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第10話 天才と凡人

 陽菜乃のエールに答えて頑張った結果、レベル1から5に上がっていた。どうやらクエストをしなくてもレベル自体は上がるようだ。もっとも冒険者ギルドのFランクはクエストをこなさなければ当然階級は上がらない。


 アイテム・ストレージからフェイスタオルをとって汗を拭う。ついでに水筒に入れてきた水を飲んで一息ついた。それを待ってから陽菜乃は魔法使い用の杖をアイテム・ストレージから取り出す。シンプルな樹木を削って作り上げた一メートルぐらいのもので、ルーン文字に似た幾何学模様と緋色の宝石が添えられている。

 黒い外套と相まって、まさに魔法使いが持つにふさわしい杖だ。


(他人がアイテム・ストレージを使う時は、片手が別空間に消えるように見えるんだな)

「じゃあ、次は私の番ですね!」

「ああ。遠距離魔法と支援魔法の二種類とは聞いたけれど、具体的にどんな魔法なんだ?」

「それが……ほぼ全部の魔法を使えそうなのです」

「…………は?」


 確か講義では四大精霊の火、風、水、土と光と闇を入れた六属性があるとか。時魔法など特殊な魔法もあるはあるが、それはユニークスキルやそれ以上のクリエイティブスキルの所有者のみだったはずだ。


「先輩、色んな魔法を出してみたいので、それを斬ってもらっても良いですか?」

「いやいや。俺の剣は魔法を斬るような性能はないぞ」

「大丈夫です! 私が支援魔法で無効化魔法リジェストを剣に掛けるので大丈夫です!」

「(何故だろう。そこはかとなく嫌な予感しかしない)……あー、なんだ、その。的を用意すれば俺が対応しなくてもいいんじゃないか?」


 何故初日に俺は魔法使いとガチバトルをする羽目になっているのだろう。模擬戦をすることは想定していたが、陽菜乃の発言からして結構本気で来る気しかない。そう思い、早めに別の提案をしたのだが――。


「そんなのダメです! 正面から魔法をぶった切る先輩が見られないじゃないですか!」

「本来の目的と脱線しているから却下だ」

「そ、そんなことないです! ええっと、魔法攻撃は確か経験値が倍になるって言っていました!」

「よし、今すぐやろう!」

「はい! さすが先輩です」


 この後の展開を知っているなら、自分で自分を殴ってでも止めたと思う。俺の中ではもっとこう、ラブラブまでは行かなくとも「いっくぞ~」「きゃっ、もう先輩ったら」みたいな甘い展開もちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ期待していた。


 ――が、陽菜乃は怪我をするまではバリバリの体育会系で、アスリート顔負けのストイックさも持っていたことを失念していたのだ。


炎乃フレイム多轟玉ボール!」

「!?」


 陽菜乃の頭上に野球ボール並の炎の玉が多数具現化し、襲いかかる。俺は剣を構え直し、襲い来る熱気に耐え剣を振りかざした。


(これ、訓練よりもハードじゃないか?)


 視界が赤く染めて――強烈な炎が肉迫する。猛火で炎の粉に火傷を覚悟したが、陽菜乃の魔法防御が発動しているのか痛みは無かった。だからこそ、《観察眼》を使って適格に炎の玉の核を真っ二つにする。

 もっとも一つが上手くいったからと言って、二つ目、三つ目は目で追えても、体が対応しきれない。結果、直撃。

 ではなく寸前で魔法壁が展開し、直撃は防いだが、その衝撃までは相殺出来ず吹き飛ばされる。

 轟っ――爆煙に衝撃によって俺の意識は吹き飛んだ。何という威力。視界の端に緑の横棒が少し削れるのが見えた。

 これだから努力する天才は厄介なんだ。


 ここでそのまま意識が飛んでいれば良かったのだが、陽菜乃の回復魔法と状態麻痺の解除などの支援魔法によって、このむちゃくちゃな模擬戦は続行となった。傷ついても自動回復するとは言っても、ガチで精神が削れる。

 肉迫する炎の玉に慣れてくると、今度は凍てついた氷の矢だ。速度が段違いだし少しでも掠っただけで、その冷気に体が強張る。

 切れ切れの意識を何とか保ち、攻撃を弾く。

 槍が飛んできたときは流石に避けたが、直撃を避けただけで足を貫かれた。


「ぐっ――」


 鈍い痛みが回復魔法ですぐに治癒する。だが一度痛みが走った肉体はすぐに治癒しても感覚が残り美味く体が動けない。

 結果、動きが鈍く、単純な攻撃にも防ぐのが難しくなった。すでに三十分ほどこの状態が続いている。

 なんの罰ゲームいや、生きるか死ぬかの戦いに近い。陽菜乃から敵意や殺意はない――が、何か追い詰められたような、強張った顔をしていた。


(この世界は魔王が統治して三百年、平和だった。魔物の出現や|黒魔獣《ベスティー》というAクラスの魔物の出現に、何か思うところでもあるのか?)


