「いいなぁ、お前は」
俺の呟きに対し、フォルはこちらを見て首を傾げた。
なんだその反応。可愛すぎだろ。やっぱり生態は犬に近いよな。
俺がフォルを羨ましがるのには理由があった。川はなだらかなのに対して、その川辺は上へ行くほど、石が大きくなり歩き辛い。かといって離れて歩いて野生動物に襲われでもしたらたまらない。
五歳児の身体では、もう体力が限界に近いのだ。
そろそろここら辺で拠点づくりをしなければ。
そう思って引き返そうと振り返って気づいた。ダメだ。今戻ったらまたここに来る体力がない。
遠くに見える海が果てしなく遠く感じる。
ここで、一夜を明かさないといけない。
しかし夜になるまで、まだ猶予があることが幸いだろうか。少しでも風を凌げる場所を確保しないと。
覚悟を決めた俺は上流の方をゆっくりと見据えた。
「ここは良いんじゃないか? なんて素敵プレイス」
重い足取りで歩くこと十数分、川に隣接する形で飛び出した大きな岩を見つけた。さらに少し窪んでおり、一方向をふさげば人一人が寝る分には余裕が出来る大きさだ。
その辺に落ちている葉付きの枝を掛け合わせ、持ってきたロープで縛り、入り口を作れば完成だ!
拠点政策に夢中で、気が付くともうすぐ日が沈むところであった。
「まじか、もうこんな時間か。腹も減ってるけど、もう動く気力もないや」
そそくさと、新居の中に体を潜り込ませようとして、ふと気になった。
フォルはどうするんだろうか。チラッと見てみると、俺のすぐ後ろにくっついており、一緒に拠点に入ろうとしていた。
「毎回驚かせるなよ。ほんで無理だよ。俺の分しか広さはないの」
俺の言うことなど聞こえてないかのように、グイグイと体を押し込むフォル、それを押し返そうとする俺。
レディー、ファイッ!
はい、負け。
「重い重い! 分かったから」
位置を調整するフォルを退かしながら、俺は一旦外に出ようと、フォルを跨ぐようにして出ようとした時だった。
あれ? なんかこいつ、魚の匂いしね?
「まさか、お前自分一人だけ、飯獲って食ったんじゃないだろうな」
攻められているのが分かるのか、視線を合わせようとしないフォル。
コイツ、やってますわ。
「俺が汗水たらして、腹を空かしながら作った拠点を奪い、その間あなたは優雅にディナーですか」
トホホだよ。本当に心の中でトホホなんて言う日が来ると思わなかったよ。
トホホギス、トーホホキョ。……腹減りすぎてんな、俺。
「くそ、フォルのせいで腹減ってきたし、なんだか体感気温も寒くなった気がする」
寝る前に釣りだけでもするか。
ということで、持ってきた資材の中にあった金属片と糸で簡易釣りキットを作成して、川辺に腰かけた。
釣りか。前世だと全然遊びに行けなかったから、子供の時以来だな。
しかもその時は全然釣れなくて、両親が「楽しんでるか?」って不安になってたな。個人的にはすごくその時間が楽しかったもんだ。
今にして思えば、子供の時から散歩が趣味だったり、おじさんっぽかったんだな。
……だがしかし! 今は釣れてくれ! 腹が減って仕方ない!
ここはチートを使うしかないようだな。俺にこれを使わせるとはね。いでよ! 念動力!
釣り針に魔力を絡め、岩穴を探るように進めていく。
お、いたいた。暴れられたり、逃げられると魔力強度的にどうしようもなくなってしまうので、慎重に口の中に滑り込ませていく。
ちゃんと奥の方に入ったことを確認して……こうッ!
釣り針を返すとちゃんと引っかかったことが、手と魔力で分かった。
そして一気に糸を戻す!
水面から勢いよく飛び出た青色の小魚は、宙に弧を描き、そのまま陸へ――とはいかず、いつの間にか後ろにいたフォルの口の中へすっぽりと収まった。
「てんめぇ……」
溢れる怒りと、ストーカーの如き所作への恐怖が半々といった感情で出た言葉だった。
舌なめずりをして満足したかと思えば、もう一匹と催促する様に目をキラキラさせているフォルを見ていると、だんだんと先ほどまでの感情は鳴りを潜め、微笑ましく感じていった。
さて、気を取り直して、もう一度。ふっ、さっきのはあの魚が食えるかどうかの確認だったのだ。不幸中の幸いってやつだ。
お、なんて考えてるうちにもう一匹来た!
どっせえええええええええい!
“ひゅーーーん、ぱくッ”
「喧嘩じゃ! このやろおおおおおおおおお!」
ムシャムシャ
「やっと食えた。すっかり暗くなってきたな」
焚き木に照らされた俺の顔は擦り傷とたんこぶにまみれていた。
フォルは対照的に、つやつやとした肌、いや鱗でぐっすりと拠点で寝ている。
焼き魚を食べ終えた俺は、五臓六腑に沁みわった飯に満足しながら、フォルを枕にして寝ることにした。俺は雨風に晒されたくないんだ。
と、いうことで、おやすみ。
夢を見た。
舟の上で揺れている俺。
周りには幾百もの魔物が俺を狙っている。
魔物たちは激しく戦っており、その中には海竜もいる。
動くことが出来ない。声を出すこともできない。
俺に出来るのは、ただ他人事のように傍観に徹するだけ。
そろそろ終わりが近いようだ。
大きな牙をずらりと並べた魔物が大きな口を開け迫ってきた。
それに気づいた他の魔物は、我先にと一斉に俺に向けて走り出す。
先頭にいた魔物の牙が俺の身体に触れる。
目が合った気がした。
――フォル?
目が覚めた。
なんだか、嫌な夢を見た気がする。
どんな夢だったかは、もう忘れたけど、嫌な汗が背中に付き纏っている。
「おはようフォル」
早くどけとでも言いたげな目をしたフォルは、大きく欠伸をした。