イツキが軽傷を負うアクシデントはあったが、エニアドという全く得体の知れないデスゲームでの初日を乗り越えた九人は、宿泊したホテル内のレストランに朝食を済ませるため集まった。
キッチンに入ると手早く使える食材を選び出し調理するアラタとイェンリン。朝から旺盛な食欲をみせてトーストやベーコンエッグを頬張るアオとヒジリ。黙々とサラダだけを口に運ぶときハルミ。
各々が無理に気を使うこともなく、ときおり笑い声も響く明るい雰囲気での朝食となった。
食後のコーヒーや紅茶でゆっくり食休みを取ってから、九人は昨日と同じように蛤御門から京都御苑に入り、小鬼を相手にした戦闘を始めた。
戦闘はすでにレベル上げのために行うルーティンワークとなっていた。小鬼から得られる経験値ではレベルもなかなか上がらず、レベルを一つ上げるのに約一時間を要した。
「そろそろ、次のモンスターに進まなければならない頃合いのようですね」
テルヤが全員の気持ちを代弁するように口を開くと、アラタがすぐさま首肯した。
「そですなあ……次は、豚人やったなあ。ちょいと覗いてみましょか」
おのずと九人のパーテイーで主導的な立場となったテルヤとアラタが示した考えに反論は出なかった。
「怖いのはやだけど、しょーがないよね。そーいうゲームなんだし」
ヒジリがパーティーの中で醸成されつつある、役割や立場といった空気を軽い口調で肯定する。
九人は京都御苑を出て烏丸通を渡り、滞在するホテルと
下長者町通にはそこかしこに豚人が湧出していた。
豚人は体長こそ一メートル半ほどで一メートルほどだった小鬼よりも大きく、その手に握る武器もナイフよりも凶悪に見える小振りな斧だったが、動作は小鬼よりも鈍かったためスキルの的として倒すのは容易だった。
豚人の獲得経験値は小鬼のほぼ倍に当たる五十前後。
「なんだ、ぜんぜん楽勝じゃん。これならもっと早くても良かったね」
ヒジリが落雷で豚人の焦げカスを作りながら素直な感想を口にした。イェンリンが火炎球で豚人の燃えカスを作りながらヒジリの感想に同調するように答えた。
「そうだね。まあ、どうしても慎重にいくしかないんだけど、いくらでも時間をかけれるって訳でもないし、次に進むタイミングはもうちょっと早くしてもいいのかも」
火炎球という派手な攻撃を放つことに慣れた様子のイェンリンに、イツキが声をかける。
「同じスキルでもレベルが上がってステータスが高くなるのに比例してるのか、威力が増してるみたいですね」
徐々に増すスキルの威力について、実感を持っていたイェンリンが笑顔でうなずく。
「うん、そうみたい。最初は気のせいかなってぐらいの差だったけど、今は最初と明らかに違うよね」
豚人との三十分ほどの戦闘で、全員のレベルが一つ上がりレベルは九となった。豚人を相手にした戦闘はすぐに単調なレベル上げの作業となった。
「なんか、豚人がここまで楽勝だと、次にいってもいい気がしてくるね」
イェンリンが口にした豚人とのバトルで得た感触からくる感想に、ヒジリがすぐさま賛同した。
「僕もそれ思ってた。次の鬼ってなんか見た目は強そうだったけど、意外といけるんじゃない?」
ヒジリの楽観的な見解を、真っ先に肯定したのはテルヤだった。
「そうですね。スセリがエニアドをゲームとしてデザインしたと言っている以上、まだ序盤である一条エリアで極端に難易度が上がるような設定にはなっていないと私も思います」
テルヤが楽観的な推測を発言したことに、イツキとアラタはわずかな驚きを持った。
先に口を開いたのはアラタだった。
「ちょいと希望的観測って気がせんでもないけど、否定する根拠があるっちゅうわけでもなし……そしたら、次にいってみましょか」
テルヤとアラタの意見が合致したことでパーティーとしての意向は決まったと感じたイツキだったが、敢えて違う意見を言ってみることを試みた。
「あと一つレベルを上がれば十になります。そろそろ新しいスキルを覚えるタイミングかもしれませんし、安全マージンが確保できてる豚人で、キリがいい十までレベルを上げておきませんか?」
イツキの提案にすぐさま同調したのはミツだった。
「それがええ思うわ。まだ焦らんでもええ頃合いや思うし」
自分の発言力が低下するのを恐れたというのが正直な動機だった提案に、ポンと発する一言に説得力のあるミツが賛成してくれたことでイツキは胸をなで下ろした。
ミツの意見に時を移さず乗ったのはアラタだった。
「それもアリやな。キリがええレベル十で新しいスキルを覚えるかは分からへんけど、もう一つぐらいやったらレベル上げてみるんは確かにアリや思う。そうしよか」
