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勇魔転移転生 〜勇者の骸の上で魔王は幸福な夢を描く〜
あさぎかな
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年08月27日
公開日
35,963文字
連載中
 身内の不幸続きのトラウマのせいで夜崎煌月(やざきこうが)は、一つ下の後輩、朝霧陽菜乃(あさぎりひなの)に告白する機会を逃していた。来年の卒業式までに……と思っていた矢先、煌月と陽菜乃は異世界召喚により転移転生させられて、見た目はあまり変わらないものの(約一名を除いて)、種族が変わってしまう。お約束の魔王討伐やら代理戦争などがあるかと思えば、『ごめん事故ですぅ。元の世界にも帰れません』と、冒険者ギルドマスターダリアから聞かされ、拍子抜けしてしまう。
 HPやMPの横棒の表示や、ステータス画面、魔法にスキルなどゲーム要素がふんだんに使われており、ゲーマーやファンタジー好きには夢のような世界だと、煌月は幸福になることへのトラウマを抱えつつも、目の前の冒険に心躍っていた。

 そしてこの世界の統治者は魔王だと言い出す。生活水準問題も高く、魔王も元異世界人だと聞かされ、ひとまず異世界での生活方針を陽菜乃と一緒に決める。

煌月と陽菜乃は生計を立てるため冒険者になって、異世界生活を満喫しようとしたのだが、煌月だけステータス画面のバグやレベル速度が遅くなるなどのトラブルに続き、魔物の活性化、Aランク級の黒魔獣たちが町や村を襲撃、スローライフから一変、過酷な戦いに巻き込まれる。

煌月は自分の本来の力と、ステータスのバクが何を意味していたのか、この世界の真実に手が届き──。

ほのぼのとシリアスの落差あり。
謎解き、サスペンス要素あり。後輩とのラブコメからギャグまで詰め込んだ異世界ほのぼのありつつややダーク?ファンタジー

サブタイトルを変更しました・:*+.\(( °ω° ))/.:+
旧)勇魔転移転生 〜魔王領地でのんびり冒険ライフを送るつもりが最強に至る理由ができました。成り上がり上等〜




第1話 ありふれた日常から

 勇者が死んだ。


 長く艶のある黒髪、すらっとした体、目が眩みそうな美女だった。

 仲間に裏切られ、首を切られた彼女は――混じりけのない美しい赤銅色の鮮血を花火のように飛び散らせて絶命した。

 彼女の名を叫ぶ。


 自分が勇者の敵である魔王だったとしても、彼女の死は、彼女だけの死は受け入れられなかった。


 だがら魔王は――■■■を■■■と思った。



 ***



 西暦2023年10月初旬。

 今日も俺の世界は相変わらず平和だ。

 銀杏の葉が道路を覆って、黄色い絨毯のようだ。

 いつもの待ち時間が長い信号機。

 どこからともなく聞こえる四時を知らせる町内放送のメロディーは、いつもと変わらない。


 それなのに、なぜかその日見た夢が強烈的だったのに、全く思い出せなかった。それが妙に気持ち悪くて、授業内容や友人とのやりとりなどの記憶も朧気だ。

 これは俺が不真面目という訳ではなく、「今日に限って」と言うことだけは補足しておこう。


煌月こうが先輩?」

「ん? あー、不思議な夢を見た気がするんだが、起きたら思い出せなくてな。陽菜乃ひなのは、そう言うことってあるか?」

「うーん? そもそも夢を覚えていることが少ないので、分からないです。あ、でもでも先輩が出てくる夢なら、いつでもwelcomeウエルカムです」

「それは光栄だな」

「エヘヘ、あ。煌月先輩、空を見てください! 『逢魔が時』って、こんな時間を言うんですかね?」

(相変わらず突拍子もないことを言い出す奴だ。……まあ、それに可愛いのだけれど)


 学校の帰り道、朝鳥陽菜乃の言葉に俺は空を仰ぎ見る。

 彼女の言葉通り赤紫色の空は、ほんの数分待てば宵の帳が降りるだろう。


「まあ、そうだな」


 俺は空よりも隣を歩く彼女の横顔を見ていた。

 今日も今日とて表情が目まぐるしく変化する。微笑ましくも愛おしい。


 一つ下の朝霧陽菜乃あさぎりひなのと出会ったのは、彼女が高校一年で、俺が二年の時だ。

 陽菜乃は長い黒髪に、美しい卵形の顔。細い肩に華奢な体で、紺のブレザー制服がよく似合っていた。顔色も出会った頃に比べれば、かなりよくなっただろう。


(出会いが病院だったからな。あれから一年以上経つのか……)

