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第30話 陽菜乃の正体

「各地で黒魔獣の大規模襲撃が同時に起こり、AあるいはSランク冒険者たちによって鎮静されたが、その爪痕は酷い。これは人類にとって漆黒花からの宣戦布告だ。平和に暮らすことをよしとせず、復讐という御旗を立て我らを滅ぼすつもりなのだろう」


 ギルマスは見舞いがてら近況を報告しに寄ってくれた。

 病室には俺とジャックと瀧月朗が揃っており、ベッドに横になったまま今回の一件について報告に耳を傾ける。


「そしてこの一件で黒魔獣が魔物、人の身体に寄生する際の過程が判明した。漆黒花の一撃によって心臓を貫かれた数秒間に、核が擬似心臓の役割を果たすことによって、肉体に漆黒花を定着させる。そのため心臓でない場所では核は根付かず炭化して消えるというのも実証された。君たちが生きていたのは心臓の直撃を防いだことにある」

 もっともあの時に陽菜乃が駆けつけていなかったら死んでいただろう。戦闘に慣れてきたと言っても俺たちはまだまだ弱い。


「……陽菜乃は?」

「ヒナノ。……

「は?」


 意味が分からず言葉を返した。だがギルマスは眉をひそめ言葉を詰まらせる。


「彼女は最初からヒナノという名ではなかったし、ある機関の人物でここには極秘任務に来ていたらしい。……だから生きてはいるが、ここにはもう戻らないだろう」


 入院中、陽菜乃は俺たちのパーティーから脱退した。

 なぜ姿を偽っていたのか。陽菜乃が何者かも分からないまま俺の前から消えた。

 この世界で情報を得るには冒険者のランクを上げるか大金を払うしかない。インターネット検索などの便利なものはないし、当事者だろうとレベルが低ければ情報は降りてこない。


 だから陽菜乃の正体や目的、黒魔獣や漆黒花のことをさらに知るには、自分自身が強くなるしかない。この世界では生き残る強さがなければ何も知ることができないのだから。

 それをこれでもかと痛感させられた。


(陽菜乃、……お前が話せなかったのはこのことだったのか?)


 傷が癒えた後、俺はギルド会館でただただ訓練を受け続けた。

 立ち止まったら案外楽で居心地がいいだろう。

 真実を知らなくても生きていける。サカモトが言っていた通りある程度安定が得られるのなら、無理にランクを上げなくてもいい。


 依頼も危険度を下げて定期的に仕事をすれば生活できる。どうしようもない感情が襲ってきた時は酒で忘れることだってできるのだ。

 向き合わなければ、立ち止まっていればいい。忘れてしまえば――。

 下唇を噛みしめ、鉄の味が口に広がる。


(陽菜乃が理由なく去るような奴じゃないのを俺は誰よりも知っている……!)


 達観するような賢者に俺はなれない。道化だろうと愚鈍だったとしても俺は歩き続ける。

 事実に打ちのめされることと、諦めることは同義では無いのだから。

 魔王に会うこと以外に新たな目標ができた。陽菜乃の立っている場所に行く、と。



 ***



 それから三ヵ月。

 アルヒ村以外の町や都市に出て、『陽菜乃』は『シエスタ』という名のレベル100オーバーのSランク冒険者だと知った。この世界においてSランクは褐色の聖女、ダリア、鬼藤丸きどうまる、そして魔王だけらしい。彼女は魔獣専門殲滅部隊・狩人カサドルの構成員の一人で、俺たちのパーティーに在籍していたのは狩人の極秘調査だった。


 それならなぜ黒魔獣の出現時に、己の力を解放して戦わなかったのか。あの時に黒魔獣を倒していれば被害は最小限で防げたはずだ。

 更なる疑問。一歩近づいたと思ったらまた新たな謎が出現する。

 一つ一つ、欠けたピースを拾い集めて、謎を明らかにしていく。謎が増えたとしてもそれで諦める理由にはならない。


 さらに三ヵ月半が経った頃、陽菜乃──彼女を視界の端で確認することができた。髪も艶やかな黒になり服装や職業はもちろん、陽菜乃だった時とは纏っている雰囲気も異なる。

 依頼は《クテスの町》周辺の森で暴狂猪の大規模討伐。そこで陽菜乃は数十人いる冒険者の統率者という立場にいた。彼女までの距離は遠い。

 俺が声をかけようと試みたが、それは叶わなかった。


「陽菜……シエスタと話がしたい」

「ん? ああ、突発で援軍に来た奴らか。なんだ、ギルドからの伝令か?」


 Aランクのみで構成された《|AAA《エースリー》》の守護戦士、緋色髪の狼の獣人族フェリックスが陽気に尋ねてきた。巨大な盾を背中に担いだ青年は、黒の騎士服の上に紅蓮の甲冑を着こなしている。年齢は俺よりも三、四歳上だろう。


