二年が経ち、俺は五歳になった。
魔力量は相も変わらず味噌っかすだが、毎日続けていただけあって魔力制御に関してなら自身を持てるようになった。
そんな俺はただいま釣りをしている。
ボーっとしているわけではない。これも魔力制御の練習になっているのだ。
釣り針に魔力を絡めて魚が引っかかったのを魔力で感知して、釣り針を力強く反すとあら不思議、簡単に釣れる。
ここ最近では我が家の夕飯によく魚が追加されるようになった。大量に釣れる日なら村長宅や、近所の家にも届けたりしている。
小さな島ではご近所付き合いが大事なのだ。
面倒くさいなと思いつつも、母のあの圧を感じたら頷くことしか出来なかった。
お母さんもご近所付き合いで苦労しているんだろうな。あ、前世での会社員時代を思いだして嫌な気分になったぞ。ほら、あーあ魔力の制御が乱れてるよ。
暇だ。贅沢な悩みと分かっているが、暇なものは暇だ。
せっかくなら、新しいことをしたいな。今度こそ本当にボーっとしていると、あの時の演奏を思いだした。
……よし、音楽をやろう。
そうと決まれば、即行動。
楽器なんてものを買ってくれるのかって? それなら勝算があります。家の両親の部屋には楽器が置いてあったから、おそらく両親の趣味は楽器演奏なのだろう。
……演奏しているところを見たことないけど。
でも大丈夫。こっちは異世界転生者。チートならあるぜ、とくとご覧じろ!
「ままー? あのね? 気になってることがあるんだけど」
ふふ、これが俺のチートだ。大の大人がやれば胡散臭くなる上目遣いも、この歳ならオールオーケー。今ならなんでもお願いを聞いてくれそうだ。
「なあに? そんなにかわいい顔しちゃって」
ママン、ニマニマが止まってないぞ。効果は抜群だ。
「この前の、お祭りのときの、うたあったでしょ? あれ、僕もやりたいなぁって」
「あら、そんなこと? もともと十歳になったら笛か太鼓のどちらかをあげる慣わしなのだけど……まぁ、子供用なら大丈夫かしらね」
貰えたのか。てことはここの島民みんな楽器弾けるのか? 面白文化だな。
その晩、父が帰ってきて夕食の席を共にしているときに、母が楽器の件を切り出した。
「そういえばあなた? ランディがね、お願いがあるそうなんだけど……」
「ん? ランディがお願いだなんて珍しいな。よし、父さんに言ってみろ」
「あのね、ぼく楽器が欲しいんだ。この前のお祭りのときみたいな」
「そんなことでいいのか? 俺はてっきり剣とかそういう武器だと……」
呆気にとられたような父に母が疑問を投げかけた。
「武器? なんでそう思ったの?」
「そりゃあ、男の子はな、カッコいいもんに憧れるもんだ。だから楽器とは予想してなかったな」
「ぼく、フエ! 笛が欲しい!」
「子供用なら問題ないと思うんだけど、どう? わがまま言わない子だし、出来るだけお願いを聞いてあげたいんだけど……」
母は困ったように眉を寄せ、父に迫った。
「まぁ、子供用なら問題ないだろう。それに、五歳になったときにある程度吹けた方が楽だろ? 無理やり練習させて手こずるって話はよく聞くからな」
ニカッと笑う父は満足そうに腕を組んでいた。
「ランディ、この中から選んでくれ」
次の日の昼、俺は父に連れられ、港近くの雑貨屋に来ていた。
意外と人の出入りが多いこの島では、港周辺だけはお店が栄えてたりする。
ちゃんとした楽器屋は大人用しか売ってないし、俺はなんせまだ五歳だ。
雑貨屋で簡単なものしか扱うことが出来ない。
……で、選ぶことになったんだが、実質一択じゃねぇか!!!
