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第15話 GAME START

 ワイヤレス充電パッドの上に置かれた手首装着型情報端末の日付が、三月二十四日に変わった午前零時。

 ベッドサイドのランプだけが灯った薄暗い客室で、下着のみを身に着けたハルミは窓から一点を見つめていた。その視線の先にあるのは周囲の闇を吸収し、凝縮しているかのように黒い京都御苑。


「モンスター……怪物、バケモノ……妖怪」


 ハルミは視線を動かさずに、か細い声でぽつりとつぶやいた。

 十四歳でバグが発現して京都に移るまで、ハルミは埼玉県の浦和で生まれ育った。

 浦和にいた頃のハルミはいじめの対象となっていた。

 そのきっかけはハルミにも分からない。いつしかハルミ遥海は名前を音読みにしたヨウカイとクラスメイトから呼ばれていた。

 オモヒカネと呼称されるバグを発現したのは、十四歳の誕生日だった。

 対象の思考を読むという異能力を手にしてしまったハルミは、自分が本当に妖怪になったんだと感じた。


「妖怪同士、殺し合う……」


 表情をぴくりとも動かさずにつぶやいたハルミは、ただ純粋に黒い京都御苑を見つめ続けた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 同刻。ヒジリが宿泊する客室は明るかった。

 室内の照明類は全て点けられ、壁に掛かっているテレビもついていた。

 ナイトウエアを着たヒジリはベッドの上であぐらを組み、テレビのチャンネルをザッピングしていた。

 どの放送局も京都の異空間について報じていた。


「二十三日の未明に出現した、京都の巨大な正体不明の空間。京都レクタンギュラーでは自衛隊の配備が進んでいます。現場から中継です」


 流行のメイクだけは板に付いている女性アナウンサーの声に合わせて、テレビが中継画面に切り替わる。

 中継先は京都で最も賑わうとされる象徴的な交差点である四条河原町しじょうかわらまちだった。


「こちら、京都レクタンギュラーの境界線となっている寺町通に、沿うようにして封鎖エリアが構築されている河原町通と、京都レクタンギュラーによって分断された四条通が交差する四条河原町です。次々に自衛隊の車両が到着しています」


 興奮が滲み出ている在阪準キー局の男性アナウンサーの背後では、訓練の成果が見て取れる自衛官による誘導のホイッスルが鋭く鳴り響いていた。

 陸自の高機動車や悪路対応の改造を施されたトラックのチューブレスタイヤが舗装を踏む、通常の車両よりもわずかに高い音調の走行音も中継スタッフのマイクが拾っている。

 河原町通の東側の歩道には、びっしりと群がる野次馬の姿が見られた。

 大きなカメラを構えてしきりにシャッターを切るミリタリーおたくや、治安出動反対と書かれたプラカードを掲げる自称市民活動家などが目立つが、その多くは好奇心を満たしたいだけで緊張と昂揚の空気に吸い寄せられた人々だった。


「なお現在、配備の進んでいる部隊は、陸上自衛隊中部方面隊、第三師団第七普通科連隊、同第三十六普通科連隊、同第三通信大隊……」


 テレビのリモコンを放り投げ、ぼすっとベッドへ横になったヒジリは膝を抱えた。


「……やっぱり独りは、さみしいな」


 ぽつりとつぶやいたヒジリは、テレビの音声を空虚な子守唄にしてゆっくりと目を閉じた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 十一時三十分。

 宿泊したシティホテル内にあるレストランで、軽めのブランチを済ませた九人はロビーに集合した。


「モンスターが動き出すというゲーム開始まで三十分ほどとなりました。パーティーでの役割分担を確認、といきたいところですが……」


 真っ先に口を開いたテルヤの言葉を引き継ぐように、イツキが現状を確認する。


「前衛は俺とテルヤさんの近接戦闘組で、ヒーラーやサポーターがいれば後衛になるんでしょうが……ヒーラーが不在な上に全員が攻撃系のスキルを持ったアタッカーとなると、役割分担のしようもないですね」


 腕組みしたアラタが、うんうんとうなずきながら口を開く。


「言うても始まらんけど、ただでさえ生身で戦わなならんのにヒーラーがおらへんのは今さらやけど痛いなあ。負傷を避けるんが前提っちゅうか、負傷せんように動き回る戦闘しかできひん。攻略のスピードが相当遅くなるんは覚悟せなあかん」


 悲観的にも聞こえるアラタの発言を受けて、アルカイックスマイルを崩さないテルヤが方針を示す。


「モンスターを倒して得られる経験値で、どの程度レベルが上がるのか? 新たなスキルを習得するレベルはいくつなのか? 回復系のスキルは存在するのか? 何ら判断材料がない現時点では、全員がある程度固まってモンスターを順次撃破していくしかありませんね」


 テルヤの打開策を聞いて、納得した表情で首肯したアラタが結論を口にした。


「ほな、その方向で。ゲームの開始と同時に昨日のチュートリアルん時と同じ、蛤御門から突入するとしよか」


 アラタの決定に反論するメンバーはいなかった。

 九人はホテルを出てると、烏丸通を挟んでほぼ真向かいに位置する蛤御門の前へゆっくりとした足取りで移動した。

 各自が左手首に装着した情報端末で時刻を確認する中、正午になると同時に九人の視界の上方中央に鮮やかに赤い表示が現れた。


 【GAME START】


「おっ、ほんまに始まってもうたな。しゃあないし、行こか」


 アラタが軽い調子を強調するようにして、全員に向けて声をかけた。

 皆の緊張をほぐそうとするアラタの気遣いを感じながら、イツキは蛤御門の手前まで進み出ると腰に差した太刀を引き抜いて正眼に構えた。


「行きましょう!」


 イツキが発した号令に合わせ、エニアドのプレイヤーとなった九人のバグホルダーたちは一斉に蛤御門をくぐり、モンスターが待ち構える京都御苑へと足を踏み入れた。

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