家族と友達との時間を大事に過ごしてさらに一年が経過した。
今日はいよいよ、学校に行くために毎度おなじみジェフさんたちが船で迎えに来てくれる日だ。
そして俺は最後に済ませないといけないことを済ませようとしている。
「だから! ダメなの!」
「ぴぃっ!!」
フォルをハバールダまで連れていくことは出来ない。その説得を試みてはいるのだが、一度その話をしてからというものの、その話題が出そうになる度、駄々をこねるようになった。
だがしかし、今日という今日は納得してもらわねばならない。それが一番いい別れ方だからだ。
「連れていけないんだって! 分かってよ! 危ないんだよ!」
「ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ!」
もしフォルという特殊個体を連れて行ったら、権力に囲い込まれることはまず間違いないだろう。ただの一市民である俺に後ろ盾なんてない。ならば少しでもそういうところから離れていて欲しいのだが、このままでは、フォルはきっと付いてきてしまうだろう。
だから今日、決着をつけなくてはいけないのだが、フォルはなかなか言うことを聞いてくれない。
「ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ!」
「だから‥‥‥」
「ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ!」
「ちょっと話を聞いて!」
「ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ!」
「‥‥‥もういい! とにかく、これからはここでちゃんと暮らすんだよ」
もう約束の時間だ。結局納得はしてもらえなかったけど、あとは父さんたちが面倒を見てくれるだろう。
俺は立ち上がり、フォルに背を見せて歩き始める。
「ぴ、ぴぃ‥‥‥ぴい!!」
置いて行かれると思ったのか、怒らせてしまったと思ったのか、たじろいだ様子のフォルは何を思ったか俺に体当たりをぶちかました。
「いた!! 何するんだよ!」
「ぴ、ぴぃ!」
膝からコケた俺は、睨むように振り返ると、フォルは俺の服を咥えて、必死にその場にとどめようとする。
「この野郎!!」
「ぴ!」
身体を左右に振っても、フォルの頭を手で押さえて離させようとしても、フォルは放さない。
「くそ、言うこと聞いてくれって言ってるだろうが!!」
大きく体を振ったとき、たまたま俺の拳は、フォルの頭に吸い込まれる様にして当たった。
“ゴンッ”
「あ‥‥‥」
「‥‥‥ぴ、ぴぃ」
一瞬の静寂。俺はフォルと目が合うと、喉が詰まった。そこには怯えた目をしたフォルがいた。
一秒にも満たないほどわずかな時間見つめ合ったが、フォルは俺の服を放すと、そのまま海へと駆けて行った。
「ちょっと待っ――」
フォルを追いかけようとして伸ばした左手を止めた。
「いや、これでいいんだ。連れていくわけにはいかない。出来ることならここで幸せに、嫌なら逃げたっていい。‥‥‥ごめん。達者で暮らせよ」
約束の時間は過ぎている。急いで船着き場に向かった。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「あぁ、しっかりやれよ」
「ラ“、ラ”ン“ディ”~。い“づでも、がえ”ってぎてい“いからね”ぇ~」
父さんは心配ながらも俺のことを信頼してくれているのか、あっさりとした言葉だった。逆に母さんはぺしょぺしょだ。
「うん、また会いに来るよ」
そう言葉を返すと、踵を返して船に乗り込む。
「よ~し、それじゃ出航だ! 準備は出来てるか!!」
「「「準備完了してやす!!」」」
「野郎ども!! 出航おおおおおお!!」
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」
いつもの海賊式の合図で船が動き出す。父さんと、母さん。それに近所の人たち、村長一家。それに調教師の皆が海竜を引き連れて見送ってくれている。幼竜たちでさえ、何事かとこちらを伺うように集まっている。しかしそこにフォルの姿は見えなかった。
「おい、小僧。いいのか? 喧嘩別れしたんだってな」
「いいんですよ。これで」
何処から聞きつけたのか、ジェフが心配してくれている。
しかしこれが最善だったのかもしれない。あのやんちゃ坊主なら俺を追いかけてでも、ハバールダに来てしまう可能性もあった。フォルがモルモットにされるくらいなら。
そんな最善を希望として、自分を納得させた。
「‥‥‥そうか」
「そういうもんです」
船が安定して、ある程度の仕事を終えたジェフがとなりに腰かけた。
「とりあえず着いたら、今度はちゃんと関所を通って貰って、そのまま学校の方に向かってもらう。その後は、入寮手続してって感じだな。まぁあとは学校側の人間に聞いてくれ」
「分かりました。関所から学校ってどれくらい離れているんですか?」
覚えてられるかな。‥‥‥どうせ覚えられなそうだから、ハバールダに着いたらもう一回聞こう。
俺は右から左に受け流すことにした。
「そうだな~、海路なら二日で着くが、陸路だったらどうだっけかな。たしか上手くいけば二週間ぐらいじゃなかったか?」
「よし、残りの二日間もよろしくお願いします」
「安心しろ、最初からそのつもりだ」
よかった。異世界馬車は死ぬほどケツが痛いと聞いていたからね。俺の水魔法がもっと美味ければスプリングやゴムタイヤなんかもつけれたのになぁ。
そうして話し合いが終わり、暇を持て余した俺は釣りを開始した。すると船乗りの一人が声を掛けてきた。
「ランデオルス、何してるんだ?」
「暇なんで釣りでもしようかと」
そうか、はたから見ればただ糸を海に垂らしてるだけだもんな。実は極細の魔力を添わせてるなんて分からないか。
しばらく談笑は続いた。