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第31話 転機

《クテスの町》周辺の森で暴狂猪ワイルド・ボーの大規模討伐──だったのだが、他に巨体が二倍もある暴狂猪将軍ワイルド・ボー・ジェネラルや王冠を載せた暴狂猪王ワイルド・ボー・ロードが姿を見せた。


 数が多い上に回復力も緑醜鬼トロル並みという。戦線の維持を死守してAやSランクが暴狂猪王ワイルド・ボー・ロードを討伐するまで踏ん張る。それがDランクの俺が今できることだ。

 だったが、なぜか暴狂猪将軍ワイルド・ボー・ジェネラル暴狂猪王ワイルド・ボー・ロードの狙いが俺に集中し、拮抗していた戦況が大きく揺らいだ。


(は? なんで俺!?)

「せっ──っ!」


 気付いた時には陽菜乃、いやシエスタが俺の元に飛び出して暴狂猪王ワイルド・ボー・ロードの攻撃を逸らした。その結果、シエスタは──。



 ***



 戦闘後、俺はAランク冒険者を含めた連中から袋叩きにされた。奇形種だったのか、暴狂猪王ワイルド・ボー・ロードが俺を狙ったことで戦況が一変。指揮を執っていたシエスタが暴狂猪将軍ワイルド・ボー・ジェネラルの一撃を受けてたことで撤退を余儀なくされた。


 それによって犠牲者も出た。俺を殴った連中は、死者が出たパーティーメンバーだった。彼らのランクはBやCと俺よりも上だ。


「Dランクのくせに出しゃばったから、こうなったんだ」

「今回の討伐から外れろ」

「そこまでだ、お前ら。でもコウガ。お前はこの討伐にこれ以上残らないほうがいい。……仲間内で争っている場合じゃないしな」


 頬や体がジンジンと痛む。

 だがそれよりも、俺を助けようとして攻撃を受けた陽菜乃の姿が頭から離れない。俺が弱かったから、陽菜乃は──。

 このままじゃ駄目だと、その日から単独ソロになった。最後までついて行くといった瀧月朗には、「残ってくれ」と頼み込んだ。

 俺は一人になりたかった。だから冒険者ギルドの勧めで《試練の塔》でレベルをひたすら上げることを選んだ。


 戦い階段をひたすら上ると思い知る。自分が平凡で傑物ではないのだと否が応でも気付かされた。

 俺は陽菜乃のような強さも、瀧月朗のような戦闘センスなんてない。サカモトのような器用さや立ち回りだってないし、ジャックのような明るさやタフさもない。


 どのくらい立ち止まっていただろう。

 数日か、あるいは数ヵ月か。


 ああ、レベル上げを諦める冒険者の気持ちがよく分かる。どれだけ努力しても頂きに佇む一人握りの人間に、追いつけないという現実が立ちはだかるのだから。

 そりゃあ、こころは折れるだろう。

 諦める理由ならいくらでもできる。

 俺が頑張らなくても誰も困らない。

 誰も──。


 いいや。

 いる。

 今も、ずっとその頂きで一人耐えている彼女陽菜乃を見て、どうして俺は諦めるという選択肢が浮かんだ?

