食事を終えて、風呂も済ませて「さあ、寝よう!」となったのだが――。
「ええ!? どうして隣で寝てくれないのですか!」
「一緒に居るとは言ったが、一緒のベッドで寝るとは言っていない」
「襲ってくれちゃっても良いですからね!?」
「フラグを立てようとしても折るだけだぞ」
「先輩の意地悪! 意気地無し! 知らない間に惚れられているし!」
「最後のは俺のせいじゃないと思うんだが? ……ほら、眠るまで手を握ってやるから」
「先輩は私のことを妹のようにしか思ってないとか?」
「それはない」
「即答……。じゃ、じゃあ……こ」
「陽菜乃」
俺は陽菜乃の柔らかな手を掴んだまま、言葉を遮った。陽菜乃は俺と恋人になることに焦っていて、俺は恋人になることに躊躇っている。それは俺が煮え切らない反応をし続けて、先送りにしてきたから――。
「三ヵ月待ってくれ。陽菜乃が恋人になることに不満はないし、俺には勿体ないほど魅力的だって思っている。けれど俺自身、
「私と一緒にいると……先輩は……幸福!」
ぼぼぼっ、と陽菜乃の顔が一瞬で真っ赤になって、口元がモニョモニョしているではないか。何だ、この可愛さ。世界一いや、宇宙一可愛い。
「だいたい俺は陽菜乃以外と家庭を持つつもりも、付き合うつもりもないから安心しろ(――まずったな。もう少し前から、しっかり言っておくべきだった)」
「告白どころかプロポーズ……それって、もう言っちゃっているような……」
「しっかり伝えていなかった俺の落ち度だ。今後は好きだという気持ちを率直に言っていく」
「せ、先輩っ……」
俺の中ではかなり頑張ったほうだと思うのだが、陽菜乃は顔を真っ赤にして目を潤ませているではないか。
自分なりに陽菜乃への思いを率直に伝えようと言葉を続ける。
「今も愛くるしい子ウサギのように目を潤ませて、可愛すぎるだろう。だいたい陽菜乃はもう少し自分が可愛いということを自覚したほうが良い」
「うにゅ」
「ほら耳まで真っ赤にして可愛すぎる。世界いや宇宙一可愛い」
「……っ、先輩。破廉恥!」
陽菜乃は恥ずかしさのあまり、近くにあった枕を俺の顔面に投げつけてきた。そう言う所も可愛いのだが、やはり「可愛い」とあまり言ってこなかったせいで、真っ赤だ。
そんな初心なところもグッとくる。
(まあ、外でこんな風に可愛い顔をするのを誰にも見せたくないし、実家だと両親が煩いから機会が無かったんだよな)
「真剣に言うからインパクトがすごい……。その笑顔でやってみたらこう、もっと耐性が付くかもしれません?」
「笑顔……。こうか?」
ふっと、力を抜いて口端を吊り上げる。大好きな陽菜乃を思って、声もできるだけ思を乗せて――。
「陽菜乃は可愛い」
「ふきゅう……」
「陽菜乃!?」
残念だが失敗したようだ。陽菜乃は俺の邪悪な笑みで卒倒してしまったようだ。可哀想に、高熱を出した時のようにぐったりとしている。
ベッドの上で良かったと、彼女を横に寝かせて布団を掛けてやった。
(寝顔まで可愛いとか天使かよ)
「んん……」
布団の中で陽菜乃はもぞもぞと寝返りを打っては、手を伸ばして何かを探していた。俺は手を掴んで安心させてやる。
「大丈夫だ、俺はいなくなったりしないから」
陽菜乃は一人で寝るのが怖いという。目を覚ましたら、大切な人がいなくなるかもしれないと思ってしまうのだろう。
(出会った頃は酷い顔をして、無理して笑おうとしていたな。俺が陽菜乃を幸せにする、じゃなくて一緒に幸せになりたい。……だから、その勇気が踏ん切りが付くまで、もう少しだけ待っていてくれ)
***
翌日。
