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第13話 伝家の宝刀

 各々にスキルの内容と発動方法を確認した九人は、誰かが呼び掛けるでもなく各々の距離を保ちながら自然と集まった。


「エニアドをゲームとして単純に捉えるなら、基本操作のチュートリアル完了といったところですね」


 テルヤが現状を確認するように言うと、それを受けるようにイェンリンが提案した。


「ちょうど頃合いですし、みんなで昼食にしません?」

「そうですね……」


 イツキが賛成を口にした時、左手首に装着している情報端末が電話の着信をバイブレーションで報せた。

 小型モニターの表示で後藤からの電話であることを確認したイツキは「後藤さんからです」と断わってから電話に出た。


「いま大丈夫か?」


 後藤の落ち着いたバリトンボイスが情報端末の超小型スピーカーから出力される。


「はい。ちょうど落ち着いたところです」

「どうだ、中の状況は」

「九名の合流と顔合わせは無事に済み、エニアドに関する情報を共有。エニアドの攻略で必要となる動作などの確認を終えたところです」

「そうか。バックアップできる状況ではないが、報告は密に頼む」

「はい。物資の現地調達を既に行っています。事後処理をお願いすることになりますが……」

「それは気にしなくていい。必要なら何でも使ってくれ。遠慮は無用だ」

「分かりました」

「身の安全を最優先としつつ攻略に当たってくれ。全員の無事を祈っている」

「了解です。では」


 イツキが電話を切ると、イェンリンが感想を漏らした。


歯痒はがゆいんだろうね、後藤さん」

「そうですね……今回ばかりは手腕を発揮しようがないですから……祈っているなんて言葉、後藤さんの口から初めて聞きましたよ」


 そのタイミングで、アラタが軽く右手を挙げてから発言した。


「ちょいと皆さんに提案っちゅうか、相談があるんやけど、ええですかね?」

「なんでしょうか」


 テルヤが即座に答えると、アラタが腕組みしながら言った。


「エニアドをクリアするまで、バグの発動を禁止にしませんか。疑心暗鬼のもとになる思うんですわ」


 イツキは胸の内でアラタに喝采かっさいを送った。

 自分が提案しなければと考えていた内容だった。バグの特性を考慮すれば信頼関係が十分に醸成される前の使用は避けたい。できるならバグを使用せずにエニアドをクリアしたいと考えていた。

 そんなイツキの考えを見透かすように、テルヤは反論した。


「私たちはデスゲームの最中さなかにいるんです。持てる力は全て使うのが自然だと思います。スセリがプレイヤーにバグホルダーを選んでいる点でも、エニアドの攻略にバグが絡む可能性を考慮すべき段階で、禁止を決めるのは早計かと」


