「結局何も教えてくれなかった」
タイミングがいいのか悪いのか。何も分からなかった。ま、いいか。ジェフさんが教えてくれるだろう。
俺は笛を吹くことにした。
“ブウゥゥゥゥ、フゥゥゥゥ”
「やっぱり壊れてるよなぁ」
俺が父さんに買ってもらった子供用の笛は、この街にたどり着いたときにいよいよ限界を迎えてしまった。
結構使ったからか愛着あったんだけどなぁ。これのお陰でフォルと仲良くなれたし、生き残ってるのもこれのお陰だ。
フォルはもう慣れてくれているので、音が鳴らなくなってもこちらに身体を預けているだけで、不安になったり、身構えたりはしない。
相変わらずひんやりしていて気持ちが良い。
幸せそうに眠っているフォルを見ると、最初に出会った頃の怯えた表情が出なくなっただけでも良かったと思える。
こうしてのんびりしているとつくづく思う。‥‥‥あぁ、幸せな異世界人生だ「ランディ!」
俺の幸せ空間を引き裂いたのは、ついさっきまで聞いていた声だった。
「どうしたんですか? アイシャ様。まさか、また脱走して来たんじゃないでしょうね」
「ちちち、違うわよ。ただちょっと走ったらトロンが付いて来れなかっただけよ」
確信犯か、このおてんば娘め。
「まぁ、俺には関係ないんで大丈夫ですけど。で、どうしてここに来たんですか?」
「それはね!」
フォルのことかな? 触りに来たか、聞きに来たかの二択だろう。
「あなたの話を聞きたいの!」
「フォルについては‥‥‥って、え? 俺ですか?」
第三の選択肢!? 正直予想していなかった。
「さっきトロンに聞いたの。『あの男の子は誰なの?』って、あぁトロンていうのはさっきの近衛のことよ」
そうか、自分と同じ歳ぐらいの男の子が真昼間から暇そうに海竜と戯れてたら気にもなるか。
「トロンさんはなんて言ってたんです?」
「『大人も出来ぬような冒険をして、未だ誰も成し遂げられなかったことをした少年』だって言ってたわ! ねぇ! どんな冒険をしてきたの?」
冒険かぁ、良いように言ってくれたものだ。そんな大層なものでもないし、楽しそうなものでもない。ただの遭難である。
「冒険というか、遭難でしたよ? 無人島に漂着して、魔物に襲われて、たまたまフォルが俺を助けてくれてって感じだから、俺も何が何やらさっぱり。気が付いたらこうなってました」
「ちーがーう!! もっとどんな魔物がいて、どういう風に戦ったとかが聞きたいの!」
もしや、このお嬢様――
「冒険者とかに憧れてたりします?」
「すごいわね! どうしてわかったの!?」
顔に手を当て、天を仰いだ。アイシャの日々の暮らしを、これまでの行動、今の発言からなんとなく察せられてしまったからだ。
俺には分かる、領主様、近衛の皆さん、屋敷で働く方々、大変な苦労をされているんだろうな。
これは、なるべく親しくなりすぎないようにしよう。このパターンは巻き込まれて、振り回される未来が見える。
俺の未来は、のんびり田舎暮らしという偉大な目標があるのだ。誰にも邪魔をさせはしない。
ここはひとまず、話すことを話して、さっさと開放してもらおう。
それにトロンという近衛だって気が付くはずだ。あの冒険譚大好きなお転婆娘が、俺の話をしたら逃げ出したのならば、俺のところに行きたがるはずといことに。
フォルに身体をどけてもらい、入り口にいるアイシャの方に近づき胡坐をかいた。
「そうですね、どこから始めようか。では、まず俺が遭難したきっかけかなー。あれはね山ぐらいあるクラーケンが突如現れたんだよ」
「ク、クラーケン!? 知ってるわ! おとぎ話にも出てくるもの!」
「えぇえぇ、でも俺らは倒そうとしない限り大丈夫なんです。なんせこっちには陸地がありますから。それに俺も岩礁地帯とはいえ、陸にいたからクラーケンとは距離があったんだよ」
「なら安心じゃないの?」
「ところがどっこい、奴の起こした高波が俺を吞み込んだのさ――」
そこからは俺もつい興が乗り、だんだんと口をヒートアップさせていった。
「凄いわ! あなた凄いわ!」
「まぁまぁまぁ」
鼻が高いぜ。と思っているとタイミングよくトロンが現れた。
「お・嬢・様!!」
「ひっ」
「あ‥‥‥」
すんごい、人間ってあんなに分かりやすく青筋立てること出来るんだ。血管ぶちっていっちゃわないのかな。
アイシャも「やりすぎたかも」と口に手を当てワナワナ震えている。俺も少しちびっちまいそう。
ずんずんと大きな足音を立てて、トロンはアイシャに近づくと肩で担ぐように持ち上げた。
「おーろーしーてー! こんなの街の人に見られたらまた笑われちゃうじゃない! 冒険者は笑われたらダメなのよ!」
「安心してください。貴族として笑われるわけにはいかないので、誰にも見つからないように最短でお屋敷に戻ります」
キレると怖いタイプの人だった。この人には逆らわないようにしよう。
「では、度々すまなかったな。くれぐれもこのことは‥‥‥」
「何のことでしょう? 僕はここでフォルとボーっとしてただけなので」
「フッ、助かる」
みっともない姿で運ばれていくアイシャと、背中を叩かれているトロンを見送ると、どっと疲れが押し寄せてきたので、今日は帰ることにした。
「じゃあね、フォル」