宗近達は麓の町の警察署に拘留され、仙洞谷町に一時の平和が戻った――
(――って訳じゃないけど、心情的にはほっとするな)
「これでほぼ解決かな?」
「そうね。前回みたいな大事にならなくてよかったわ。今回も十分大騒ぎだったけど」
コウ少年と彩辻さんのそんなやり取りに、ケイも内心で同意する。ちなみに、彩辻さんの言う前回とは、彼女達が過去に遭遇したバスジャック事件を指す。
ケイもこれまで、色々な事件に巻き込まれて来たが、現職の代議士に大財閥の関係者。果ては異世界やら人外の存在まで絡むような案件は流石に初めての事。
非常に稀有な経験をしたと、ケイは一つ溜め息を吐いた。
深夜に浅い眠りから起きて活動を続けて来た為、少々睡眠不足気味なケイ。同様に、彩辻さんも眠そうにしている。食堂では美奈子も眠そうにしており、思わず皆で笑ってしまった。
(コウ君だけ平気そうだな――本来は食事も睡眠も必要ないんだっけ)
朝食後は少し休んでから活動しようという事になり、ケイは部屋に戻るなり横になった。
ふと眠りから覚める。二度寝か三度寝をした時のような気怠さを感じながら起き上がったケイは、顔を洗いに部屋を出た。
(コウ君達はもう出掛けたみたいだな)
線路が走る土手の向こう側の景色を撮ると言っていた。明日の最終電車で町を出ると聞いている。ケイも明日の朝には帰宅の途に就く予定である。
時刻は十時半を回る頃。ケイは現状を記憶するべく、この地の石神様の元へ祈りに向かった。
人通りの少ない、町と駅を繋ぐ小道。分かれ道の付近にある道祖神の前に立ったケイは、いつも通り石神様に祈る。
(……ん?)
石神様が響いたのを感じ取ったが、いつもと違う響きに違和感を覚える。その時、響きの中から知らない記憶と情景が流れ込んで来た。
(なんだこれ……?)
今までに経験した覚えの無い石神様の現象に戸惑いながらも、その記憶に意識を集中させる。それはまるで、上手く思い出せない夢のような曖昧さを伴いながら、部分的に明瞭な記憶の欠片。
(これは――コウ君の記憶?)
ハッキリ認識出来た部分は、一周目のコウ少年と顔を合わせたり会話をした時の、コウ少年側から見たケイ自身に関する記憶だった。
最初はこの
二度目の邂逅は、その日の夜に商店街の銭湯へ出掛けた時だ。脱衣所で目が合った時、コウ少年はケイから『民宿・万常次』の情報を得ていた。
この時のコウ少年は、翌日もう一度ホテルに出向いて、部屋が空いていなければ民宿を訊ねる提案を彩辻さんにするつもりだったらしい。
お風呂から上がった後は公園に張った野営用のテントに向かう予定が読み取れた。
確かにこの日、ケイは銭湯上がりで公園に向かうコウ少年と彩辻さんの姿を目撃している。その翌日に、二人は万常次を訪ねてきた。
(彩辻さんが何か誤魔化したように感じたのは、これが原因か)
民宿・万常次の存在は、商店街の誰かに聞いたのではなく、コウ少年の読心によってケイから得た情報だったので、それを答える訳にはいかず誤魔化したのだ。
あの時コウ少年は、ケイと向かい合い『そんな能力の人、初めてみたよ』と伝えて、ケイを動揺させた。
そこからはケイも知る商店街歩きとお堂巡りの、コウ少年視点の記憶が途切れ途切れに続いていた。
記憶のノイズが激しく、焦点がぼやけたように曖昧で、時々ピントが合うように明瞭になるのは、コウ少年がケイに意識を向けた場面に限られる。
それでも、通常では知り得なかった情報を、この記憶の欠片を通じて知る事が出来た。
(――あれって、そういう事だったのか)
今脳裏に流れている記憶は、一周目の二日目の夜、十時を過ぎた頃。ケイが潟辺のモノと思しき足音を聞いて起き出し、廊下に出たところでコウ少年と遭遇した場面。
この時、コウ少年は潟辺の記憶を読み取り、彼が『危険な状況』に飛び込もうとしている事を危惧していた。
『あの人、ちょっと危ないかも』
コウ少年のそんな台詞の裏には、潟辺がホテルの部屋に仕掛けた盗聴器によって得た、仲間の危機に駆け付けようとしている内容が隠されていた。
潟辺の仲間が泊まっている部屋に、昼間の駅周辺で揉めたガラの悪いグループが押し掛けて来て暴力を振るっている様子を、盗聴器で捉えたらしい。
