前線を退いた老竜ばかりなのは、‥‥‥この学校にお金がないからなんだ」


 ‥‥‥ん? どっちだこれ。でも雰囲気に沿って行くのであれば真面目なやつか?


「前線を退いたとはいえ海竜だ。その大きい肉体を維持するための食費や、竜舎の維持費、怪我や病気の治療費なんかも馬鹿にならない」


 確かに、大喰らいという言葉でも足りないくらい彼らは食べる。ウチの島で漁業が発達していないのは放流した際に、つまみ食いが後を絶たず、魚が減少しているからだ。


 しかし、天敵のいなくなった海生生物が爆増し、それを食べに海竜の餌となる魚が増え、これをまた海竜が食べる。

 このサイクルでウチの島は回っている。


 しかし、この海ではそうもいかないようだ。海竜の食性や、生息している生物が違うのかもしれない。


「だがしかし! 『今年から海竜育成に力を入れる』と宣言された! この学校のお金事情も改善されるに違いない。そうなれば、念願の若い海竜の世話も出来るかもしれん」


 掃除を始めながら、ミランの顔は嬉しそうに笑っていた。


 なるほどな。って、ん?


「この海竜だけ、なんか雰囲気違いますね。やけに落ち着いているというか、貫禄があるというか」


 俺は竜舎の奥。隅に鎮座する様に蜷局を巻いている海竜を指さした。


「お、流石だね。このフィオナは元ボス海龍だったらしいよ。やっぱり見るからに他の海竜より一段階上の立場って感じがするよね」


 床や窓の掃除を終えたミランは、海竜たちそれぞれの小部屋の門を開け、外に出るように促していった。すると海竜たちは大人しく従って海に泳いでいった。


「よし、寝床の掃除を始めるけど、まだ見ていくかい?」

「いえ、ちょっと外に行った海竜たちを見てきます」


 男が掃除してる光景なんて、犬の飯にもならん。即決で断った。




「おーおー、やっぱり外でのびのび泳いでいるのが一番だ」


 海竜たちは気持ちよさそうに海風を浴びている。

 俺も気分がよくなったので、首にかけている笛を取り出した。


“ピーピーピー、ピーピーピィィィ‥‥‥”


 笛を吹いた途端、泳いでいた海竜たちはこちらを向いた。知ってる、そうしてみんな直ぐに興味を失うのだ。フォル以外の海竜はそうだった。あいつだけは楽しそうに近づいてくるのだ。


「ぴいぃ」


 そうこんな風に‥‥‥って、っ!? 

 フォルに慣れすぎて、知らない海竜に近づかれていることに気が付かなかった。


「ぴいぃ、ぴいぃ?」


「どうかしたのか?」とでも言うようにこちらを覗き込む一匹の海竜。


「お前は、確か‥‥‥フィオナだっけか? お前ももしかして、元野生か?」


 俺は重なった面影にもしかしてと思った。ほとんどの海竜は、この笛の音を聞き流す。しかし、一部の海竜だけは異様な執着を見せる。野生下でしか聞かない音なのだろう。


 ‥‥‥野生時の音に執着するということは、人に飼われているより、自由に過ごせる野生の方が海竜にとって魅力的なのだろうか。


 人に飼われているというのは、ある意味では保護、ある意味では安全。しかし戦争という戦いの道具でもある。‥‥‥奴隷なのかもしれない。


「ぴいぃ」


 フィオナは不満をあらわにしながら、俺に顔を押し付ける。こんなところまで似てるのかよ。


「わかった、わかった。吹くよ、吹くからちょっと押すのを止めてくれ」


 そういうとフィオナはしぶしぶと離れた。


“ぴぃーー、ぴぃい、ぴぃーー”

「~~♪」


 笛の音に合わせて、フィオナは楽しそうに左右に揺れる。


 俺も気分が乗って来た。とっておきを披露してやろう。


 海竜信仰のある島の昔から伝わるお祭りの唄だ。聞かせてやろうじゃないか。俺のお気に入りにして、十八番の曲、龍卸の唄。


 笛の音は鋭く、足で刻むビートは心を震わせる。


“ぴぅい、ぴぃ、ぴぃ、ぴーぃいーぃいー”

“どんどどっど、かっかっ”


 この声は遥か遠くまで、この雄叫びは心の深くまで、届け、届け。


“ぴーぅい、ぴーりぃいー!! ぴーりぃいー!!”

“どん! どん! どどん! かっ! どどん!”


 母なる一から、子々孫々にいたるまで、すべての海竜たちよ、わが子たちよ、その生を謳歌せよ。


“ぴぃぃぃいいいいいいいいいいーーーーー!!”

“どどどん! どどどん! どん!”


「ぴいぃーーーーーーーーーーー!!」


 うるさっ!? せっかく人がいい気分で余韻に浸っているというのに‥‥‥って、どうした?


 フィオナが思い切り咆哮をあげたあと、頭を垂れるように俺に差し出した。よくわからんが撫でておこう。あら、意外と肌触りがいい、丁寧にお世話されてるのね、あなた。


「おい、どうした! 何があった! すごい鳴き声がしたぞ!」

「校舎の方にまで聞こえてきたぞ! 何事だ!!」


 あ、やべ。やっちまった? 

 勢いよく駆けつけてくるミラン先輩に、鬼の形相のカリファラ学長。自分逃げてもいいっすか?


 フィオナさんやい、そんな気持ち良さそうに目を細めてないで。なんであんな大きな声を出したのかね。怒らないから言ってみな?


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