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第3話



 時刻は朝の十時頃。

 部屋で一休みしたケイは、これからの予定を考える。田舎の長閑な町をぶらぶらするつもりでいた為、これといった目的も決めていない。

 とりあえず部屋を出たところに美奈子が居たので、観光スポットになりそうな場所がないか訊ねてみた。


「それなら、商店街の奥まったところに小さなお堂があって――」


 ずっと昔から、町の彼方此方に立っているらしい。由来は分からないが、町を護る結界のような意味があるのではないかと謂われているそうな。


 古いお堂巡りというのも中々趣がある。散策ついでにそれらを見て回ろうかとケイが考えていると、丁度すぐ隣の部屋から出て来たフリージャーナリストの彩辻さん達が話に乗って来た。


「それ、面白そうですね」


 取材のネタに使えそうだと、同行を願い求められた。ケイは特に断る理由も無かったので応じる事にした。


(彩辻さんとコウ君は隣の小部屋に宿泊か)



 軽く支度を済ませて一緒に民宿を出る。商店街に向かう道中、駅や線路沿いには相変わらず大勢の『撮り鉄』達の姿が見えた。


「彩辻さんは廃線関連の写真は撮らないんですか?」

「取材の分はもう撮影済みよ」


 駅の写真などは昨日の内に撮り終えているという。あと記事に必要な写真は、最終日である最後の電車が駅に入り、出発する時までの様子くらい。

 その時まで鉄道回りの撮影は控えるつもりなのだそうな。


「もう周りが撮影班だらけだし」

「確かに」


 下手に撮影場所が被ってトラブルにでも巻き込まれてはたまらない。という彼女の方針に、ケイは納得して見せた。



 商店街までの大通りには、お祭りでよく見る屋台が並んでいた。彩辻さん達によると、昨日まではなかったらしい。ケイも見覚えは無かった。


 屋台を組み立てている町の人に何かイベントがあるのか訊ねてみたところ、予想以上に観光客が集まったので、お祭りの時くらいにしか使われない屋台の営業にゴーサインが出たのだそうな。

 地元の子供達が楽しそうに駆けまわっている。


「これは記事のネタになるわね」


 彩辻さんは屋台の人に許可を得てパシャリと撮影すると、インタビューもこなしつつメモをとる。そんな取材活動の一幕に付き合いながら、ケイは目的のお堂巡りに歩き出した。


 初めに美奈子から教えられた商店街のお堂を探す。

 先程の屋台を組み立てていた町の人から、取材ついでに商店街のお堂の話を聞いて、詳しい場所を教えてもらった。

 この町には他にも彼方此方にお堂があるらしい。


 そして件のお堂は、確かに商店街の奥まったところにあった。隙間なく並ぶ店の切れ目、塀と塀の隙間のような路地を進む事しばらく。


「お堂だ」

「小さいね」

「かなりの年季を感じるわね」


 急に蔓草の生い茂る山の入り口みたいな寂しい風景に突き当たると、そこにポツンと立っている。切妻屋根きりつまやね格子戸こうしどの小さなお堂は、実に独特の雰囲気を醸し出していた。


(ここには石神様は無いみたいだな)


 お供え物がしてあるので、定期的に人が訪れているようだ。それから住宅地や畑がある畦道の途中などに、ぽつぽつと立つお堂を見つけられた。


「スタンプラリーできそう」

「ははは、確かに」


 コウ少年の発言に、ケイは中々渋い発想をする子だなと感心する。ふと、朝方コウ少年が言った言葉が気になり、意味を問おうかと考えるも、そこまで急ぐ事でもないかと思い直す。


(今はこの探索を楽しもう)