 偽善者なら偽善者を貫け。


 俺は本物じゃなくたっていい。鍍金だろうがなんだろうが、どんな形でもそこに辿り着く。レベルが上がりにくいとか知るか。

 俺はお前に、陽菜乃に会いに行く。


『不屈の闘志を獲得。《竜狂化》の強制発動からジョブチェンジ《竜騎士》が解放』

『《竜騎士》の特別報酬。《白亜之卵》へのレベル譲渡が完了』

『鎧武装、肉体強化、攻撃魔法無効化、精神魔法攻撃無効化、毒耐性、瘴気耐性、熱耐性の付与』


 それは諦めなかった者への最高にイカれた贈物だった。

 このシステムを作った奴は早々に頭がイカれていて、皮肉が効いていて、それでいて俺のことをよく分かっている。



 ***



 各地で黒魔獣の大規模襲撃事件から三年後──。

 アルヒ村冒険者ギルド会館の受付窓口で俺はBランク冒険者の証として、新たなネームプレートを手にする。ギルド職員であるルーナは自分のことのように喜んでくれた。


「コウガさん、Bランク昇進おめでとうございます! 本来ならレベル80でランクアップでしたが、依頼中でしたので改めて宴を」

「いや、そういいのはいい」

「そ、そんな! せっかく色々考えていたのに」

「ごめんな。それに今日はジャックたちとの飲みもあるからまたの機会に」


 ルーナの返事も待たずに俺はギルド会館を後にした。

 ネームプレートにはBランク冒険者、職業竜騎士ドラゴン・ナイトと刻まれている。ようやくこの称号を名乗れるほどの実力を身につけることができた。

 甲冑は早々にアイテム・ストレージに戻して白のチュニックに黒のズボン、革のブーツと普段着のまま村を散策する。


(――にしても、ジャックの奴急に呼び出して何かあったのか?)


 今日はジャックが「飲みたい」と言い出したので、俺はアルム村を久しぶりに訪れたのだ。Bランクになれば単独での依頼も受けられる。もっともオレの場合は単独ではなく一人と一竜のペアだが。


 酒場に向かう前に中央広場の慰霊碑に向かう。この世界では遺骨がないため個々の墓の代わり慰霊碑に亡くなった者の名が刻まれており、そこには《夜明けの旅団》の名前もあった。

 無口で深淵森人族ダークエルフを隠すため全身包帯を巻いていた暗殺者のムラサキ。

 大切な友人を探すためレベル99を目指していた守護戦士のシロ。

 特殊な悪癖──美意識を持った変態神官のレンジ。

 細目で口は悪いが何だかんだと世話を焼いてくれた弓使いのサカモト。


 なぜ《夜明けの旅団》が行方不明になったのか。

 本当に三頭重装番人と遭遇して相打ちだったのか。Bランクになっても未だ真実を知るだけの権限はなかった。

 俺の手に残っているのはシロのネームプレートと一緒に付いていたロケットペンダントだけ。ロケットの中には英文で「kamui chikap kamui yaieyukar」とだけ彫られていた。


(翻訳すると『梟の神が自ら謡った叙事詩カムイユーカラ』だったか。カムイ……、なんか前にどこかで聞いたことがあるような。民謡、いや伝承だったか? 陽菜乃だったら──)


 ふとした瞬間、陽菜乃のことを思い出してしまう。頭を振って気持ちを切り替えた。


「また来るよ」



 ***



 酒場――といってもこの村にあるのは、ギルド会館の食堂だったのを思い出し、出てきた会館に再び足を運ぶこととなった。ルーナの誘いを断った手前なんとも恥ずかしい。

 食堂に入るとすぐに二人の姿を見つけた。


「瀧月朗は、いつ会っても変わらないな」

「ふむ。まあ森人族という種族は、そういうものらしいぞ」


 瀧月朗は三年前と比べてもあまり変わっていない。もっとも月の半分はパーティーを組んでクエストに臨んでいるので久しぶりに会った感じはない。強いていえば以前よりも肉体がより鍛え上げられたというところだろうか。鍛錬を重ねて全盛期に近づいたと漏らしていた。偉丈夫で相変わらず女性に人気があり、ファンクラブまであるという。


 着物のセンスはどんどん派手というか会うたびに違う柄でお洒落だ。生地の素材もかなり厳選している。鑑定眼で前に見た時も着物の値段に驚いたものだ。


(まあオーダーメイドだからか)

「それよりもワシはジャックの変貌ぶりの方が驚きだ」

「ああ。それは俺も毎回思っている」


 そうこのジャックだが、三年前の一件で呪いが解けてカボチャ頭の案山子から人間に戻ったのだ。しかも腹立たしいことに目鼻立ちは整っており、オレンジ色の前髪を黒のヘアピンでとめるなどかなりオシャレ系男子だ。


 瀧月朗が二枚目の眉目秀麗な偉丈夫だとして、ジャックは笑顔が好印象のイケメンだろうか。顔面偏差値が可笑しい。俺は普通なのに解せぬ。


 ジャックが何か言おうとしたところで、注文していた酒がテーブルに置かれた。

 この世界で作られる酒は主にオームギ麦芽を使っており、常温かつ短時間で発酵させハチミツを加えたハニーエールと呼ばれている。キンキンに冷やしたジョッキに注がれた赤茶色の喉越しはコクがあって飲みやすい。乾杯のちジョッキを飲み干したジャックは、俺と瀧月朗を睨みつけた。


