「よし、小僧! あの魔物【海渡り】を釣り上げろ!!」
「無理です!!」
胸を張って答える。
七歳になんて命令だしやがる。
「ガハハ、出来ねぇっていうだけなのに威勢がいいな。あとまぐろってなんだ?」
「いや、こっちの話です。でもあの魔物は絶対に釣りあげましょう! 美味い匂いがする!」
「おう分かってんじゃねぇか」
「どうやって釣り上げるんですか!?」
未だ慌ただしくしている船員は居れど、釣りの道具を持っている船員は誰一人としていない。漁業船だよな? この船。
「あいつが攻撃のために海中から飛び出たところを、数秒でいい止めておいてくれれば確実に頭目が仕留めてくれる!」
船員の一人が教えてくれるが、無理が無理難題に変わった程度だ。
「どうやって、留めるか」
魔力糸で拘束はもちろん無理、まずそこまで長く生成できない。胴体を数周だけならまだ巻き付けられるけど、そもそも暴れられた瞬間に引きちぎられる。うーん、海に帰さないという点で、海面に魔力の網を形成してトランポリンにして‥‥‥いや、崩される未来しか見えない。
結構手詰まりか? これは。
悩みに悩む。その間も船は必死に海渡りの攻撃を避け続ける。時に牽制をして、時に船体を削りながら。
そもそもなんで空中で引き留めないといけないんだ?
「コイツって今までどうやって仕留めてたんですか?」
「あぁ言ってなかったか。ほら、そこに錨を持った頭目がいるだろ。あれを振り回して投げると、奴の身体を貫通する。それでしまいだ」
「は?」
一つ一つが人間の胴体ほどの鎖をじゃらじゃらと持て余しながら、今にも投げようと構えている頭目がいた。バケモンかよ。‥‥‥いや、魔法か? 並の人間じゃ無理だよな。
「だから絶対に当たるように引き留めるんだよ。ちなみに早くしないと船が大破して死ぬぞ」
今もまさにマグロが掠っただけで、大きく船は揺らされている。
「今まではどうしてたんですか」
「今まではたまたま当たってたからなぁ。運がいいとしか」
そんな賭けに勝手に俺の命をベットしないで欲しいです。
どうにかしなければ、飯の前に俺の命が危ない。マグロが止まれば絶対勝てるのに、まぁマグロだから止まんないよな。攻めてくる場所さえ分かれば‥‥‥そうだ――
「俺が引き付けます! 合図を出したら頭目は俺に向かって投げてください!」
来る場所を限定すれば、タイミングは俺が測る。
「おう分かった。ミスって小僧にあてたらすまんな」
絶対許すか。
何度か魔力糸でその速度を調べた結果、マグロを感知してから自分が回避できる距離を測る。
よし、ここならちょうど投げたくらいで当たるだろう。
「おぉぉぉい!! こっちだああああ!!」
魔力糸を俺の口元と海中につなぎ、糸電話のようにして声を響かせる。船の下にはさらに極細の魔力糸で作った網を張り、探知に使う。
まだ来てない。まだ、まだ‥‥‥来たッ!!
「今です!!」
「あいよ!!」
ジェフが錨を投げる。ジャラジャラと音を鳴らしながら鎖は一直線に俺に向かってくる。
うおっ!! あぶねぇ!! 何とか回避できたが、俺はその回避の勢いのままゴロゴロと甲板を転げまわる。
「喰らえやああああああああ!!」
ジェフの声が響き、「ドゥン!!」という鈍い音が鳴った。
俺は目を回しているが、なんとか体制を立ち直し、ジェフの投げた先を見た。
そこには空中で血しぶきを上げ、胴体に錨が貫かれている海渡りが今まさに海へ落とされているところだった。
「よっしゃあ!」
「当たったぞ!」
「「「おおおおおおおおおおおお」」」
ザバンと海に沈んでいく海渡りは錨を引き上げることで、その姿を現した。
皆が船の縁に集まり、身を乗り出してみるとちゃんと絶命しているようだ。
そこからは備え付けの小舟を出し、海の上で可食部の切り分け作業を行い、終わるころには日が暮れようとしていた。
あぁ、一体どんな味なのだろうか。
もう辺りもだいぶ暗くなったというのに、誰も眠る者はおらず、皆空腹に耐えて目が血走っている。
俺たちの待ちに待った漁師飯・極みだ。目の前には大皿に乗った解体された海渡りの刺身がずらりと並べられている。
おいおいおいおい、ルビーの宝石で出来た畳の様だ。一枚一枚がしっかりと厚みがあるのに、実に4畳半はあるぞ。
そして支給された器には山盛りのご飯、なんとおかわりし放題だという。そんな美味い話があっていいのだろうか。
「さあお前たち、うちのコックが腕を振るってくれたぞ。感謝して喰え」
「「「「「「いただきまああああす」」」」」」
ジェフと共に運ばれてきたそれに船員たちは我先にと器を片手にとり始めた。
と、考えてるうちにみるみると刺身が消えていく。
あ、おい! 俺の分を残してくれ!
俺も、刺身に手を伸ばす。まずは一口‥‥‥。
ハッ! 旨すぎて思考停止してた。素材の味はもちろん、このタレもヤバい。何で出来てるんだこれは。
「このタレは一体なんですか?」
近くにいたコックに尋ねてみた。
「このタレも魔物から抽出された油を使ってってな。足が速すぎるせいで陸では流通できずに、作ってすぐ食わないとダメになるんだ。そんで何と言っても魔物の刺身と合うんだ。恐らく味を司る部分の魔素とうまい具合に噛み合うんだろうな。相乗効果が半端ない」
なるほど。互いの魔素が味に影響を与えるか、面白いな。いつか陸の魔物の肉と掛け合わしたいな。
それから俺はコックと談笑しながら、魔物を使った料理のことを聞いたりしながら何回もおかわりをした。
刺身がだいぶ減って来た時に、ふと思い出したようにジェフが皆に向けて話しかけた。
「さあ、明日にはハバールダの関所に付く。ちゃんと喰ってちゃんと寝て英気を養っておけよ。‥‥‥って誰も聞いてねぇな。まぁいいか」
漁師飯・極みが旨すぎて誰も話なんか聞いてない。いや、聞こえて入るんだろうけど食べる方が大事なんだな。
ジェフの言葉は誰にも届いておらず、少し寂しそうにしていたのは、俺だけの秘密にしておいてやろう。