「戻りましたー」
「おう、201号室のお客さんだな。はいよ預かっておいた鍵だ」
「ありがとうございます」
お腹いっぱいになって気持ちよくなった俺は、そのままベッドにダイブした。
今日はいろいろ歩き回って疲れたな、久しぶりの揺れない陸での就寝だ。微睡む意識の中でフォルや家族のことを思いだした。
「元気にしてるかな」
その言葉を言い終えたか、夢の中での呟きだったか、俺はいつの間にか目をつぶっていた。
「そー言えばなんですけど、ジェフさんとかこの国の人たちって信仰してる宗教ってありますか?」
今はもう船の上で、港町を出て二日目の昼。ふと思いだしたことについて尋ねてみた。
「何だ藪から棒に」
「いやあんまり深い意味は無いんですけど、僕って自分の島の宗教? 信仰しか知らないので気になって」
「あー確かに、あそこは他の宗教とか入りにくいか」
「そうなんですよ」
島にあった本で知りえた知識でしか、宗教のことを知らない。しかも魔法についての本だったので、詳しくは載ってないし、いつ書かれた本なのかもわかっちゃいない。
「別に隠すもんでもないからいいが、この国の国教は正アルテミス教だな。ほとんどの国民はそうだと思うぞ。俺も強いて言うならこれだな。あんまり敬虔な信徒とは言えないがな」
「他の組員さんも?」
周りの組員を見渡すと、俺たちの会話が聞こええていたのだろう。少し考えてから「俺も似たようなもんだな」と皆頷いた。
「まぁそうじゃねぇかな。ハバールダの領主がその辺は寛容だからな」
「へぇ」
あれか「自分の街にはこの宗教しか認めない!」みたいな感じで排斥活動する人もいるってことかな?
「だがまぁ、他のところでは気をつけろよ。たまにエグい街や国があったりするからな」
前世でも魔女狩りやら、宗教戦争なんてものがあったしな。まったく人の業のなんと罪深き。
「お、ここからでも見えるな」
そんなこんなでやっと見えてきました目的の町。港町よりも幾分か田舎だ。見慣れた景色に少し気分が良くなる。
「あの建物がそうですか?」
入り江の端の方に建てられている建物を指さした。少し小高くなっている丘の向こうに見える青色の屋根だ。
「あぁ、あれがハバールダ領の海竜育成学校、ノミリヤ学園だ」
「思ったより小さいですね」
ラノベでよく見る大きな学園を想像していたが、それよりは小さい。二階建てで周りの家よりは一回りも二回りもデカいのだが、期待を膨らませすぎた。
「そうだな、けど敷地面積は海を入れたらトップレベルだと思うぞ」
なるほど。農業学校などは馬や牛を飼うための広い土地があるし似たようなものか。
それにしても――
「海にも権利があるんですね」
「俺も詳しいことは分からねぇからな。そのあたりは着いたら向こうの奴に聞いてくれ」
境界線とか、気を付けることが多そうだな。
そして、俺たちは陸へ降りた。
「それじゃあ、本当にありがとうございました」
「すまねぇがここでも仕事がある。俺たちとはここでお別れだが、また港町に来たら言ってくれ。飯でも奢ってやるよ」
仕事熱心で何よりだ。早く手続きを終えないと寝泊りする場所もないと聞いていたので学校に向かうことにする。
「さて、このまま歩いていけばいいのかな?」
乗り合いの馬車なんかは無いだろうし、目的地はここからでも見える。せっかくなので初めての町を歩きながら目で楽しむことにした。
町は住宅街という感じで都会過ぎず、田舎すぎずで、気持ちもいい風が吹いていた。出来ることなら気になった裏路地にも入ってみたかったが、今日は我慢して真っすぐに進んだ。
するとあっという間についてしまった。目の前には門があり、鍵はかかっておらず少し開いている。
門を横に引き中に入り、建物を目指していると、箒で葉っぱや花ガラを掃除しているおばさんがいた。
「すみませーん」
「はい。ってあれ? 見ない顔の子だねぇ」
おばさんは人の良さそうな皴の多い顔をしている。
「今年から入学することになりました。ランデオルスと申します。あの入学手続きってどこに向かえばいいのでしょうか」
「まぁまぁ、もうそんな時期さね。ご丁寧にどうも、アタシはここの雑務をしているコリウスだよ、コリーおばさんってみんなからは言われてるね。歴だけは長いから、学校のことで分からないことがあったらいつでも聞いておくれ。それじゃあこっちだよ、ついてきな」
そういうと、箒を壁に立てかけて、校舎の中へ入っていき、俺もそれに続いた。
「長いと仰ってましたけど、どれくらい働かれてるんですか」
「そうさねぇ、もう30年は過ぎたかねぇ。今の学長がまだ子供の時から働いているんだから、時間というものはあっという間だねぇ」
「それは、すごいですね」
もしかするとここの裏番的な人なんじゃなかろうか。この人に逆らってはいけない! 的な。
「ほらここが事務室だよ。手続きはここで出来るからね、それじゃあアタシは仕事に戻るよ」
「あ、わざわざすみません、ありがとうございました」
「いいのよぉ、アタシが勝手におせっかいしてるだけだから。頑張ってね」
引き返していくコリーおばさんの背中を見送って、俺は手続きを済ませるために事務室のドアを開けた。