「で、何の本を読んでたの?」
「あぁ、これだよ」
俺は手に持っていた本の表紙をソーニャに見せた。
「海龍島の歴史? 難しそうな本読んでるね」
「ちょっと、調べものしたくてね」
たしかに子供から見たら、挿絵はほとんどないし、資料というよりも文献に近いかもしれない。まぁでも、作る側のことを考えたら絵を描くより、文字を書く方が絶対いいよね。多少失敗してもある程度はそのままでいいし、直すとしてもリカバリーすべき範囲は少ないし。
「ふーん、知りたいことは分かったの?」
「なんとなくね。知りたいことを知れたら、今度はそこから派生して知りたいことが増えちゃったけどね」
ソーニャは興味なさそうに覗き込んでいるが、俺としてはもうちょっと調べたい。海龍になれる海竜と、そうでない海竜の違いとか。なんで今は本当の海龍の姿にしないのか、または失伝したのか、とかとか。
「ソーニャはどうしてここに?」
「おじいちゃんが『ランディが来た』って言ってたから、一緒に遊ぼうと思って。でも調べものがまだ終わってないなら全然続けてていいよ。私待ってるから」
村長、あなたのお孫さんはええ娘に育ってますよ。
「じゃあ、あと少しだけ待っててくれる? 多分そんな時間はかからないから」
「うん。わかった」
ソーニャを待たせてると思うと、少しばかり焦りを感じるので、なるべく速く読んでいく。
しかし、正直これ以上知りたいことは出てこないのでは疑っている。なぜなら、海龍の姿が失伝したのはこの書物が書かれた後だと考えているからだ。
ならせめて、選定のための条件だけでも載っていないかと探している。
しばらく探していると、少しだけ分かった。
海龍に選定されるのは、海竜のなかで厳しい競争に勝ったものであること。そして祈りに耐えうる器であること。この2点が大きな要因と推測された。
‥‥‥祈りに耐えうる器って何ですか? これに関して、これ以上言及されていないので、さっぱりぱり。あとは自分で探すしかないようだ。
よし、じゃあ、ソーニャと遊びますか。
俺は本を閉じ、元あった場所に戻すと、若干ウトウトし始めてたソーニャに声を掛けた。
「よし終わり。じゃあ何して遊ぶ?」
「ええとね、あのね? じゃあ、おままごとしたい! 私が奥さん役やるから、ランディは旦那さん役ね」
おままごとかぁ。この精神年齢だと少し恥ずかしいけど、ソーニャのキラキラして目を見たら断りづらい。俺以外の島の子供たちは、まだそんなに親の仕事を手伝ったりしていないので、たまに集まって遊んでいるらしい。
なので、ソーニャ的には俺と遊ぶ時間は珍しいものなのだろう。設定に他意を感じないわけではないが、あと少しでみんなと離れ離れになるのだから、断るのも躊躇われる。
ここは俺が大人になって、いや子供になるとしましょう。
「いいよ。問題は何処でやるかだが、ここじゃあちょっと味気ないし、場所を変えようよ」
少し埃っぽいし、それに貴重なものも多い。万が一壊したりしたら大変だ。多分ソーニャがやらかしても俺が怒られることになるだろう。場所変更をお願いします。
「わかったわ。どうね、どこでやろうかしら。そうだ! 海辺でやろ! あと、サンドウィッチも作って! 竜舎の近くだったらちょうど木陰もあるし、そんなに暑くないはずだよ」
ガチナイスアイデア。ちょうど小腹減ってます。
「いいね! それにしてもサンドウィッチなんて作れるの?」
「ふふん、まぁね! 最近お母さんのお手伝いで料理頑張っているの」
未だ平たい胸を張るように、腰に手を当て、鼻を高くするソーニャはすごいでしょと言わんばかりだ。
「へぇ、またどうして」
「どうしてって、私ぐらいの女の子は皆お母さんの手伝いを始めるものだよ? ――それに、未来の旦那さんに美味しく食べて欲しいし」
そうなのか、同年代とあまり交流してこなかったせいで、周りが何をしているのかとか全く知らない。念のために一回、遊ぶ場を設けようかな。あまり子供から逸脱した行動をとって、不気味がられるのも嫌だし。‥‥‥ってなんか言ったか?
「んぁ? なんか言った?」
「! ううん! なんでもない! 何でもないよ、あはは」
顔の前に手を突き出し、左右に振るけども、その速度で何もないってことは無いだろう。まぁいいですけど。女の子には隠し事は付き物ですもんね。
「‥‥‥そう、じゃあまず台所行って、リーリアさんに作っていいか聞きに行こう」
「そうね、さ、行きましょ!」
「うん、ってちょ、おおい」
俺の手を引き、ソーニャが駆ける。引っ張られる様にして俺も何とかコケずに付いていく。
こりゃ、おままごとというより、ピクニックになりそうだな。
「おかあさん! サンドウィッチ作っていい? あとスープも!」
「どうしたのそんなに大きな声出して‥‥‥って、あらあら。ふふ。そう言うことね、いらっしゃいランディくん」
引っ張られたまま、家に上がると、リーリアさんが洗濯物を畳んでいた。俺たちに気づくとにっこりと笑って迎え入れてくれた。
「お、おじゃましてます」
大人の感じがして少しドギマギしてしまう。そういえば母さん以外の年上の女性と接する機会も少ないんだよなぁ。年上って言っても、俺の精神年齢よりはしたなんだろうけど、その辺のちぐはぐ感も未だ慣れない。年下女性に半強制的に子ども扱いされている感じが、ね。
「いいのよ、うちの子をよろしくね。で、サンドウィッチとスープね。一応料理は私も一緒に見守らせてもらうわね」
「もう! サンドウィッチとスープぐらいなら一人で出来るようになったもん」
ソーニャは一人で作りたいようだが、如何せん六歳。大人に見守って貰おう。
それにしても、少しだけソーニャの手作りに胸を躍らせている自分にビックリだ。