(間違いなく宗近達だよな、これ)
潟辺の後を追って階段を下りているところで、コウ少年の記憶はまたノイズが掛かったように焦点がぼやけて読み取れなくなった。
次に読み取れたのは、焼け落ちた万常次の黒く煤けた敷地内を移動しているシーン。
まだ煙が燻る屋敷の残骸跡を調べているらしく、小さな隙間を抜けていく様子は、コウ少年が例の虫に憑依している事を窺わせた。
やがて、視点は焼け跡のある一点に定まる。灰と焦げた木材が積み重なるその場所に、半透明の何かが視えた。
座り込んでいる人の姿のようにも見えるそれを、コウ少年は美奈子の魂の残照であると判断した。
(……)
ケイは、コウ少年は普段からこんな風に世界を視ているのかと、彼が肉体を持たない人外の存在である事を、その視点を知る事でより深く感じられた気がした。
コウ少年は美奈子の魂の欠片から記憶情報を読み取り、美鈴――彩辻さんから聞かされた通り、屋敷が焼け落ちる直前までケイに背負われていた事を確認する。
そしてケイの魂がこの場に無い事に気付くと、周囲の記憶情報を集めながら上空へ舞い上がる。この時、物凄い量のノイズが走っていたのは、それだけ大量の情報を集めていたのだろうとケイは理解した。
上空に上がった視点はやがて一点を目指して降下する。駅と町を繋ぐ小道の、分岐地点にある道祖神の前に降り立った。
ここで少年型になったコウ少年は、ケイが祈っていた時の記憶を参照しながら、見よう見まねで石神様の起動を試みた。
ただし、コウ少年の狙いは記憶の保存ではなく、ここに記録されているであろうケイの記憶に触れる事で、起きるかもしれない時間遡行と
ケイがいつも聞いている響きとは違う音色の、石神様の鐘の音が響く。しかし、コウ少年の期待した現象は起きなかった。
この時、既にケイの魂は二周目となる初日の時間軸に戻っており、この時間軸にはもう触れられる記憶が残っていなかったのだ。
やり直しが出来ない事を悟ったコウ少年は、自らの判断ミスに後悔の念を抱きながら、火事の原因である宗近達を徹底的に追い詰める決意をして石神様の前を立ち去った。
石神様から離れるにつれて、記憶を覆うノイズが増し、焦点がぼやけて内容を読み取れなくなる。そしてある地点から完全に途切れてしまった。
「……今のは――」
記憶の保存と読み取りというか、放出されたそれの書き込みを受けたような感覚に、しばし呆然としたその時、少し離れた場所に駅の方から歩いて来たらしきコウ少年と彩辻さんの姿を認めた。
まるで一周目の時間軸で初めて出会った時のような立ち位置で、コウ少年は不思議そうな表情でこちらを見詰めていた。
万常次の食堂でお茶を貰って一息吐くケイ。道祖神の前から一緒に戻って来たコウ少年と彩辻さんも同席している。
「それにしても、さっきの記憶には驚いた」
「ボクもボクが遺した記憶で事情を知ったよ」
「ケイ君が死んじゃってる世界線か……前に話した時に推測は聞いてたけど」
ケイが遡り能力で離脱した後の世界から送られてきたと言うか、残されていたコウ少年の記憶。ケイには断片的にしか読み取れなかったが、コウ少年はケイが受け取った一周目の
「コウ君が離れていくところまで記憶されてたのはどういう状態なんだろうな」
「多分、ボクの記憶の仕方が原因じゃないかな」
コウ少年の本体は、元となった人物を別にしてコウ少年自身を司る精神体が存在の中枢であり、何かを思考する時も記憶する時も、脳という器官を介さず直接記憶情報に触れているらしい。
なので恐らく、石神様に記録されたコウ少年の記憶は、ケイのように祈った瞬間だけが切り取られて保存される形と違い、石神様の力場の範囲内に在る間は常に保存されている状態。
脳を介すというワンテンポ置く行程が省かれた分、コウ少年が力場を出るまで区切りなく記憶の保存が続いていたのではないか、との推察であった。
「ああ、なるほど。だから離れていくところまで読めたのか」
「向こうのボクは、だいぶ本気でムネチカ達を潰そうとしてるみたいだったよ」
一周目のコウ少年が離れ際に浮かべていた後悔の判断ミスとは、発炎筒が投げ込まれた時に、それらの対処を後回しにして犯人の追跡を優先した事。
