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第20話 例外

 アオが治癒スキルを習得したことで九人から成るパーティーの士気はおのずと高まった。


「レベルを十まで上げたんは正解やったな。全員が新しいスキルを覚えただけやなく、エニアドに治癒スキルがあるっちゅうことも確認できた。ほな、予定通りに鬼退治といこか」


 アラタは前もって決まっていた方針を示す口調で、号令をかけるように言い切った。

 勢い付いた九人は豚人を難なく倒しながら、下長者町通を百メートルほど西進した。

 九人を待ち構えるような前傾姿勢で立っている鬼が湧出しているエリアに踏み込んだヒジリが、素直な感想を口にした。


「うわー……初日にもう見てたけどさあ、これから戦うってなるとフツーに強そうなんだけど……」


 細身ながら必要な筋肉は発達したフェザー級のボクサーに近い体型の鬼は、武器の類いを持たないかわりに三本しかない指の先に鋭い爪を有している。


「まあ、泣き言いってても始まんないし、やっちゃおうか……! 放電!」


 ヒジリが発動した放電によって感電し、棒立ちとなった鬼をイツキが兜割で両断する。

 大量の血飛沫を撒き散らすエフェクトを残し霧散する鬼を見ながら、イツキが感想を口にした。


「見た目通りの攻撃特化タイプみたいだ。防御力っていうか身体の硬さなんかは豚人とそんなに変わらない」


 イェンリンが火炎球で鬼を火だるまにしながら、イツキの感想に同調する。


「みたいだね……当てさえすれば火炎球で充分。素早い攻撃だけ気を付ければ問題なさそう」


 調子を取り戻したヒジリが声を張った。


「どんどん倒しちゃえ! 放電!」


 ヒジリが狙いを定めて放電を発動させ、三体の鬼を同時に感電させる。

 動けない獲物と化した鬼を次々に兜割で両断したイツキは、感じた手応えを素直に口にした。


「経験値は百ちょっと。豚人の倍か……ちょうどいい感じのモンスターなのかもな」


 アオが治癒スキルを習得したことで意気が増した流れのまま、九人は鬼との戦闘に突入した。

 次々にスキルの餌食となって、燃えカスとなり、焦げカスとなり、両断され、射貫かれ、切り刻まれていく鬼。

 予想よりも順調に鬼を倒し続けた九人は、一時間ほどの戦闘でレベルを二つ上げ、全員がレベル十二となった。

 いつしか鬼との戦闘も単調なレベル上げのルーティンワークとなっていた。

 単調な作業はどこかに油断を生じさせ、油断は往々にして危機を招き入れる。

 ハルミがアスファルトのわずかな突起につまずいたタイミングと、イレギュラーな位置に鬼が湧出したタイミングとが禍々しく合致した。

 体勢を崩したハルミに非情の鬼が襲いかかる。


「ハルミさん!」


 不意に死と直面したハルミに気付いたイツキが、叫びながら駆け出す。


 ダメだ! 間に合わない! イツキが諦めに傾いた刹那。

 身を挺してハルミを庇ったのはテルヤだった。

 ハルミを狙う爪の軌道を逸らすために左の手刀を鬼の爪に打ち当てたテルヤが、ハルミと鬼の間に割って入る。

 その時、イツキはバグの発動を感知した。

 テルヤのバグであるキンマモンが発動すると同時に、五人のテルヤが鬼を取り囲む。

 イツキは眼前の光景に動揺した。

 キンマモンによる幻覚が、どうしてバグへの耐性を持つ自分にも見えているんだという困惑。

 たじろいだ鬼に五人のテルヤが一斉に影貫手を打ち込む。

 実体のテルヤが打ち込んだ影貫手によって左胸を貫かれた鬼が、虚を衝かれた姿勢のまま静かに霧散する。

 鬼が霧散した時には幻覚が解かれ、実体のテルヤだけが立っていた。


「お怪我はありませんか?」


 ハルミに安否を尋ねるテルヤは、いつものアルカイックスマイルを浮かべていた。


「はっ、はい。ありがとうございます……あっ!」


 テルヤの左手から血が滴り落ちていることに気付いたハルミが、蒼ざめて両手を口に当てる。


「大丈夫です。軽傷ですよ。パーティーにはヒーラーもいることですし、どうか気になさらず」


 ハルミに微笑みかけたテルヤのもとに、負傷に気付いたアオが駆け寄った。

 アオが癒やしの歌でテルヤの治療を始める。

 一連の流れをつぶさに見ていたアラタが、ゆっくりとテルヤに近付いた。


「今のはテルヤさんのバグ、確か……キンマモンゆうバグによる幻覚っちゅうわけですか」


 アラタの問い掛けにテルヤはアルカイックスマイルを崩さずに即答した。


「はい、そうです。バグによる幻覚がモンスターにも有効で助かりました」


 ふうと小さく息を漏らしたアラタが、頭を掻きながら提案を口にする。


「ちょいと場所を移しましょか……協議する必要が生じたっちゅう展開や思いますし」

「分かりました」


 テルヤは表情を変えることなく承諾した。

 九人で最短のルートを戻り、烏丸通に到着するとアラタが口を開いた。


「さてさて……ひとつ提案なんやけど、昨日の今日でアレなんは承知の上で……モンスターとの戦闘で有効なバグに限っては使ってもええっちゅうことにしたほうがええと思うんやけど」