「いや個人的な話だ」

「……へぇ」


 この時の俺はDランクで指示や命令を聞くだけなら問題なかったが、それ以外でAランク以上の冒険者に声をかけるのはマナー違反となっていたらしい。

 この辺りは変な勘違いが湧かないように──という配慮なのかもしれないが、それを知らなかったため『個人的に話がある』と、馬鹿正直に言ったことでAランク冒険者たちの地雷を踏み抜いた。


 しかも声をかけようとした相手は、Sクラスのシエスタだったこともあったのだろう。運が悪かった、あるいは無知が罪だったのか。


「よぉ、お前はアルム村から出たてで、この世界の常識を知らないなんだったら一度だけ忠告してやる。Dランクが個人的な話としてSランクに私情で声をかけるのは非常識なんだよ。そんなことをしたら次々と同じような奴が出てくるからな」

「……そうか」

「ああ、シエスタはいい女だからな。声をかけたい気持ちは俺だってわかっているつもりだ。もし対等に話がしたいならレベルを上げてから出直せ、な!」


 次の瞬間、咄嗟に身構えたがフェリクスの拳がみぞおちに入った。ミシ、と嫌な音がした刹那、そのまま吹き飛ばされて周囲にあった木箱に突っ込む。


「悪りぃな。見せしめは大事なんでな」


『町中での戦闘行為は禁止です。一対一の決闘の場合であればHPが三割切るまで戦闘は可能です。実行しますか?』


 ポン、とステータス画面が自動で表示される。ああ、そのシステムも知らなかったな。だがAランクの実力が知るには確かに良い機会だ。

 俺はポップアップの実行許可を押した。途端にフェリックスの口元が緩んだ。


「嫌いじゃないぜ、その無謀さ」

「行くぞ」


 駆け出しながら青面からぶつかる。

 ガン!!

 俺の剣戟に対して盾のみで防ぎ、攻撃も背中に競っていた馬鹿でかい盾を振り回すのみだ。だがそれでも強い。

 基本攻撃、反射攻撃、スピードは瀧月朗のほうが速いから何とか体がついて行っている程度だ。俺の攻撃は正面から盾で防がれるので、攻撃が通りにくい。

 いつの間にかバケツをひっくり返したような雨が降り注ぎ、見物をしていた冒険者たちはギルド会館に避難していく。だが決闘はどちらかが降参するか、HPが残り三割になるまで中断できない。


 泥まみれになりながら食らいつくが、俺には火力が足りない。《竜狂化》を使えば──そんな考えが脳裏に過る。


「余所見とは余裕じゃネェか! 爆炎エグスプロージョン!」

「──っ、しま」


 盾をフルスイングし、俺の腹部に直撃。

 森の中まで土煙を上げて吹っ飛んだ。今の一撃だけで、HPは三割減を切ったことで決闘は強制終了となった。


 その日から、彼女の周囲にいるAランク冒険者に決闘を挑まれ何度も敗北した。これも見せしめだっただろう。レベルが低い人間が出しゃばるな、と。

 俺が戦っている間、シエスタは割って入ることも止めることもしなかった。静観を貫く。


(ああ……。今の俺では話す資格もないんだな)


 連日連夜雨が降り続いた性で水溜まりがいくつもある。そこに突っ伏しながら倒れている俺に、瀧月朗は傘も差さずに尋ねた。


「煌月。決闘を回避すればいいだろうに、何故全て受けるのだ?」

「第一線で戦う実力者と今の俺の実力を肌で感じるには、あれが一番手っ取り早い」

「……そうか。貴殿が折れて、いや諦めていないのなら何も言うまい」


 瀧月朗の言葉通り、諦めれば楽になるだろう。だが百の絶望、百の挫折を重ねたとしても、俺の生き方を、目標を変える理由にはならない。


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