 そんな調子で、お昼までは三人でノンビリ町を巡って過ごした。



 商店街近辺のお堂を粗方見つけて時刻は十二時を過ぎる頃。ケイは昼食をとりに民宿・万常次に戻る。


 彩辻さんとコウ少年は、お堂に関する記事の取材で、商店街の住民に話を聞いて回るらしい。昼食もそちらで済ませるとの事。


「じゃあまた後で。昼食の事は伝えときますね」

「ええ、お願いします」

「またねー」




 二人と別れて商店街を後にしたケイが万常次まで戻って来ると、民宿の前でなにやら揉めていた。泊めろ泊めないの言い争いをしているようだ。

 またぞろ近所の住民が玄関から半身を乗り出して騒ぎの様子を窺っている。


「大体あなた、昨日うちの庭に勝手に入ってた人でしょ!」


 聞き覚えのある怒声を聞いたケイは、直ぐに駆け出した。


「美奈子さん」

「あ――曽野見さん……」


 こちらを見上げた美奈子は一瞬ほっとした表情を浮かべる。一緒に振り返った言い争いの相手は、昨日ケイが万常次の庭から引き摺り出した集団のリーダー格の青年だった。


 ケイは、美奈子と揉めている青年との間にスッと割り込むと、彼女を庇う立ち位置に陣取る。


「何かありましたか?」

「え、あ、いやその……」


 その青年はケイを見て怯むも、ここで引き下がるわけにはいかないらしく、民宿への宿泊希望と自身の現状を説明し始めた。


 曰く、商店街のホテルの部屋がなぜか自分だけキャンセルされていて泊まれず、初日から野宿になった。翌日今日もホテルの宿泊は取れなかった。

 公園での野宿はあまりに治安が悪過ぎて無理との事。


「雨風凌げる屋根と壁だけあればいいから、最悪軒下でも入れてくれれば寝袋に入って休むし」


 と、そこまで必死に食い下がられると無下にしきれない美奈子。この町の宿泊施設で飛び込み予約なし宿泊が出来るのは、商店街のホテルの他は地元民でも知る人ぞ知る万常次のみ。


「他のお客さんの迷惑にならないようにしてくださいよ?」

「助かった。あそこでの野宿はマジ命に係わる」


 本当にしぶしぶといった様子で宿泊を許可された青年は、安堵を浮かべながら公園での野宿が如何に危険だったかと悪態を吐く。

 その大袈裟な言い様に、美奈子は小首を傾げた。


「……そこまで危険は無いと思うけど」

「いやあ、昨夜なんか寝てる時に頭に石ぶつけられたし」


 他にも蓋の空いた水入りペットボトルを寝床に投げ込まれたり、今朝は目が覚めると靴の片方を盗まれていたとか。急遽商店街で新しい靴を買ったのだそうな。


「それ、地元の人じゃないかも」


 いくら廃線イベントで騒がしくしている人達だからといって、そこまで悪質な悪戯を仕掛けるような人はこの町の住民には居ないと、美奈子は眉を顰める。


「なんであれ、屋内に居られれば安全だ」


 青年はそう言いながら万常次に上がり込むと、玄関脇のカウンターにある宿泊人名簿に自分の名前を書き記した。


(|潟辺《かたべ》 |智康《ともやす》か……)


 流れるように名簿を覗き見たケイは、さり気なく青年の名前をチェックする。己が能力絡みで身についた、いつもの癖であった。


「はあ、しょーがないわね」


 溜め息など吐きながら潟辺を部屋に案内する美奈子は、ケイにも一声掛けていく。


「曽野見さん、食堂に昼食の準備してあるから」

「あ、どもです。――ああそうだ、彩辻さん達は商店街で昼食済ませるそうです」


 言伝を聞いた美奈子は「りょうかーい」と手を振りつつ、潟辺を連れて二階へ上がって行った。それを見送ったケイは、いそいそと食堂に向かう。

 ようやく落ち着いて昼食にありつけたのだった。


(山菜のお浸し、うまし――)