 イツキにとってアラタの提案は想定内だった。バグの発動を解禁する可能性は既に考えていたし覚悟もしていた。

 早すぎるとは思ったが、アクシデントがきっかけでは防ぎようもないと諦観したイツキは、アラタに質問を投げ掛けた。


「モンスターとの戦闘に有効なバグというと、どのバグを想定してますか?」

「そこが悩みどこなんやけど……」


 アラタが腕組みして言いよどむのを見て、イェンリンが悩む様子もなく代わりに答えた。


「現時点で戦闘に有効だと判断できるのは、テルヤさんのキンマモンだけでしょうね」


 この事態は想定していたといった口調で答えたイェンリンに、イツキは同調してみることにした。


「任意の対象に幻視や幻聴を及ぼすキンマモンが、戦闘で役に立つことは実戦で証明されましたからね」


 ハルミが遠慮気味に右手をわずかに挙げてから発言した。


「……じゃあ、テルヤさんのバグだけは、例外として認めるというのはいかがでしょう、か……」


 アラタは腕組みをしたままで、うんうんと小さく首肯した。


「そやなあ……ほな、そうしよか。反対意見がなければ、やけど」


 反論は出ないという空気を代弁するように、ヒジリが軽い調子で提案した。


「決まりだね。ちょうどいいしさ、休憩にしよ?」

「そうするか」


 真っ先に賛成したイツキの胸中は複雑だった。

 エニアドが始まって二日目で出てしまった早過ぎる例外。特異な空間の中に特異な力を持つ九人が集まっている状況で、例外はこれからも必ず出てくると覚悟したイツキは、モンスターとの戦闘とは異なる質の疲労を感じた。


 烏丸通沿いの店内に置かれた観葉植物の量が過多な喫茶店に入ると、イツキとアラタで手分けしてコーヒーと紅茶を淹れた。


「なんかバタバタした感じはあるけど、とにかくアオさんがヒーラーになってよかったよねえ」


 ヒジリの明るい口調につられるように、ミツが機嫌のよい声で反応した。


「ほんま安心したわあ。こっからはアオさん中心にフォーメーション組んでかなあかんねえ」


 五人分のコーヒーを配りながらイツキが付け加えるように口を開く。


「ヒーラー不在のRPGだけはしたくなかったですからね」


 アラタはうんうんとうなずきながら四人分の紅茶を配った。


「そこは心底、同意するわ。回復系のスキルがあるとないとじゃ雲泥の差やからなあ」


 ヒーラーの出現を祝う空気の中で、テルヤがアオに質問した。


「癒やしの歌のMP消費はいかがでしたか?」


 アオは目線を天井にやって、暗算するような素振りのまま答えた。


「えーと……今のMPだと連続で六回使えるかどうか、ぐらいです」


 アオの返答を聞いたテルヤが納得した様子でうなずく。


「そうですか。やはり消費は大きいですね」


 アラタがチェアに腰掛けながら話の流れを少し変えるような疑問を口にする。


「ポーションとか薬草みたいな回復アイテムはないんかなあ……」


 イツキもチェアに腰掛けながら、アラタの疑問に小首をかしげる。


「んー……アイテムについては、あまり期待しないほうが……」


 イェンリンがクッキーに手を伸ばしながら愚痴をこぼす。


「香草ぐらいは、序盤のモンスターがドロップするかと思ったら、全然ドロップしないしねえ……」


 ヒジリが話の流れを戻すように口を開く。


「出てこないアイテムなんか今は忘れちゃっていいんじゃない? それより今はアオさんがヒーラーになったことをお祝いするべきじゃない?」


 ヒジリの言葉に共感したミツがすぐさま賛同した。


「そやねえ。ごもっともやわ、お祝いせな」

「でしょ。今夜は焼肉パーティーね。お祝い、お祝い!」


 ニカッと笑ったヒジリが無邪気な為政者の口調で言い切る。

 生身のRPGというデスゲームの最中にあって明るい空気を作ってしまうヒジリに感心しながら、イツキは視線をアオのほうに移した。

 ヒジリの言葉に笑顔をみせるアオを見て、根拠のない不安や質が異なる疲労すら軽減されるような気がしたイツキは、意外に自分は単純なのかもしれないと思った。

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