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第14話 ナイト役

 小料理屋での昼食を終えた九人はホテルに戻ると、翌日のゲーム開始まで各々の客室で休むことにした。

 イツキとアオ、アラタとウブの二組は同室だった。

 アオは客室に戻ると早々に、エニアドのコスチュームであるアオザイを脱ぎ始めた。


「まだ早いけど、もうシャワー浴びちゃうね」

「うん。きょうは早めに休んだ方が良さそうだしね」


 イツキは答えながら腰に差した太刀を外し、ソファに腰を下ろした。

 テレビをつけようかと一瞬だけ迷ったが、今は情報過多になるのを避けようと決めて目を閉じた。考えないといけないことは山積しているが、今はゲームだけに集中すべきだ。イツキは自分にそう言い聞かせた。

 ぱたぱたとアオがバスルームへ向かう足音だけに耳を澄ます。俺が守らなければいけない足音だ。そう思ったイツキは、自分がやるべきことは意外にシンプルなんだと思考を切り替えた。

 アオがシャワーを浴びる音だけがかすかに聞こえる客室で、イツキは目を開けて立ち上がった。


「さて、と……」


 イツキはコスチュームである詰襟の軍服を脱いで、客室に備え付けのナイトウエアに着替えた。

 給湯ポットで湯を沸かしてコーヒーを淹れる。自分を落ち着かせるようにゆっくりと淹れたコーヒーを片手に、イツキは窓から外を眺めた。

 無人の烏丸通。静かすぎる京都御苑の緑。イツキがコーヒーカップに口をつけた時、静寂を破る爆発音が聞こえた。離れた位置のもので寺町御門の方角だということは分かった。

 イツキは情報端末の時計を確認した。時刻は十五時三十分。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 同刻。寺町御門前。

 周囲を封鎖する警察車輌に混じって、陸上自衛隊の高機動車や大型トラックが並んで停車していた。

 急造のブルーシートだった囲いは、工事現場に見られるような鉄板のフェンスに変わっていた。


「寺町作業班より本部。指向性爆破薬による爆破を完了。効果は認められず。送れ」

「本部了解。その場で待機せよ」


 無線のやりとりを間近で聞いていた猪上は、少し離れた位置に立っている後藤のそばに寄ってから口を開いた。


「やはりだめですね。指向性爆破薬でも、びくともしないんですから」

「ああ、これで物理的に破壊するのは不可能だと、上が納得してくれりゃあいいけどな」

「この行為は、スセリを刺激することにならないでしょうか」

「こんな些末なことは気にしないんじゃないか? 想定内だろうさ……さて、出ようか」


 後藤と猪上がフェンスの外に出る。

 爆発音に驚いた付近の住民が、封鎖線に沿って群がっていた。


「やれやれ……秘匿をむねとしてきた我々が、衆人環視の中にいるとはね」


 後藤は溜め息まじりに言うと静かに歩き出した。猪上も音を感じさせない足運びで後藤の後に続く。


「事務所に戻りますか?」

「いや、セーフハウスで少し休もう。箱の外で助かったよ」


 後藤と猪上はその場の空気に素速く馴染むすべを身に着けていた。封鎖線を越えると自然と付近の住民に溶け込み、そのまま姿を消すように封鎖されたエリアから離れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 十六時七分。アラタとウブが宿泊する客室。

 シャワーを済ませたウブが、バスローブを羽織ってバスルームから出た。


「ほな、また」


 タイミングを合わせるように、アラタが電話を切った。

 アラタはエニアドのコスチュームである芥子色の軍服を着たままだった。

 バスタオルで瑠璃色の髪を拭きながらウブが訊いた。


「妙理……?」


 アラタが首肯してから答える。


「ああ、事務局長や」

「妙理の人たち、慌てたはるやろねえ」

「それが意外とそうでもないわ。異空間に取り込まれたんが会長やったら、それこそ大騒ぎやろうけど」

「……そやねえ」

「ほな、薬の調達に行ってくるわ」

「……堪忍かんにんな。まさか忘れるやなんて思わへんかった」


 ウブはわずかに目を伏せた。


「気にせんとき。ほんまに眠剤みんざいだけで大丈夫そうなんか?」

「うん。大丈夫やと思う」

「この状況やと、日中に眠気のこす訳にはいかへんからなあ……朝に残らんタイプやと、やっぱハルシオンか」

「うん。それでええよ」


 ウブがこくりとうなずく。


「念のためにデパスも調達しとくか?」

「そやねえ……ほなお願い」

「分かった。ほなな、すぐ戻るわ」

「うん。気いつけて」


 客室を出るアラタをウブが見送った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 十八時十九分。イェンリンが宿泊する客室をミツが訪れていた。

 既にナイトウエアに着替えている二人は、缶ビールを片手に晩酌していた。

 つまみに用意したピスタチオを指で摘まみながら、ミツが口を開いた。


「やっぱり心配なんはハルミさんやんなあ。フォローできればええんやけど……」


 カシューナッツをビールで流し込んだイェンリンがうなずく。


「いわゆるナイト役がいればいいんですけど」

「ウブさんにとっての、アラタさんみたいな?」

「そうですね……俺が守る。そう断言してくれる存在」

「テルヤさんは? どないなん?」

「紳士的に見えますが、残念ながら姫を守るようなキャラではないですね」

「そうなんや……イツキさんは、アオさんで手一杯やろし……」

「男性陣は全滅ですね」


 ミツはピスタチオを口に放り込んで、わずかに思案する表情を浮かべた。


「まあ、このゲームがどないなもんか、始まってみいひんことには判断つかへんし、展開も読めへんけど……」

「ゲームというからには、難易度は設定されているでしょう。それ次第ですかね」

「多少は強化されとるみたいやけど、生身でモンスターと戦うやなんて埒外らちがいな状況やからねえ。まあ、男に期待するような時代なんとっくの昔に終わっとるし、私らでフォローするしかあらへんのとちゃう?」


 イェンリンはのどを鳴らしてビールを飲んでから答えた。


「そうですね……それにしても、男をあてにする時代ってやつを、一度ぐらいは経験してみたかった気もしますね」

「そやねえ。まあでも、そないな時代を否定して終わらせたんも、私ら女やけどねえ」


 顔を見合わせた二人は、揃って苦笑いを浮かべた。

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