目の前には、数個の音階が出る小さな縦笛、手の平より少し大きい程度の小鼓。
一択なんだよなぁ。
ピー、ヒョロロロー、フォ~、ヴぉッ。
家に帰ってきて、絶賛練習中だ。これがなかなかに難しい。
とはいえ、新しくものを始めるというのは楽しいものだな。
たまに巧く吹けると、気持ちいいしどこかで聞いたことがあるような音がする。
龍卸際で聞いたあのときの笛と似ているが、もっと何かに近い気がするんだよな。
「ランディ、ちょっといいか? 面白い所に連れて行ってやるぞ」
「おもしろい所?」
じーーー
父の言葉に食指を動かされた俺の背後から視線を感じた。
「だ、大丈夫だ。今度は倒れさせるようなことはしない!」
たしかに、父から外出の誘いはあのとき以来なかったな。
俺もそのおもしろい所とやらに行ってみたかったし、父と共にそそくさと家を出た。
「よし着いたぞ」
「ここって……」
俺たちは海竜たちの竜舎の近くに併設された建物にやってきた。
ちなみに竜舎もこの建物も海に隣接される様に作られているが、大嵐で吹き飛ばされないように、大きく頑丈に建てられているし、波が高くならないように浅瀬にも機構が施されている。
「準備はいいか?」
「うん、準備って言っても何があるか分からないから、準備のしようがないけど」
「ガッハッハ、それもそうだな。じゃあ、開けるぞ」
父は大きな扉を引くようにして開けた。
「おお」
目の前には十数匹程度の子供の海竜が、小さなプールのように区切られた中で、各々が自由に過ごしていた。
「これは海竜の子供だ。この間の大人になった海竜たちは運ばれていったから、こいつらが新しくウチに来たんだ。かわいいだろう?」
幼竜たちはなかなかに好奇心旺盛なようで、父に気が付くと、こちらに近づき水の中から顔を出してきた。
これは、かわいいな……
前世で飼っていた小型犬を思いだした。とはいっても人間の大人くらいのサイズはあるので、超大型犬か?
よく見ると、それぞれのプールに名前と固体の詳細が書かれたプレートが掛けられていた。
ピアン、トリル、ペダル、アルプ、フラト、フォル、etc…
ちゃんと名前がついてるんだな。お、どこで生まれたとか、何を食べてきたとかも書かれてる。といっても、大体はそういう業者から買い取っているので、似たようなもんだが。
「あれ、この子だけ違う」
「あぁ、フォルか。その子はちょっと訳ありでな」
父はフォルのここに来た経緯を教えてくれた。
フォルは他の子たちと違い、もっと遠くの海から流れ着いたようで、衰弱した様子でこの近海で発見された。というのも糞に含まれている物を見れば分かるらしい。
周りに仲間の海竜の姿は見当たらず、何かのはずみで仲間とはぐれてしまったようだ。
その際に何があったかは分からないが、当時ひどい状況にあったのか、とても臆病な性格をしているらしい。
通常、海竜は海の覇者とも呼べるほど、ほとんど天敵がいないが、それは体が大きく成長した後のことだ。
よって子供の海竜は、大人に守られ生活をする。本当であれば好奇心が強く育ち、親の庇護のもと安全に経験を積み、海の覇者になる。
何も知らない幼竜が親と離ればなれになり、大海に放り出されて生き延びたというのは奇跡に近い。一体その中でどれほど傷つき、恐怖してきただろうか。
「お前も大変だったんだなぁ」
俺の魔法の悩みに比べたら、お前はすごいよ。
一際離れたところでこちらの様子を伺っているフォルに微笑みかけると、顔を引っ込めてしまった。
かわいいな、こいつ。
警戒心の強い野良猫みたいだ。
たまにはここに来るのもありかもな。
「お父さん、たまにここに来てもいい?」
「お? 気に入ったか?」
「うん、見てるだけでも面白い」
「いいけど、流石に条件がある。俺がいるときだけだ。まだ子供でも海竜だからな、一人で来るんじゃないぞ」
OKOK、たまにここに来て笛の練習の合間にこの子たちを見て癒されるだけだからね。