 陽菜乃の言動はどう考えても、今後争いがある――あるいはレベルを上げていく必要があると確信を持っているようなそんな気がした。だからこそ少し過激な修行をしようと考えているとしたら、この模擬戦にも何となくわかる。


(――わかるが、そろそろ……攻撃を躱す気力が……)


 そして限界は唐突にきた。意識が遠のき――視界がブツリと消えたのだ。



 ***



『──クリエイティブスキル、《■■乃息吹》をしゅうとくしました! 実行しますか? ただこれをすると■■■が一時的にダウンします。でも、実行ぅ~しますぅ! わーい♪』


 機械音声なのに、どこか子供のような幼い声で、俺に問いかけて来たくせに自己完結していた。「一体何のスキルだ?」と問いかけようとしたが、それは叶わなかった。



 ***



「先輩! 気付いたんですね!」

「ん? (意識が飛んでいた? ……ハッ、これはまさか!)」


 目が覚めると、素晴らしい形の胸の谷間が見え――心配そうな顔をしていた陽菜乃が視界に飛び込んできた。これはどう考えても膝枕だと察し、一瞬起き上がるかどうか躊躇ってしまう。


「煌月先輩、すみません。先輩の正面から魔法を切り裂く姿がかっこよすぎて、思った以上に速度を上げてしまったみたいです」

「いや、俺も油断していた。……にしても部活動をしていた時に顔つきがもどったな」

「え?」

「結構ストイックというか妥協を許さないって感じというか、鬼気迫るのが似ているって思ったのさ」

「……」


 僅かな沈黙。

 陽菜乃は木陰の下まで俺を運んでくれたようだ。緑の芝生が風で揺れて、青い空と白い雲が遠くに見える。それだけなら元の世界に戻ったかのように思うだろうが、ドラゴンのような飛行物体が悠々と飛んでいるのを見て、「ああここは異世界なんだ」と改めて思う。

 陽菜乃は何処か遠くを見て、口元を綻ばせた。


「……中学生の頃から結果を出さなきゃ特待生の内定が取り消される、高校に入っても特待生を維持できなきゃ実家に戻される──そう言う恐怖や不安ばかりでした。がむしゃらに自分を鍛え、いえ──いじめ抜いていた気がします」


 それは今だからこそできる「客観視」というやつなのだろう。自分がいっぱいいっぱいな時は、だいたいそうだ。


「でも、先輩が偶然タオルを貸してくれた時に、……その頭を撫でてもらったことが嬉しくて、頑張っていることを褒めて貰ったような、認めた貰った気がして……少し安心したんです」

「……撫でたというか、頭にタオルを被せただけ……だったと思うぞ。いくら何でも初対面の後輩に誰彼構わずに頭は撫でない……」

「ふふっ、そう言うことにしておきましょう!」


 膝枕という最高のシチュエーションをもう少し堪能したかったが、陽菜乃と目線を合わせたかったので起き上がることにした。胡座をかいて向き直る。


「陽菜乃、無理はしてないか? 昨日、色々聞いたけれど、それ以外に悩んでいることがあったら話して欲しい。もちろん、陽菜乃が話したいと思ったときで良い。ただ、俺にだけは甘えていいし、面倒を押しつけてもいいからな」

「――っ、はい」


 この時、陽菜乃はボロボロ泣き出すばかりで、その理由を教えてはくれなかった。だから俺は異世界で緊張していたから、とかそれらしい理由で聞き逃した。

 陽菜乃を泣き止ませることで精一杯だったのもある。


 もし、この時に、陽菜乃が泣いている理由を言及していれば――この先の未来は、どのぐらい変わったのだろう。

 けれどそれを俺が気付くのは、もっとずっと、後だ。


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