俺と陽菜乃は朝食後、訓練には参加せずにレベルが上がるかどうか試すため、村の奧にある修練所に向かうことにした。
俺は白のチュニックに黒のズボン、皮のロングブーツとかなり軽装だ。武器は村の中なのでアイテム・ストレージに格納している。
陽菜乃は白のブラウスに、紺色の膝丈ほどのスカート姿だ。焦げ茶の革靴を履き、黒い外套を羽織っている。外套が魔法使いっぽさがあって可愛らしい。
訓練は戦い方の基礎を教えて貰う場だが、修練所は訓練時間外や自主練などのために設けられた施設の一つだ。入り口は公民館に似ていて、冒険者登録証であるネームプレートを装備していれば自由に出入りができる。この辺りもゲームっぽい。
修練場は全部で十五カ所あり、その中で空いている場所をステータス画面で選択する。森の広場の空間に転移してした。
「おー、思っていたよりも開けた場所なんだな」
「みたいですね! あ、でも一定の距離事に多重結界を施しているので、魔法攻撃がこっちに飛んできても弾いてくれるみたいです」
「へー」
俺は目を凝らして《鑑定眼》を使ってみた。少し意識することで発動するらしく、視界に数式や幾何学模様が出た後で、結界と思われる円状の魔法陣が可視化する。
(おお! 何かすごいな。これ人相手ならどうなる――)
興味本位で隣にいる陽菜乃を見てみたら、PC画面がシステム障害を起こしたかのように視界が歪んだ。ほんの一瞬だったが、立ち眩みし掛けた。
「煌月先輩?」
「ん、ああ。大丈夫だ」
改めて陽菜乃を見ると普段と変わらない愛らしい姿だ。ただ――バスト93・ウエスト60・ヒップ87という恐ろしい数値が表示された。
なんて恐ろしいスキルなのだろう。俺が戦慄したのは言うまでもない。
「(……にしても、ステータス画面といい陽菜乃は俺のような見る者から守るようなスキルでもあるのか?)なあ、陽菜乃のユニークスキルって何だったっけ?」
「言っていませんでしたか? 《|絶対《パーフェクト》
「あー、なるほど。(俺の《鑑定眼》が|却下《リジェクト》されたのは、《|絶対《パーフェクト》|加護《プロテクション》》の影響ってことか。スキルがぶつかる場合はより、スキル熟練度やレベルによって変わる感じなのか?)」
そんなことを考えつつ、訓練で習った《技》を使ってみる。肉体が記憶した
この攻撃の技は型を一定数繰り返して肉体が記憶すると使えるようになる。威力や技の速さなどは個々人によって異なるが、ある程度努力すれば力が身につくという有り難いシステムのようだ。
(そもそも魔王と勇者として代理戦争させられていたんだ、このぐらいのスキル習得がないと即戦力にならないもんな)
意外と合理性がある。
俺が覚えたのは相手の方から逆側の腰に向かって刃を振り下ろす《袈裟斬り》と、両手で強く突く《諸手刺突》、敵の首または銅を狙っての右から左に斬る《一文字斬り》だ。
その動きを何度か陽菜乃に見せた。技のタイミングに合わせて後方支援の魔法攻撃、あるいは支援魔法をするという。
「先輩の動きが格好よすぎる……」
「陽菜乃さん、陽菜乃さん!? この一連の型をもう二十回は見せていて結構息も上がってきたんで、見惚れている場合じゃないのだけれど!?」
「煌月先輩の型なら、何時間でも見ていられます。あとちょっと良い感じにチュニックが捲れて良い感じに腹筋が見えれば完璧です……」
「目的が変わってきているだろうが!」
ちなみに陽菜乃のアンコールに応えて、あと三十分も型の連動を見せる羽目になった。いやだって「格好いい」とか「惚れちゃう! もう惚れているけれど」とか好きな子に言われたら頑張ってしまうのが優良男子というものだ。