そして五年後、先王の崩御に伴って王太子レオが新国王として即位した。それから数か月が過ぎた頃、フィッツジェラルドも突然の病で世を去った。
養父の葬儀を済ませたローレンスが正式に家業を継いでほどなく、国王レオ三世から宮中に参内するようにとの報せが届いた。
レオのローレンスを見る目は子供の頃と変わらず優しいままであったが、国王と臣下として割り切ったビジネスの会話ができるだけの冷静さも持ち合わせるようになっていたことにローレンスは安堵した。
国王からの報せを持ってきたのは既に先代のモルダー医師から家督を譲られていたコンスタンティンだった。
モルダー医師はまだ存命だったが、妻の実家がある田舎で隠居生活を送っていた。宮中の裏医者の職はコンスタンティンが引き継いだ。
「ということは、コンスタンティン先生はご存知だったのですか? ローレンス様と国王陛下の関係を?」
「コンスタンティンか……あいつは食わせ者で、もうずっと前から国王陛下の連絡係に収まっていたようだ。仕事柄、俺より宮廷のゴタゴタに詳しいから重宝されてたんだろう」
「そうだったのですか」
「大体面倒な話しか持ってこないから、あいつから王宮へ行って来たと言われると気が滅入る」
「でも大切なお友達なのでしょう?」
ローレンスが横目でリリアーヌをちらりと見た。
「赤ん坊の頃からの付き合いで、お互い裏の稼業なんて因果なことをやっているから、友達であり同志だな。……ただ俺の仕事に絡むのは金と欲だけだから割り切るのも簡単だが、コンスタンティンは命のやり取りをしている。あいつのほうが背負うものは大きいだろう。だから酒に逃げてるんだろうが、どうしてやることもできんのが辛い」
そして大きな溜息をつくと、数日ぶりにリリアーヌを正面から見つめた。
「さて」
「はい」
「俺の話はこれで全部だ」
「本当に?」
「ああ」
それを聞いたリリアーヌはローレンスから少し離れて座り直すと言った。
「ローレンス様」
「何だ?」
「……
「……良いよ。好きなだけ殴ってくれ」
「では、遠慮なく」
リリアーヌは立ち上がって息を吸い込むと、ローレンスの頬を軽く打った。ローレンスは顔を背けて目を閉じた。
「……親父に張り飛ばされた時より痛いな」
「そうですか」
「もういいのか?」
「もう十分です」
そう答えるとリリアーヌは元の位置に腰掛け、再びローレンスの手を取って、ゆっくりと話しかけた。
「貴方は……ご自分を恥じていらっしゃるのですね。罪を背負って産まれて来た子だと。だから貴方の口からは話せなかった」
「……産まれて来たのが正しかったのかと思うことはある」
「なぜ?」
「俺が産まれて来なければ誰も不幸にならなかったからだ」
ローレンスは言葉を探して暫く沈黙していたが、リリアーヌは辛抱強く待った。少し風が吹いて、針葉樹の枝にかかった雪がひそやかな音を立てて落ちた。
どれくらい時間が過ぎただろうか、ようやくローレンスが口を開いた。
「時々……年に一度か二度、同じ夢を見る。母の夢だ。ろくに顔も覚えていないのに、その夢の中でははっきり母だと分かる。母はいつもここに座っている。俺に気づくと、母は俺の名を呼ぶ。でも俺が近づいて母の手に触れると、その手は冷たくて硬い。棺の中で触れた手と同じだ。母の顔を見ると、無表情で涙を流している。そこで目が覚める」
「……」
「俺は全身に冷汗をかいて飛び起きる。そこからはもうどうやっても眠れない。だから暗闇の中で考える。……俺を身ごもらなければ、母は十七で死ぬこともなかった。王に身体を
「それから?」
「俺がいなければ、母は品物のように父に下げ渡されることもなかった。精神を病むほどの難産に苦しんで俺を産み落とす必要もなかった。親父も愛してもいない小娘をある日突然妻に娶る必要もなかった。男手一つで他人の息子を育てる必要もなかった。アランだってそうだ。俺を監視して殺すためだけにずっとこの屋敷に縛られてきた。あの時母の胎内に俺が宿りさえしなければ、皆もっとましな人生があったのに」
吐き出すように一気に話したローレンスが沈黙すると、リリアーヌはローレンスに近寄って、ふわりとその頭を胸に抱いた。まるで母親が息子を慈しむかのように。
「ずっと苦しんでいらしたのですね。お父上の……先王様の犯した罪の償いを、皆、幼い貴方ひとりに押し付けたのね」
「……う……」
「でも、わたくしは貴方がこの世に産まれて来て下さって、本当に嬉しいのよ? それをお忘れではなくて?」
「ぅ……あ……ぁ……」
リリアーヌはローレンスの髪に手を差し入れ、愛おしそうに
「もうご自分を
「リリアーヌ……お……れは……」
「泣いても良いのですよ。以前同じようにわたくしを泣かせて下さったでしょう。今度はわたくしが貴方の悲しみを引き受ける番ですわ」
静まり返った裏庭に、ローレンスのすすり泣きだけが響いた。