「あー、もう! いい加減カボチャネタは忘れてくれよ」

「嫌だ」

「だな」

「酷い! 泣いちゃうぅうう。あ、おねぇーさん、ハニーエールのお変わり」


 この時間帯だと客が多く、ジャックの喚き声もさほど気にならない。女店員は「はーい」と声を返すだけで注意しないところをみるに、いつものことなのだろう。


「それで俺たちに声をかけたのは、何か報告でもあるのか?」

「まあな」


 照れくさそうに頭を掻いてジャックは笑った。

 人の姿に戻ったジャックは怪我が完治するなり冒険者から菓子職人パティシエに転職した。最初はギルド会館のカフェで料理を振舞い、現在はカフェの菓子担当部本のトップだ。

 ちなみにジャックは冒険者レベル38でDランクのまま、瀧月朗はレベル99のAランク、俺はレベル85のBランクと中々レベルが上がらない。


「菓子職人でレベル90越え到達の祝いか?」

「違うから! もっと重要かつ大事なことだよぉおおおおおおお」


 俺と瀧月朗はジャックの言葉に耳を傾けつつ、エールを飲んでいると、


「オレ、結婚するんだ!」

「「ぶっ」」


 俺と瀧月朗は同時にエールを吹き出した。「うわっ、汚っ!」とジャックは布巾を取り出し、テーブルを拭く。だが俺と瀧月朗は色々と理解が追いつかず硬直していた。


「え、は? お前らまだ結婚してなかったのか!?」

「嘘……だろ」

「だからそうだって! つーか結婚したら真っ先に、お前らに言うだろうぉお!」


 衝撃的な事実に雷を撃たれた気分だった。イケメンになっても感情の起伏が良くも悪くも激しい奴だ。


「じゃあ近々式でも挙げるのか?」

「もちろんだぜ。来月に上げる予定だ」

「は」

「な──来月だと!?」


 瀧月朗は元の世界でも年配者なので、冠婚葬祭関係のマナーは学生だった俺よりも詳しい。だからか結婚の心得云々と説法がはじまった。

 そんな二人を横目に俺はハニーエールを飲んだ。冷えていて美味しい。ジャックは呪いを解いて想い人と結ばれる。素晴らしいことだ。次に目的を達成するとしたら瀧月朗だろうか。


「そういえば瀧月朗は、ツバサっていう家族にはまだ会えていないんだよな」


 ジャックに助け船を出したつもりではなかったが、ふと口をついて出てきた。


「ん? ああ、まあ──そうだな」

「ちなみに、そのツバサちゃんって、ソウちゃんのお嫁さん?」

「孫じゃ」

「oh,Grandchildジャン」


 無駄に発音が良いのがムカついたので、俺はスルーした。


「孫か」

「うむ」

「ねえ、突っ込んで! 放置ってけっこう傷つくんだよ!?」

「孫は、ものすごくワシに懐いておってな。これがもう可愛くてたまらんのだ」


 唐突に偉丈夫は満面の笑みを見せた。俺とジャックは瀧月朗の放つ笑みの眩しさに直視できない。これ女性の前でやったら即落ちするやつだ。


「孫かー。オレはハニーと早い段階で会えて良かったよ」

「そうだな。煌月もヒナノとは――」


 そう言いかけて瀧月朗は言葉を噤み、ジャックは明るい声で話題を俺に振ってきた。


「あー、そういえば最近いろんな女子にコウガっちのことを聞かれるんだけど、合コンのセッティングとか組んでもOK?」

「は?」


 俺に好意を寄せる女性がいるなんて初耳だ。しかしジャックと瀧月朗はそう思っていなかった。


「無自覚かよ。ギルド会館の受付嬢。ほら、あの猫人族の子」

「ああルーナか。いつも親切だけど、あれは仕事であって俺自身に好意があるわけが……」

「何言ってんだよ、コウガっちだけだからな。ルーナちゃんが笑顔で接客するの」

「いや、そんな訳無いだろう。お前、目は大丈夫か?」

「ひどいぃ! 真顔で言われると傷つくんだぞぉおおおおお」

「だいたい俺はレベルを上げとライラを育てるのにリソースを割いているから、恋愛する時間はない」

? ……あ、竜騎士用の」


 瀧月朗は思い出したように呟いた。


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