 田舎の家庭料理を堪能して食堂を後にしたケイは、部屋に戻る途中で美奈子と鉢合わせたので、先程の件を話題に少し雑談を交わす。

 潟辺は二階の隅の小部屋に泊める事にしたそうな。


「一緒に行動してた人達も後から?」

「ううん、他の人達は普通にホテルに泊まってるって」


「そう言えば自分だけキャンセルされてたとか言ってたな」

「流石にあの人達が押し掛けて来たら全力でお断りしたいわ」


 今回は潟辺の境遇があまりに不憫だったので仕方なく泊めたが、集団になると家の中まで荒らされそうだと肩を竦めてみせる美奈子に、ケイもそれはあるかもしれないと頷く。

 庭に侵入した事を咎められても無視して居座り続けたのは、集団で気が大きくなっていたからという部分もあったのだろう。



 それからしばらく経って、昼の十四時を回る頃。

 コウ少年と彩辻さんが商店街から帰ってきた。ここまでの取材で集めたレポートをまとめて記事の下地をつくるらしい。


 ほぼ入れ替わりに、潟辺がカメラを片手に出掛けていく。

 今日、これから駅に入ってくる電車を撮影するとの事。昼過ぎと夕方と夜に、走行するシーンを撮る計画なのだとか。


「やっぱ編制写真が映える位置取りを――」


 等と呟きながらバタバタ出ていく潟辺を横目に見送った彩辻さんによると、駅周辺の線路沿いは早くも場所取りでピリピリしてるそうな。


(なんか彩辻さんの目線が厳しい。何かあったのかな?)


 ケイの視線に気付いた彩辻さんは表情を緩めると、駅近くを通った時に見られる出来事を教えてくれた。


「線路沿いとかでカメラ構えてる人達がね、散歩してる人に怒鳴ったりしてるのよ……」


 電車を撮影する際、余計な人が写り込まないよう追い払っているという。


「あー、そういや以前テレビとかネットでも話題になってたような」

「まあ一部のマナー悪い人達だけだとは思うけど」


 その一部のやらかしのせいで、無関係の自分達まで地元民に警戒されるなど迷惑を被っていると明かす彩辻さん。


「しゅざいきょひされたりね」

「ああ、なるほど」


 彩辻さんのいう『被った迷惑』の内容をコウ少年がフォローする。ケイがそれに納得して頷くと、休憩中の美奈子が会話に交ざって来た。


「確かにねー。あたしも最初、警戒しましたもん」

「商店街で美奈子さんにインタビュー切り出した時はもう、針の筵でしたよ~」


 民宿・万常次の看板娘でもある美奈子の事は、商店街の爺ちゃん婆ちゃん達はよく知っている。彼女に声を掛けた瞬間から周囲の視線の圧が増し、見張られている気配をひしひし感じたという。


「あははっ、あたし小さい頃から良くしてもらってて、皆の間じゃ娘扱いなのよ」

「そんな感じでしたねー」


 夕食までにはまだ時間があるので、このまま民宿・万常次の宣伝ネタとしてインタビューの追加がおこなわれた。

 ケイも宿泊客枠で少し参加した。



「それにしても、潟辺さんの事、駐在さんと青年団のおじさん達にも言っといたほうがいいかなぁ」


 美奈子がふいに思い出したようにそう口にする。潟辺が語った、公園で夜中に石や水入りペットボトルをぶつけられたり、靴を盗まれたという話。


「地元の人じゃ無いとは思うんだけど……」

「余所者同士で小競り合いとか?」


 いずれにしても町にとっては迷惑な話。エスカレートして大事になり兼ねないので、報告はしておいた方がいいと結論付ける。


「既に交番には届け出てるかもしれないけどね」

「今朝もカメラが盗まれたとかで騒いでて、駐在さんと話してたもんねぇ」


 四人でそんな話をして過ごし、美奈子が今日もホテルの手伝いに入る時間になった。


「私達も仕事がてら商店街に行こうかな」

「じゃあ一緒に出ましょうか」

「あ、いいですねそれ」


 彩辻さん達が商店街に出ている屋台の様子を取材に行くと言うので、美奈子はそれなら一緒に行きましょうと誘う。


「ケイおにーさん、えすこーとっ」

「はいはい」


 コウ少年に促されて、ケイもそれに付き合う事にした。




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