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帰島~ハバールダ辺境伯Ⅴ~

「一週間ほどですか、大変お世話になりました。ありがとうございました」

「そんな堅苦しくなるな。鬱陶しい」


 鬱陶しいって、あなたが適当すぎるんですよ。

 俺は、いよいよこの港町を出て、ククルカ島に戻る日だ。大型船で丸一日ほど航海すれば着くそうな。理由としてはフォルがいるからで、彼の健康面に気遣って陸路は選択肢に入らないとなれば、海しかない。




 色々あったが、ジェフさんがいなければ、どちみちこの街で死んでいたかもしれない。


「それに、お前はまだ甘えていい年ごろだ。現状が理不尽すぎるってだけだ」

「頭目ぅ‥‥‥」

「ほう。俺にそんなふざけた態度も取れるようになったか」

「五歳児なりの不器用な甘えです」


 猫なで声を直ちに戻し、背筋をピンっと立てるとジェフはニヤリと笑った。

 あ、騙された! 仕返しとばかりに怒る素振りを見せたのだ。


 あっぶね、ライン越えしたかと思って焦ったわ。


「まぁ良い。まだあと一日は付き合ってもらうぞ、海の上でな」

「あれ? ジェフさんも船に乗ってくれるんですか?」

「当たり前だろ、俺の船なんだから。ま、最後は俺らハバールダの漁師飯をご馳走してやろう」


 あっかん、涎がだーらだら出てきよるで。魂の日本人がその単語をどうしても美味しいものだと知覚してしまう!!


 満面の笑みで

「よろしくお願いします!」





 船の準備がすべて終わり、俺たち出発のメンバーは全員乗り込み、フォルは船の横に取り付けられたスロープとその先に作られた小さな縁を取っ手で囲われた台の中に居る。さながら小さなプールのサイドカーだ。


「船に乗せたって良い」という人や、反対に「怖いから乗せないで欲しい」という人もいたのでこういう結論に至ったわけだが。


 実は船の乗組員は誰一人として怖がらなかった。豪胆なことで。

 乗せてほしくないという意見は彼らの奥さんたちであった。一見かわいく見えるが、実際にそれを言われている場にいると、「怪我でもして家族が飯食えなくなったらどうすんだてめぇ」という副音声が聞こえてきそうでした。豪胆なことで。



「よしお前らぁ!! これより目標ククルカ島に向かう! しゅっこおおおおう!!」

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」



 海賊かな? そう思わずにはいられない程の大声を出し、俺たち一団は船を出した。


 碇を上げ、船が動き出した。


「ランデオルス!」

 船が陸から少し離れたところで後方から名前を呼ばれた。港の方を目を細めて声の主を探す。


「あ!」


 アイシャがこちらに手を振っている。

 結局あれ以来会うことはなかったが、別に会いたくなかったわけでもない。話していて楽しかったし、いい暇つぶしになった。


 俺も手を振り返すと、それに気づいたアイシャは、嬉しそうに顔をハッとさせると再び大きな声で喋りだした。


「楽しかったわ! 私と同じ五歳でもそんな冒険が出来るのね! 私もいつかあなたの様な冒険をするわ! そしたら今度は私があなたに冒険譚を聞かせてあげる! また会いに行くわ! さようなら、さようなら!!」


 アイシャお嬢様‥‥‥頼むからご自愛ください。


 仮にアイシャお嬢様のお転婆に拍車がかかって、その原因が俺だとバレたなら俺はそうすればいいんですかね。


「ご貴族様の娘にあんな情熱的なこと言わせるだなんて。よ! 色男」

 ジェフが俺をからかうと、周りの船員たちもヒューヒューと口笛を吹き便乗してくる。


「洒落にならないですよ。ただの一平民ですよ? 荷が重すぎます」

 俺はそう言いつつも、アイシャに手を振った。


 それに、領主本人もいなければ五歳児の戯れだ。良い関係に慣れたとしてもそれは恋情の者ではないだろう。


 またいつか、もしも会えたらその時もまた、ゆっくり話そう。




 アイシャの姿が小さくなり、もうすぐで見えなくなってしまいそうなとき、アイシャの隣に男性が近寄り、並んで立った。アイシャと同じ金髪で、煌びやかなコートを羽織っている。‥‥‥まさかな。







 出だしでイベントがあったがそれ以外は特に事件もなく、漁師飯は美味かった。意外にも船酔いはせず、夜もぐっすり眠れた。



 そして一夜明け、潮風と朝日を浴びていると


「見えてきたぞ!! ククルカ島だ!」


 マストの見張り台にいる男が叫んだ。俺は急いで船の先端へ身を乗り出した。



 まだ見えない。まだ見えない‥‥‥。まだ‥‥‥見えた!! 間違いない、あの港の形状、山の形、入り江の姿。ククルカ島だ!!


「帰って来たんだな、やっと」


 俺は久しぶりの故郷に胸を躍らせた。







「「ランディ!!」」


 船を降りた直後に両親が駆け寄ってきて、俺を強く抱き寄せた。

 力が入りすぎて、少し苦しい。けれど、ちょっぴり嬉しい。


「ただいま。お父さん、お母さん」

「心配かけやがって」

「あなたが無事でよかった」


 家族団らんのひと時を過ごして、周りも暖かい空気を出している。


「それでは、積もる話もあるだろうが、先にこちらの方たちに感謝をせねばなるまいて」


 群衆の輪から長老が姿を現した。あ、その息子さんと奥さん、ソーニャもいる。久しぶり。

 ソーニャに視線を飛ばすと、泣きそうになっている。え? なんで?



「それはそうだな」


「此度の件、本当に感謝している。どんなことでもこの恩を返せるとは思っていない。が何でも言ってくれ。生涯をつくしていてもこの恩に報いるつもりだ」

「よしてくれ、たまたま拾っただけだし、そんなつもりで助けたわけじゃないんだ」

「それでもだ。ありがとう」


 父の心からの感謝に、ジェフは少したじろいだ。

 お父さんは真面目だからな。嚙み合いが悪いところがあるのかもしれない。


「儂からも、村を代表して感謝する。この島では子は宝だ。少しばかりだが感謝の印としてもてなしをしたい。時間があるのであれば、ゆっくりしていってくれ」

「本当にそんなつもりじゃなかったんだがなぁ」

「ここらで有名な酒も用意してあるぞ」

「時間なら全然ある。一晩だけでもご相伴に預かろう」


 魔法の言葉、詠唱に近い物があるのかも、練習してみようかな。「酒があるぞい」



 という訳で、俺たちは宴の準備とするべく、島の人々を巻き込んで東奔西走する羽目になった。


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