発炎筒を投げ込んだ宗近自身、あそこまでの大火事になるとは思っておらず、単なる嫌がらせと脅しが目的であった。
コウ少年はその心情を読み取っていたので、危険度を低く見積もって延焼を予期できなかった。
二周目の襲撃の時は予め宗近の動向を警戒して見張っていたので、火の付いた危険物を敷地内に入れなかったし、早目にライト照射で牽制して数も減らせたので大事に至らなかった。
いずれにせよ、最大の問題の原因を特定して、その元凶も警察機関に身柄が確保されている。今後も関わるかは分からないが、随分と大きな後ろ盾とも縁ができた。
「この町での一件はほぼ全て解決した、と見做していいかな」
「いいと思うよ」
明日には離れるこの仙洞谷町。
元々は閑静な山間の田舎町でノンビリ過ごす一人旅の予定だったが、偶々廃線イベントに遭遇した事で思わぬ事件に巻き込まれてしまった。
しかし、お陰でかけがえのない出会いと経験を得られたと、ケイは感慨深い気分になる。
食堂で話をした後は、夕食の時間までそれぞれの部屋に戻り、明日の出発に備えて荷物を纏めた。といっても、ケイの荷物は鞄一つに収まる。
コウ少年と彩辻さんも手持ちの荷物はキャリーバッグのみだった。
もっとも、向こうはコウ少年が『異次元倉庫』なる無限の収納空間能力を持っているらしいので、実際はかなりの量を持ち込んでいるそうだが。
(そういや取材記事の編集とか仕事に使ってたノートパソコンとかカメラ機材とか、あのキャリーバッグには入らないよな……)
コウ少年と彩辻さんに何となく感じていた、謎の違和感の正体の一つが分かった気がするケイなのであった。
夕食後は最後の銭湯を堪能し、相も変わらず賑わっている商店街を三人で並び歩く。明日で廃線イベントも終わりとあって、屋台もボチボチと片付けの準備に入っていた。
「祭りの終わりって雰囲気ね」
「ああ、そんな感じする」
「ショギョームジョーだね」
「うん……うん?」
彩辻さんの呟きに同意し、コウ少年の合っているような、いないような感想に小首を傾げつつ、すっかり通い慣れた感がある万常次までの夜道を、ゆったりと歩いて帰った。
翌日。ケイは早朝の便で町を離れる為、万常次の玄関で美奈子達と別れの挨拶を交わしていた。コウ少年と彩辻さんも見送りに顔を出している。
「今日までお世話になりました」
「こちらこそ。ケイ君には色々助けてもらって、ありがとうね」
初対面の時からさらに打ち解けた様子の美奈子は、最後まで笑顔で送り出してくれるようだ。
「彩辻さんとコウ君も元気でな」
「ケイ君も身体に気を付けてね」
「またねー」
不思議な出会い方をしたコウ少年と彩辻さんとは、あっさりとした挨拶で別れる。が、実は連絡先の交換も済ませてあった。
異能持ちの知人として、今後も付き合いがあるかもしれない。
三人に見送られながら万常次を出発。駅に向かう小道を行く。やがて分かれ道の合流地点までやって来ると、最後に石神様の宿る道祖神に祈っておく。
いつも通りの"響き"を確認して、ケイは仙洞谷駅に歩き出した。
駅周辺では今日も朝から撮り鉄グループが撮影の陣を敷いている。夕方前に出る最終電車までしっかりカメラに納めるつもりらしい。
(帰りはどうするんだろうな? バスかタクシーか歩きか……車で来てる人もいるんだろうけど)
早朝発の電車が駅に入って来ると、フラッシュの瞬きと共にチキチキカシャカシャというシャッター音が辺りに響く。
この時間の電車に乗り込むのは、ケイの他に麓の町に通いで向かう地元の住民が数人。撮り鉄達の群れに見送られるような形で電車は出発する。
来た時とは違い、帰りの車内はガラガラに空いていた。最終電車はまたギュウギュウ詰めになるのだろう。
仙洞谷町の長閑な風景が流れていき、やがてトンネルに入った。
電車の揺れに身を任せ、聞き取りにくいアナウンスと床下から響くモーター音をBGMに、ケイは静かに目を閉じる。
(トラブルや一騒動はあったけど、今回も良い旅だったな――)
中々濃い内容となったこの小旅行を振り返りながら、ケイは日常の生活へと戻って行くのだった。
廃線の町編//終わり