暇になった俺はというと、早速寮を出て、学校内を歩き回っていた。学校自体が休みに入っているので教室自体はとても静かだが、食堂だけは帰省せずに寮に残っている学生のために解放されているようだ。
そして学校生活で一番大事なところにやって来た。海竜専用の竜舎だ。
「おー、まぁまぁデカいな」
ククルカ島のものと比べたら一回り程小さいが、あちらは本職、こちらは学校なので当たり前だろう。プロを舐めたらいかんぜよ。
俺は海龍を一目見たくなり、窓の格子の隙間から覗く。いたいた。海竜さんいらっしゃいました。これでも調教師見習いとしてお世話をしていたこともあるので、海竜たちが警戒レベルを引き上げる距離を分かっているので大丈夫かと考え、竜舎のなかに入ることにする。
「あれ、意外と重いな」
うんともすんとも言わない扉に疑問を抱いて、さらに力を籠める。
「ふぬぬぬぬ~~。‥‥‥あ、開かない」
一度力を抜き、扉から手を放す。う~ん、やっぱり扉をよく見ても引き戸でしたなんてオチではないし、一体なんだろうか。
「おいっ!! そこで何をしている!!!」
「‥‥‥!」
急に背後から怒鳴り声が聞こえたので、思わずビクッとしながら背後を振り返る。
そこには制服に身を包んだ中学生くらいの背丈の男の子が掃除道具を刺股のようにこちらに構えていた。
思わず両手を上げる。
「いったい誰だ! そこで何をしている!」
驚いて固まっていた俺にしびれを切らしたようで、再度俺に詰問する男の子。恐らく先輩だろう。俺は弁明をすることにした。
「今年から入学するランデオルスといいます! 学校内の探検のついでに、海竜を見たくて来ました!」
僕は悪い人間じゃないよ。
「新入生か」
すると先輩はようやく警戒を解き、ため息を吐いた。
「毎年、新入生が勝手に海竜を覗こうとするのは良くあることだが、扉を壊してでも見ようとする新入生は初めてだぞ」
「壊そうだなんて! ただ、ちょっと建付けが悪いのかな~と」
そんな頭の悪いことはしませんがな。器物破損、ダメ、絶対。
「鍵がかかってるんだから開くはずがないだろう」
そうして、先輩は腰に付けている鍵をぶらぶらと目の前に出して見せた。
あ。全然気が付かなかった。島では鍵なんて掛かってなかったから考えもしなかったです。どうやら頭が悪いようで。
「俺は六年のミランだ。この竜舎の管理もしている。海竜が見たかったら俺に言えば見せてやるから、扉は壊すなよ?」
ミランは困った子を見るように俺を見た。念のために後ろを振り返るも誰もいない。‥‥‥早速俺が問題児認定されてる?
「ところで、ランデオルスは海竜を見たことはあるのか?」
「ありますよ。というか家族の手伝いで触れてました」
なんなら俺に一番懐いていた海竜もいましたよ。他の海竜にも嫌われたりはしてませんでいた。これが何気に一番すごい。そう、俺すごい。
「おお! それは本当か! 出身は!?」
「お、おぅ。ククルカ島です」
なんか急にグイグイ来ますね。
「ククルカ島!! じゃあザンキさんは!? ザンキさんを知ってるか?」
「知ってます。というか僕の父です」
もしかして有名人なのか? うちの父ちゃんは。
「な、な、なああにいいいいいいいいいい!!!」
どうしたどうした、急にキャラがブレ始めたぞ。クールキャラじゃなかったんか、あなた。
「‥‥‥父がどうかしましたか?」
「ザンキさんと言えば、調教師で知らない人はいないぞ! 王国軍御用達の称号がどれほど凄いのかをしらないのか!?」
なんかミランのスイッチが入ってしまったらしい。舌をこれでもかとぐるぐる回している。長々と話してくれたので、要約すると、国力に直結する軍事力の要である海竜という武器を常に高品質で卸していることで、調教師のなかでレジェンド的な扱いを受けているらしい。
し、知らなかった。そんな凄い評価を受けている人だったのか。
「ふふ、僕はねいつかククルカ島で調教師として働くことを夢見ているんだよ」
何もない所ですけどね。調教師が特産だったのか。てことは軽口を言い合ってた他の調教師仲間もエリート調教師だったのか。‥‥‥あの筋肉酒飲み達がかぁ。
「ささ、僕たちの育てた海竜を見てくれ、欲を言うとククルカ島で育った君の感想が聞きたい。ついでに何か育てるときの方法とか、違う点、共通点なんかも教えて欲しい。さ、こっちだよ」
皆さん、見てますか。僕は足を一歩も動かしていません。なのに体が勝手に竜舎の中に入っていきます。不思議ですねぇ。そうです。半ば無理やり引きずられています。強引な先輩がいたものです。
あ~~れ~~、と心の中で巫山戯るのをやめて、中を見渡す。おお、海竜が勢ぞろいしている。
始めてみる俺に少し緊張している様子が伺える。さすがに幼竜はいないか、大人の海竜よりも繊細だからね。一介の学生にはやらせないか。
それにしても、なんだろう、なんか違うな。
「ミラン先輩、なんかここの海竜って、大人しい? ですか?」
「お! さすがだね。そう、ここにいるのは全員現役を引退した老竜だよ」
比較的気性が穏やかな海竜たちを学生にあてがっているのか。なるほどな。
「ちなみにこれには、深いわけがあるんだよ‥‥‥」
ミランは深刻そうな表情をした。
あ、これどっちだ。急な雰囲気の変換はボケの可能性があるんだよな。その辺は前世のお笑いの感覚が似通っている。でもこれで俺がふざけて変な雰囲気になるのも嫌だし‥‥‥。
ミラン先輩! そんなに溜めなくていいから早く答えを教えてくれ!