アラタが結論を示すように言い切った。
テルヤが反論することもなく、九人は豚人との戦闘を続けることとなった。
ときおりランダムな位置に突如として湧出する豚人には警戒しながらも、レベル上げの作業的な戦闘が続いた。一時間ほどの戦闘でレベルが一つ上がり全員のレベルが十になった。
根拠などなかったイツキの憶測が当たり、レベルが十になると同時に全員が新しいスキルを習得した。
イツキの新たなスキルは、
イツキは新しいスキルの威力に強い手応えを感じた。
「この威力は使えそうだな……」
ポツリと感想を漏らしたイツキが、近くに湧出した豚人を兜割で両断する。
これまでとはモンスターの骨身を断つ際の感触が明らかに違うことに気付いたイツキは、スキルの効果によって攻撃の動作自体に補正がかかっているせいかと推測した。
テルヤは影縫いというファンタジーとしての忍術のようなスキルで、モンスターの影がその足に絡みつき動きを封じるというものだった。
「これは今後の敵……ボスモンスターとの戦闘などを想定したスキルかもしれませんね」
テルヤはアルカイックスマイルのまま感想を口にしながら、豚人の動きを影縫いで封じてみせた。
イェンリンは
ハルミが新たに習得したのは照明弾というスキルで、名前の通り閃光を発する弾を打ち出すものだった。モンスターの目を眩ませる以外の用途は、本人も他のメンバーも思い付かなかった。
ウブは
ミツは
「なんや使い途がパッとせえへんスキルやねえ……」
ミツは不満げに新たに習得したスキルへの感想を漏らした。
ヒジリが新たに習得したスキルは放電という敵を感電させる効果を持つもので、五メートル四方ほどの範囲でモンスターを感電させて動きを封じることが出来た。
「直接モンスター倒すわけじゃないけど、僕のスキルは派手だね」
ヒジリはまんざらでもないといった口調で感想を言いながら、放電で三体の豚人を感電させてみせた。
「これは汎用性が高そうだな……他の攻撃への布石にも使えるし」
イツキが感電して動きが止まった豚人を難なく斬り捨てる。
アラタが習得したのは泥人形というゴーレムを召喚するスキルだった。「エメト」と発声することで体長三メートルほどのゴーレムを召喚し、遠隔操作することが可能というスキルだった。
召喚されたゴーレムを見てアラタより先に感想を発したのはイツキだった。
「ゴーレム……!? ゲームっぽいというかファンタジーっていうか、他の属性とはまたずいぶんと毛色が違うスキルですね」
イツキの素直な感想に対し、アラタは微苦笑を浮かべて答えた。
「なんや土属性て聞いたときはハズレか思うたけど、序盤でこの感じやと今後のスキルも期待できそうやなあ……」
初期スキルとは異なり、用途の幅が広がった新たなスキルをパーティーのメンバーが習得していく中で、最後に新たなスキルを習得したのはアオだった。
癒しの歌というスキルを習得したアオはストレージウインドウに追加されたスキルの説明を一見して、驚きを隠せずに目を丸くした。
その効果は「軽傷の治癒」となっていた。
アオはストレージウインドウを開いたままイツキのそばに駆け寄った。
「イツキ……! わたしの、治療スキルだよ!」
アオが指差すストレージウインドウを確認したイツキは思わずアオを抱き上げた。
「やった! やったぞ! スゴいぞアオ!」
アオが発した「治癒スキル」という言葉を聞いた他のメンバーも、驚きと喜びをもってアオのもとに集まった。
「イツキ、きのうの傷で試してみたいんだけど」
アオの提案を聞いたイツキは、抱き上げていたアオを下ろすやすぐに上着を脱いだ。
昨日の戦闘でイツキが負った左肩の傷は既にほぼ治りかけていたが、治癒スキルを試すためには役立つ形となった。
アオがスキルを発動するための「クラティオ」という言葉を発音すると、イツキの傷が淡いピンク色の光に包まれた。数秒で淡い光が消えると、疵痕も残さず傷が完治していた。
「うん。本当に治癒スキルだね。アオがヒーラーになったってわけだ」
裂傷があった左肩を確認したイツキが言うと、パーティーの中で一人だけ小鬼すら一撃で倒せない現状に消沈していたアオが顔を輝かせた。
「うれしい……よかったあ……」
安堵の声を漏らしたアオに、イェンリンが抱きついた。
「ほんとスゴい! スゴいよアオさん!」
イェンリンが嬉しそうにアオを抱き寄せる光景に触れて、イツキは嬉しさを隠せずに破顔した。
どの程度の傷まで治癒できるのか現時点では分からないが、たとえ「癒やしの歌」という最初に現れた治癒スキルの効果が小さかったとしても、エニアドが負傷の治癒が可能なゲームだと判明したのは大きいとイツキは思った。