 イツキは胸中で逡巡した。確かにテルヤの意見にも一理あると思った。

 アラタはうなずきながらも持論を曲げなかった。


「ゲームを攻略するパーティーとして協力してくには、バグは邪魔やと思うんですわ……異能力の特性を考えるとねえ」

「そうとも限らないでしょう。戦闘に有効な使い方があるかもしれない。今はあらゆる可能性を考えるべきです」


 アラタが「うーん」と唸りながら首を傾げる。


「バグの発動を感知できるんは、アシナヅチであるイツキさんだけやし、常にバグに対して気を張ってなくちゃならんのは、イツキさんの負担も大きいでしょう」

「それを考慮に入れても、この不測の事態に際して力を削ぐような方策は得策ではないかと」

「不測の事態やからこそ、疑心暗鬼が怖いんちゃいますか?」


 アラタとテルヤの意見を黙って聞いていたイェンリンが割って入った。


「両者の言い分はもっともだと思います。どうでしょう。パーティーを組むメンバーは九人いますし、多数決で決めるというのはどうですか?」

「……ええでしょう」


 イェンリンの提案を聞いたアラタが同意すると、テルヤは微笑を浮かべて首肯した。


「それじゃ、バグの発動を禁止するのに賛成の人は手を挙げてください」


 イェンリンはそう言うと、まず自らが手を挙げた。

 アラタも手を挙げると、ウブ、イツキ、アオが続けて手を挙げる。


「賛成多数ですね。承知しました」


 テルヤはあっさりと決定を受け入れた。

 イツキはひとまず安堵した。取り敢えずはバグの発動が禁止になったことで、考える時間を得られたと思った。

 状況がどう変化するか分からない現時点で、イツキが事態を楽観することはなかった。


「さて、と。話も済んだし、ここらで昼食にしません?」


 イェンリンが空気を変えるように明るい口調で提案した。


「さんせーい! お腹空いたよお……!」


 両手をだらりと下げたヒジリが、真っ先に賛同した。

 九人は宿泊するホテルからほど近い烏丸通沿いにある小料理屋へ移動した。

 こぢんまりとした店で、九人で貸し切りの様相を呈した。

 料理が得意だというアラタとイェンリンが調理役を買って出て、小さな厨房に入った。


「けっこう豪華な食材が揃ったはるわ。趣味もええし、高級店やなあ」


 アラタは感心しながら、旬の桜鯛を捌いた。


「魚介類は今のうちに食べておかないと、ですね」


 イェンリンも立派なハマグリを見つけて機嫌が良かった。

 厨房に入った二人がてきぱきと調理する姿を見ながら、イツキは人数分の飲み物を用意した。


「今日やらなあかんことは済んだことやし、私はビールもらうわ」


 ミツが注文するように言うと、イェンリンも「じゃあ、あたしもビール」と同調した。

 アラタとテルヤ、そしてヒジリが乾杯に付き合った。

 調理を終えたアラタはテーブルの席に腰掛けると、ふうと小さく息を吐いた。


「明日っからパーティー組む九人での、最初の食事やなあ」


 アラタと一緒に厨房を出たイェンリンが、乾杯の音頭を取った。


「それじゃ、全員の無事とゲームクリアを祈って、かんぱいっ!」

「かんぱーい!」

「乾杯」

「……かんぱい」


 不揃いな乾杯で、九人での最初の食事が始まった。

 旺盛な食欲をみせるアオとヒジリ。対照的に少食なウブとハルミ。

 まだ日が高いというのに、豪快にはいを重ねるイェンリンとミツ。

 そろそろ十三時を指そうとする壁の時計を見て、アラタがテレビをつけた。

 程なくして緊急放送を告げるチャイムとともに、男性アナウンサーが呼びかけた。


「京都および近県の視聴者のみなさんに、これから緊急放送をお送りします。テレビをご覧の方はできるだけ多くの人に声をかけ、放送をご覧になるよう、ご協力をお願いします。繰り返します……」


 男性アナウンサーの抑制された声で告げられる聞き慣れない呼びかけに、九人は手を止めた。


「今から十五分前、福中官房長官は緊急記者会見を行い、京都の治安を維持し予想される最悪の事態に備えるため、自衛隊内の一部部隊に出動を要請した、と発表しました。繰り返します……」


 テレビから流れる緊急放送に、アラタが低い声で反応した。


「なんや、えらい早く伝家の宝刀、抜きよったな……」

「これって……治安出動ってことですよね?」


 イェンリンはアラタに、確認するように訊いた。


「そうでしょうな……思い切ったもんですわ。初めての治安出動が、こうも早く出るとはねえ」


 イツキはテレビを注視した。


「これは、突如として出現した巨大不明空間について、充分な検討を行った結果、現在の警察力のみでは予想される最悪の事態に対応できないという判断に、基づくものであり……」


 異常な状況に置かれていても、どこか和やかに進んでいた食事が止まる。

 焼きハマグリの香ばしい香りがイツキの鼻腔をかすかにくすぐる。

 その平和な香りと緊急放送のミスマッチに、イツキは現実感の喪失をあらためて感じた。


「壁の外は大騒ぎやな……」


 アラタがぼそりと呟く。

 イェンリンは喉を鳴らしてビールを飲むと、ふうと短く息を吐いた。


「今回ばかりは、イルリヒト単体での処理は無理ですね」


 グラスのビールを一息で飲み干したミツが、イェンリンの言葉を受けるように口を開いた。


「バグの存在を秘匿したまんまで事を収めるんに、どないな理由つけるんやろねえ」


 アラタがイェンリンとミツのグラスにビールを注ぐ。


「俺らバグホルダーのことは何としても隠すつもりやろし、スセリのことも隠しおおせるつもりなんやろけどなあ」

「全てはスセリ次第ですね」


 テルヤはアルカイックスマイルの表情を崩さずに即答した。

 箸を持ったまま手を止めていたイツキが、箸を置いて腕組みする。


「東京を人質に取るスセリが、おとなしくゲームの推移を見守るでしょうか……」


 アラタもイツキにつられるように腕組みした。


「本体っちゅうか、核か胚みたいなもんかもしれへんけど、とにかくスセリにとってきっかけにはなっとるらしいスパコンへの対処次第かもしれへんな」


 考え込む空気の中で、ヒジリは軽い調子を崩さなかった。


「うーん……外で何があっても、僕たちはとにかくエニアドをクリアするしかないってことでしょ」

「そのとおりや」

「ええ、そうですね」


 ヒジリの端的な言葉に、アラタとテルヤが即座に同意した。

 イツキはエニアドのクリアが前提条件となっていることに危うさを感じたが、黙ってテレビを見つめた。テレビの緊急放送は、同じ内容を繰り返し伝えていた。

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