「先輩、また夢のことで悩んでいるのですか?」

「いや、陽菜乃と出会った頃を少し思い出していた」

「それって土砂降りの雨の日、私の下着が透けていた時の話です?」

「そうそう、陽菜乃の下着が――って、違う! お前と出会ったのは、一年前の病院だっただろう?」


 途中までとんでもないことを口走ったが、慌てて訂正する。しかし陽菜乃は頬を膨らませて、俺の言葉に反論してきた。


「あー、先輩。私が中学三年の時に、タオルと傘を貸してくれたこと覚えてないんですね!」


 そんなことあっただろうか。心当たりがありすぎて分からない。

 そもそも陽菜乃が中学三年ということは、俺が高校一年の頃だ。あの時は、まだ今ほど偽善活動などしてなかった――はず。


 偽善活動を始めたのも、姉が交通事故で意識不明になった一年と少し前だった。何もできないことが歯がゆくて、姉の代わりに困っている人に手を貸す偽善活動を始めた。


「あの時から私、先輩にたくさん貰ってばかりなのですよ」

「へえー。それは知らなかった」

「私の中で先輩は、それぐらいスゴイ人なのです!」


「そんな高尚な存在ではない」と言いたかったが、陽菜乃のキラキラと輝かせた眼差しに負けて黙った。

 俺を好いていてくれているが、俺と陽菜乃は恋人ではない。友達以上恋人未満かつ、訳あって俺の実家で保護下という形で、一緒に暮らしている。


 ほぼ同棲のような感じだし、陽菜乃のような美人に好かれるのは嬉しいし、正直言ってメチャクチャ恋人になってほしい。

 いやすでに胃袋は掴まれているので、嫁に来てほしい!

 そんな夢を描きながらも、恋人になっていないのは、姉の死によって『幸せになったら不幸になる』という強迫観念が、より強かったからでもある。


(来年の三月には卒業だ。それまでに告白……いやプロポーズ? 結婚を前提に? いやいきなりは重すぎるか? とにかく桜が咲くまでに……)


 ふと樹齢三百年と近所でも評判の桜の木が視界に入り、その傍にある交番の掲示板が目に留まった。《行方不明者に関する情報提供》と書かれた文字を読んで、最近ニュースになっている《全国無差別行方不明事件》を思い出す。


 家出、失踪、行方不明。

 いなくなったことが明確な場合、状況によってこの三つに分類されるという。

 家出は自発的に行方をくらました事を指し、分かりやすいのは身の回りの衣服や持ち物が消えていた場合だ。


 次に失踪は姿を消す理由、原因が明確になっている場合に該当する。

 しかし行方不明はいなくなる原因や動機、行き先に関する情報がない場合を意味する。普通なら何らかの事故や事件に巻き込まれた可能性を考えるが、陽菜乃は「《神隠し》にあったのかもしれません」という非現実的で、それこそ選択肢から真っ先に除外される仮説を口にする。確かにマンガやアニメでは転移転生ものは流行っているが、現実的にあり得ない。


 もっとも陽菜乃の《神隠し》云々は、彼女の曾祖父の残した民俗学などの書物の影響によるものが大きいが、それだけでもない。


 曰く『居なくなったのは、パワースポットと呼ばれる場所付近だということ』

 曰く『一人ではなく必ず二人居なくなる』


 とまあ、学校でも《神隠し》の噂が浸透している。訳が分からないものに原因をつけることで、俺たちは安心したいのかもしれない。

「分からない」というのは案外怖いものだ。


 特にこの《全国無差別行方不明事件》の被害者数は百を超える勢いらしい。

 不可解な点は噂になっている通り『』こと、また友人、兄妹、親子、祖父と孫、夫婦、恋人と年齢も職業もバラバラだったが周囲からも『仲がいい』と評判だった二人だということだ。

 犯行目的、動機、複数犯なのか組織なるものなのか──全て不明。


「また行方不明者が増えていますね」


 視線の先にあった交番を見ていたのを陽菜乃は気付いたのか、笑顔を曇らせる。


「ああ。……前にお前が言った《神隠しの噂》もあることだし、警戒しておくのは大事だな」

「ですよね!」

「だから明日からは、別々に帰るぞ」

「なんでそうなるんですか!」


 陽菜乃は、この世の終わりと言わんばかりに悲痛な声を上げる。


「いや、仲がいい二人認定されるだろう?」

「仲のいい! それは……そうですけど、先輩と一緒に登下校したい……」


 最後のほうはごにょごにょと呟く。陽菜乃の頬が少し赤いのは、夕暮れのせいだけじゃなさそうだ。それが嬉しくて少し照れくさい。


「でも、安全第一ですし……。うーん、あ。じゃあ、先輩。今日ぐらいは手を繋いで帰ってもいいですよね!」

「え、な、どうしてそうなった!?」


 まごつく俺の手を引いて歩き出す陽菜乃がやたら頼もしい。一見強引に見えて、俺を気遣ってくれるところも惹かれた理由の一つだ。なんだ、この天使。


「私、先輩の何気ない気遣いとか、今までのこととか全部含めて全部好きですから!」

「! 俺は……」


 夕闇が空を覆い、街灯が足元を照らす。

 この時、先ほどまで話題にしていた《神隠し》を少しでも信じていたら、何か変わっていただろうか。


 逢魔が時──魔物や妖怪が遭遇する怪しい時間、その意味を俺と陽菜乃は体感することとなる。

 空気が変わり嫌な予感がした。

 どっと汗が噴き出す。


「陽菜乃」


 俺は陽菜乃の手を引いて止まった。


「先輩?」

「――っひな」


 引き返そうとしたが──遅かった。

 唐突に、あるいは待ち焦がれたと言わんばかりに空気が凍り、何重という鈴の音を皮切りに、俺と陽菜乃は眩い光に包まれ──意識はそこでプツリと途切れた。


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