つい先月レベルが上がったことで俺の種族名は竜人族のハーフと明記され、固有能力の文字化けが《竜狂化》と切り替わった。
外的変化は頭には瘤程度の角が生えている程度で人間と大差ない。今後、魔法使いと戦士の能力を極めることで
その前段階で得た特殊能力。使用条件はHPゲージがレッドラインになった場合のみとある。
(……竜狂化は最後の手段だ)
火花を散らし、粘って、足掻いて。
俺たちは戦った。
一進一退で拮抗し続けた膠着状態は、漆黒花に蝕まれた黒魔獣の参入によって一変する。
均衡が崩れるのは一瞬だった。
ずぶり、と嫌な音がした。
倒したはずの暗殺者が復活し、瀧月朗の腹部に刃を突き立てたのだ。攻撃する瞬間まで気付かなかった。
(透明化と暗殺を同時に使用していたのか!)
「がっ……小癪な」
瀧月朗は腹部から血を流しながらも、暗殺者の首を刎ねた。
「瀧月朗!」
「ソウちゃん!」
瀧月朗は暗殺者の核を潰そうとしたが、弓矢によって利き腕を貫かれた。次いで狙ってきた瀧月朗の頭を、俺が咄嗟に盾で防ぐ。
(ああ、この攻撃方法は──クソッ!)
鬱蒼とした森から人型の黒魔獣が姿を現した。全身の体が凍りつく。
「ぬああああ急に出てきやがって! もう泣いちゃうぞ!」
(……三人、変態神官がいない?)
相手はCランクの冒険者で、しかも黒魔獣だ。レベルが違い過ぎる。無駄のない動き、体に染みついた仲間との連携で、あっという間に俺たちは戦闘不能となった。
──おおおおおおおおおおおお!!
三頭重装番人は動き回る敵がいないと判断したのか勝どきを上げ、俺たちに目もくれずにアルヒ村へと歩き出した。
(クソッ、時間稼ぎもできなかったか……)
四対三。圧倒的なまでの力の差に俺は花畑だった場所に突っ伏していた。HPゲージは半分以上削れており、これ以上減れば赤の警告ゾーンに突入する。
(俺は守護戦士に盾ごと吹き飛ばされただけだから、まだいける。だが)
「……がはっ」
瀧月朗のHPゲージは一気に赤色に点滅し、危険な状態だ。ジャックは弓使いの攻撃に直撃して気絶している。こっちはまだHPゲージの心配はないが戦闘不能に変わりはない。
(とにかく瀧月朗の回復!)
俺は常備していた宝石型の回復薬を瀧月朗に向けて投げた。彼の頭上で金色の光を放って宝石は砕け散る。
この手のアイテムは傷を癒すものの、流れた血までは戻らない。それゆえHPゲージが緑色に回復しても、体中の疲労は残っているため即戦闘復活とはならない。
(この状態でどこまで時間を稼げるか──ん?)
俺たちが負傷し立ち上がれなくなると黒魔獣はスイッチが切れた人形のように、その場に立ち止まった。
(肉眼で見える距離でも、戦闘不能状態では敵認定されない?)
「「「⊂縺吶?よサ?⊂縺吶?よサ?……ホロボ……ス。マオウ、イセカイジンヲ──ホロボス」」」
死した冒険者たちの口から零れた同じ言葉。それは漆黒花の願いだろうか。この世界に異世界人を呼んでおきながら、なんとも理不尽なことだ。
(俺たちが侵略目的で、この世界に来たのならわかるが、完全に責任転嫁じゃないか)
沸々と怒りが湧き上がったが殺意を押し殺しつつ、匍匐前進で瀧月朗の元へと急ぐ。瀧月朗が戦えるかどうかで、その後の対応が大きく別れるからだ。
(これ以上続ければ死人が出る。身を隠し村からの援軍を望むしか──)
「■■■■■■■■■■■■■っ!」
咆哮いや、絶叫だったのだろうか。
人間には理解できない言語を発し、それは唐突に起こった。三頭重装番人だったものの肉体がぶよぶよと一気に肥大化し、甲冑から肉が溢れこれ以上にないほど膨張した瞬間──
大量の黒い種子となって空に舞ったのだ。
それはタンポポの綿毛のようにふわりと風に乗って、上空へと舞い上がった。
それもただの種じゃない──
あんな数が芽吹いたらそこら中、漆黒花だらけになる。
背筋がゾッとした。絶望を形にするとしたら、このような光景をいうのだろうか。
(三頭重装番人は、種を運ぶだけの箱舟だったってわけか)
世界の終焉を彷彿とさせる黒い種子は、風に乗っているだけだというのに、生き物のように蠢き空を闇に染める。
ふと正門の側に人影が見えた。すぐさま鑑定眼を使用し、対象者を見極める。スコープにも近い機能のおかげで、ハッキリと顔は見えないが背丈と武装の類いから見て同期の冒険者──エージやタカシ、ケン、ミーシャだろう。陽菜乃ではないことは確かだ。
彼らは空の異変に気づき、フォーメーションを取ろうとした直後──上空から放たれた漆黒の長槍によって、
赤銅色の血飛沫が舞う。
(なっ……)
エージは無抵抗なまま第二第三の槍に体を貫かれ、びくんびくんと僅かに動いたのち絶命した。
正門は一瞬で真っ赤に染まり、さらに無数の槍が石畳に突き刺さった。物の数秒でパーティーは全滅。あまりの凄惨さに吐き気を覚えたが、なんとか堪えた。
(上空には種子しかなかった……はず)
では、あの槍はなんだったのか──皮肉にもその答えはすぐにわかった。
槍に貫かれて絶命した冒険者が、唐突に息を吹き返したからだ。正確には貫いた漆黒の槍が蔓に形を変えて冒険者の体内に入り込み、背中から黒い百合や薔薇の茎が芽吹く。
(あの種子、標的を狙って槍のように硬化するのか!? しかもあの速度から落下したら──っ、だから村の頭上に浮遊しているのか!)
今まさに、エージたちは漆黒花に寄生され、黒魔獣として開花しようとしていた。ギルマスから聞いていたよりも、開花するまでの期間が早過ぎる。これらの漆黒花が奇行種なのか、それとも進化したのか。
(ああ、クソッ。死体が炭化する前に寄生して──ああ、ふざけんなっ!)
黒槍は村へと落下するものの、村全体を覆っている結界によって弾かれている。村にいれば今の所安全といえるだろう。あくまでも今の所だが。
(チッ、種子はいまだ村を覆うように、宙に浮いたままじゃないか。あれだと正門から出た瞬間、長槍の餌食──、いや、ちょっと待て。この緊急事態でギルマスはなにをして……いる)
ギルド会館に視線を向けた瞬間、言葉を失った。
村のあちこちに黒煙が上っており、粉塵が舞っているのが見える。
(村の中で戦闘? ゴーレムの姿は? クソッ、こんな緊急時に、どうしろって言うんだ!)
『緊急時?』
ふと呑気な声を思い出す。
『そんなのネームプレートの三枚目を使えばいいじゃン。Cランクになるとネームプレートとは別に特別通信魔導具が支給される。しかも本部直通。いいだろウ』
シロが自慢気に話してくれたことを思い出す。
(そういえばさっき、シロの剣戟を請けた際、剣先がチェーンに引っかかって切れた――)
周囲を見渡すと鈍色に煌めくネームプレートが地面に落ちており、急いで回収する。それからギルド本部に連絡を入れたのだが、耳障りな雑音が一方的に聞こえてきた。
『こちらギルド本部。現在各都市や村に黒魔獣の襲撃報告在り。各冒険者は──』