ジャックは職業の再提出などがあるためギルド会館に残り、夕食時に落ち合うことで解散。俺と陽菜乃は気分転換に村の中を散策することにした。
三時過ぎは日も高く青空が広がっている。
この村には視覚的な壁や塀はない。中央広場の先にある巨大な鳥居に似た石の門が、この村唯一の正式な入口で、この石の門をくぐった瞬間、村の外というカウントになるらしい。
もっともFランクの冒険者はパーティーメンバーが揃ってないと出られないし、職人ギルドに加入している者は、
この世界において隣町に向かう行為は、それだけ危険を伴う行為なのだろう。
ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
正門の向こうには桃色の花が一面咲き誇っており、その光景は人の心を和ませる。魔王は世界の理を書き換える際、なぜ花に満ちた世界にしたのだろう。
(花を贈る理由。平和の象徴、祝福、……死の手向け)
この世界にはすでに数えきれないほどの魔王と勇者の躯で溢れている。同郷としての手向けだろうか。
(白い花じゃないから、手向けとはやっぱり違うのか? うーん……)
俺たちは石畳をのんびり歩きながら中央広場まで戻って来た。ここのクリスタルはオベリスクのようにそびえ立ち、そこには今まで転移転生した者たちの名前が刻まれていて死亡したら自動で消える──らしい。
「先輩」
少し前を歩いていた陽菜乃がくるりと俺に振り返った。ブロンドの長い髪が靡き、とびきりの笑顔に思わず見惚れてしまう。彼女がそこにいるだけで奇跡とも思えるような──胸が締め付けられるのは何故なのだろう。
「これからはパーティーで動くことが多いので、二人の時間が少なくなっていきますよね」
「ん、ああ。団体行動になるからな」
「だから先に言っておきます」
風が吹き荒れ桜色の花びらが空に舞う。
まるで桜が舞い散っているような錯覚を覚えそうだ。
「私は、煌月先輩が異性として、好きです、大好きなんですよ」
「……は、な」
唐突に告白する陽菜乃に俺は衝撃を受けた。好意があるのは分かっていたし、俺のほうから告白すると言うのも、この世界に来てから伝えていたはずだ。
「どうして急に?」と困惑する中、陽菜乃は力強く笑う。
「煌月先輩を好きになったのは、単に助けてくれたからじゃないですよ。むしろ助けてくれた後ずっと傍で支えてくれたからです。私は、先輩と、その、恋人……関係になりたい。だから引き続き、他の女の子への牽制はバンバンしていくつもりです!」
「陽菜乃」
陽菜乃からの告白めいたことはあったが、今までの軽い感じとは違う。
不意に黒髪の美女が目の前で――死ぬ映像が浮かび上がる。
「!?」
妙にリアルな映像に背筋がゾッとした。
ここでは何が起こるか分からない。
三カ月先とか生活が安定してからとか、そうやって気持ちを伝えなかったことを後悔するのは──嫌だ。明日も陽菜乃の笑顔が当たり前に見られるなんて保証はどこにもない。
「とりあえず、パーティーメンバーに先輩を狙っている女子がいなくてよかったです!」
「……陽菜乃、もしかしてその為にジャックを引き入れたんじゃ?」
「…………ソンナコトナイデス」
陽菜乃は途端にカタコトになるし、プイッと視線を逸らす。あからさま過ぎるのだが、その仕草も可愛らしい。別に陽菜乃が警戒することでもないのだが。
「むしろ俺のほうが男所帯になって、陽菜乃に惚れないか――いや、何か大丈夫そうな気がする」
「私よりも先輩のほうが二人とも懐いているように思います」
「え、それはちょっと……」
男に好かれる趣味はない。陽菜乃は「でも先輩は人誑しだから」と言う。そういうのは姉だろう――と思いながらも口にはしなかった。
「俺も陽菜乃のこと、好きだぞ」
「!」
気が抜けていたのか、思わぬ本心が自分の中からポロッと出てしまった。陽菜乃は瞬きを何度かした次の瞬間、ぼん、と赤面する。俺は可愛いと思いながらも、自分の口にした言葉を
反芻し頬に熱が集中する。
「「…………」」
お互いに無言で歩きながら、どちらともなく手を繋いで歩き出す。
ここで何とも行き当たりばったりな告白(?)に、これは恋人になったのだろうか、と考えが過った。
通常は告白に対して返事をして付き合う――という流れになるのだが、これはどうなのか。
(――なんて、陽菜乃に聞けるか! もし『俺たち付き合っているよな?』なんて不安げに言ったら失望される、あるいは『私はそう思っていたのに、先輩は違うんですか?』とか言って悲しい顔する可能性が高い!)
何となく雰囲気で手を繋いでしまったが、これは両思いかつ恋人判定だと浮かれたい。考えろ、俺。この状況下で陽菜乃を悲しませずに、恋人だと確定する方法を!
いつもの冷静な自分だったら、くだらないことに思考を巡らせている場合ではないのでは――と思うのだが、そこは恋人になったかもしれないという状況に、すでに浮かれていた。
「煌月先輩?」
「(ああああーー、ダメだ。何も思い浮かばない。こうなったら……)ち、ちゃんとしたのは改めて贈るとして、……指輪を買いに行かない……か?」
「指輪っ!? え、ええ!? 良いんですか! 今からやっぱり無しって言ってもダメですよ!」
陽菜乃は驚いてはいたが、目を輝かせているので正解を引き当てたようだ。やっぱり指輪は偉大だ。
「ああ。陽菜乃を狙っている奴が多いから、ちゃんとアピールをするのは大事……だろ?」
「先輩と恋人、アピール……!」
陽菜乃の許容範囲が超えたようで、真っ赤になりながらも何度も頷いた。
それから行き先を防具屋に変えて歩き出す。陽菜乃は繋いだ手をブンブンと揺らして全身で喜びを感じていた。
彼女の手はほっそりとして温かい。お世辞にもかっこいいとは言えない告白だったが、このタイミングで告白ができてよかったと心から思った。
***
それから一週間が目まぐるしく過ぎた。
主にギルド会館での訓練と防具やアイテム知識を頭に詰め込む日々が続いた。その過程で鍛冶師クスノキと出会い「ハーレム誕生か?」とジャックに嫌味を言われたのはまた別の話──というか、ハーレム展開などという事実はない。終始、クスノキと陽菜乃が笑顔で、武器交渉において火花を散らしていただけだ。きっと、そうに違いない。
そして今日、瀧月朗がパーティーメンバーに加わって初クエストとなる。ちなみに初顔合わせの時に決めたパーティーメンバーの指針は『命を大事に、仲間を信頼し、レベルを上げる』となった。中にはレベル上げのみを目的とした連中もいるらしいので、そう考えると俺たちの指針は緩いかもしれない。