気がつくと、二人がこの部屋に案内されてからかなりの時間が経っていた。
「思いがけず長くなってしまったな。付き合わせてすまなかったね、リリアーヌ嬢」
レオの言葉にリリアーヌは頭を下げた。
「とんでもないことでございます、陛下。お話し下さって嬉しゅうございます。まだ自分の中で受け入れられるかどうかは分かりませんが……」
それを聞いたレオはうんうんと頷くと居住まいを正し、ローレンスに向き直った。
「さて、随分と遠回りをしたが、今日、二人に来てもらったのには訳がある」
「何でございましょう、陛下」
レオは息を吸い込むと、きっぱりとした声で言った。
「ローレンス・フィッツジェラルド。私はそなたを王族に加えようと思っている」
「何ですと!?」
窓ガラスが震えるほどの大声でローレンスが叫び、リリアーヌは思わずソファに座ったまま飛び上がった。
「陛下、正気ですか!?」
「こんなこと冗談で言える内容ではなかろう。もう一度言う、ローレンス、王族に加われ」
「お断りします」
ローレンスは即答した。だが王も負けてはいない。
「拒否するという選択肢はないぞ。これは王命だ。そなたを王弟として大公に叙する。よいな」
「兄上!」
思わず口をついて出たローレンスの兄上という言葉に、国王は心底嬉しそうな顔をした。
「お、やっと呼んでくれたな」
「……陛下、ご冗談もほどほどに。それから先の私の回答がお耳に届いていないようですから繰り返しますが、お断りいたします」
「まあそう言うな、弟よ」
レオが急に国王の顔になり、威厳に満ちた声で言った。
「これは王国のためにでもあるのだ」
「ですが」
「そなたも良く分かっているだろうが、今、王室に直系の王族は私と第一王子しかいない。二人の妹は既に他国に嫁いだ。愛妾を持てと吹き込んでくる輩もいるが、私は父と同じ道は歩みたくない」
「ですが」
「それに、私はそなたが宮廷でどう評されているか知っている。悪魔のような男だとか守銭奴の卑しい平民とか悪徳高利貸しだとか」
「全部、事実でございます」
「止めろ」
国王はいつになく厳しい声でローレンスが自分を卑下することを諫めた。
「私はそれが口惜しくて堪らんのだ。そなたとそなたの養父が今までどれだけ王国に貢献してくれたか、何も知らんくせに皆、勝手なことばかり言う……私は先王の身勝手な欲望に振り回されてもなお王国への忠誠を誓い続けているそなたに報いたい。誰にも
(王国への貢献? 何のことかしら……ローレンス様の事業のこと?)
リリアーヌはふと国王の言葉が心に引っかかったが、今は自分が口を挟むべきではないと思い、黙って二人のやり取りを聞いていた。
「陛下のお志は大変ありがたいのですが、私はやはり……陛下と私では生まれが違い過ぎます。正当な王妃様がお産みになった陛下と、読み書きもできない下働きが産んだ子には、天と地ほどの違いがあります。そのような人間が王室に入るなど、誰が納得しましょうか」
「情けないことを言うなローレンス。私とて、色々考えた。そなたが王弟になっても、それはそれでそなたには
レオの言葉は真剣そのものだった。
「……しかし、王太后様がご納得なさらないでしょう。それに議会も」
「いや、母上にはもうお話し申し上げた。もうずっと前から、母上は薄々気づいておられたようだ。父上の手前、大っぴらには口に出せなかったが、そなたに申し訳ないことをしたと……そなたの母が哀れだと言っておられた」
「……」
「どうだ、これでもまだ私の提案を受け入れてはくれないか?議会などなんとでもなる。手は考えている」
「……」
ローレンスは暫く窓の外の雲が動いていくのを眺めていたが、やがて静かにこう言った。
「少しお時間を。よくよく考えねばなりませぬ
「勿論だ。だがあまり長くは待てないぞ」
「心得ております」
そしてレオはリリアーヌのほうに向き直ると、その両手を握りしめて言った。
「リリアーヌ嬢、貴女にとっても大変な選択を強いていることは理解している。貴女も大公妃になるのだから、並大抵の覚悟では務まらん。だが、式の前にどうしても私の気持ちを知っておいて欲しかった。二人でよく話し合って、答えを出してほしい。そしてローレンスを導いてやってくれ。……頼んでも良いだろうか?」
「陛下……勿体ないお言葉でございます」
リリアーヌは涙ぐんで答えた。
「陛下、お一つお聞かせ下さい」
「何だ、ローレンス?」
「先程王命と仰いましたが、私にお断りする選択肢は残されているのでしょうかね?」
王はさあ、どうだろうと言った顔で答えた。
「うーん、よっぽどの理由であれば諦めるよ。
「恐れ入ります、陛下」
部屋のドアの前で手を振る国王にお辞儀をして、リリアーヌは長い廊下をもと来た道へ引き返した。