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第12話 チュートリアル

 チュートリアルを行うことにした九人は、ホテルの真向かいにある蛤御門はまぐりごもんから京都御苑に入った。

 常緑の木々に囲まれた京都御苑の至る所に小鬼が湧出している光景は、イツキの目には仮想現実の映像じみたものに映った。

 動かない小鬼に近付いたイツキは、小鬼が右手に握っている小振りなナイフを間近で見て微かな緊張を覚えた。

 これが動いて自分に襲いかかってくる……実際にゲームが始まった後を想像すると、体長が一メートルほどしかない小鬼すらイツキには凶悪なモンスターに見えてきた。


「じゃあ早速、始めましょうか。チュートリアルなんかパパッと済ませて食事にしましょ」


 イェンリンの軽快な声で我に返ったイツキは、胸の不安を外に出すようにフッと短く息を吐いた。

 九人は一斉にストレージウインドウを開いた。

 鮮やかな緑色に発光するウインドウが表示され、透過しているウインドウにはチュートリアルの説明が白抜きの文字で記されている。


「動く前のモンスターを標的として各々のスキルを試せ、ということですね」


 説明文を一読し、すぐさま内容を把握したテルヤが要約するように言った。

 アラタは右肩を回しながら、全員へ声をかけるように声を張った。


「ほな、実際にスキルとやらを発動してみよか!」


 九人はそれぞれにスキルの内容と発動方法を確認した。


 イツキの最初のスキルである虎振とらふりは、相手の太刀筋を踏み替えでかわすモーションで発動した。

 スキルの発動と同時に、イツキの動きが急激に速くなった。

 斬りつけられた小鬼からほとばしる鮮血は、ゲームの演出としてのエフェクトとは思えないほどリアルなものだった。

 虎振の的となって一撃で倒された小鬼が、無数の紫色の微細な粒となって静かに霧散する。

 鮮血のエフェクトは返り血まで再現したのでイツキは驚いたが、顔やコスチュームに付着したように見えた返り血のエフェクトは十秒ほどで何の痕跡も残さずに消えた。

 小鬼の骨身ほねみを断つ際の手に伝わる初めての感触に、イツキはおぞましいものを感じて愚痴をこぼした。


「すっごいイヤな感触だな……コレに慣れるのか? 俺……」


 獲得経験値も表示されたが、数値はゼロだった。

 本来は相手の太刀筋を踏み替えでかわして脇腹をえぐる技であるため、相手が動かない的であることに違和感を覚えながらもイツキは何体かの小鬼を斬り倒した。

 虎振を発動するイツキの姿を見ていたヒジリが、嬉しそうに声をかけた。


「さすが剣道有段者だねっ。もう、様になってるじゃん」


 ヒジリに言われて、自分の適性に合わせたスキルをスセリに設定されたんだろうとイツキは思った。


 アオのスキルである音波砲おんぱほうは、首元のタトゥーに触れながら声を発することで発動した。

 スキルの発動と同時に首筋のタトゥーが淡く発光する。

 音波砲は一撃で小鬼を倒すには至らなかった。音波砲の一撃では小鬼の上に表示されたHPゲージが約半分となるに止まった。


「指向性を持つ、増幅された大音量での音波攻撃か……そんな兵器がアメリカかイスラエルにあったよな……」


 保有するマワリウタというバグから、ウタ姫とも呼ばれるアオに合わせたスキルなんだろうと思いながらイツキが呟いた。

 アオが不満そうな表情を隠さずに、音波砲での一撃を同じ小鬼に重ねた。小鬼のHPゲージがゼロを示して赤く明滅すると、小鬼は静かに霧散した。


 テルヤのスキルである影貫手かげぬきては、貫手を中段に構えるモーションで発動した。

 虎振を発動した時のイツキと同様に、影貫手を発動したテルヤの動きも急激に速くなった。影貫手の発動は速さだけではなく打撃力や貫手の強度にも影響し、テルヤは難無く小鬼の左胸を貫手で貫いた。

 空手の有段者であるテルヤが中段の構えから貫手を放つ所作は、無駄がなく堂に入ったものだった。

 霧散する小鬼には目もくれず、テルヤが感想を口にする。


「どうやらモンスターにも、急所が設定されているようですね……」


 テルヤは返り血のエフェクトで染まった右手を軽く振りながら、近くで見ていたイツキに向かって微苦笑を浮かべてみせた。


「まったく、いやな感触です」


 テルヤの反応を見たイツキは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 スキルの発動によって強化されているとはいえ素手で小鬼をほふる感触を、微苦笑で済ませてしまうテルヤに対して本能的に警戒する自分をイツキは否定できなかった。


 アラタのスキルである土爪つちづめは、地面に手を付けてスキル名を発声することで発動した。

 発動と同時に地面を一本の細く鋭い刃状のものが急激な勢いで走った。土爪の切れ味は標的となった小鬼を容易く両断するものだった。噴き出す鮮血エフェクトとともに小鬼が静かに霧散する。

 土爪の威力を見たテルヤはアルカイックスマイルを崩さずに、アラタに声をかけた。


「見事な遠距離攻撃ですね」


 テルヤの端的な称賛に対して、アラタはわずかな不安を表情に浮かべながら首を傾げた。


「確かに威力は問題なさそうやし、どんな仕組みなんかは分からへんけど地面に損害も無いんはいいとして……地面に立っとる敵しか標的にできひんし、異様に素早い敵なんかが相手やと直線的すぎて躱されるんちゃうかな……とは思ってまいますね」


 たった一回の試し打ちで土爪のウィークポイントについて言及するアラタに対して、テルヤが驚く様子をみせるようなことはなかった。


「なるほど確かに、モンスターの特性に合わせて攻撃を担当するアタッカーを交代する必要は、将来的に出てきそうですね」


 アラタとテルヤが交換する意見を聞いたイツキは、素直に感心していた。

 イツキから見てメンバーの中でも特に順応が早いと感じる二人は、既にモンスターとの実戦を視野に入れている。そこは見習うべきだと思った。


 ウブのスキルである水斬すいざんは、スキル名を発声しながら手刀を振り抜くことで発動した。

 手刀の先に発生した鋭い水の刃が凄まじい速さで空気中を走り、六メートルほど離れた位置の小鬼を両断する。派手な鮮血エフェクトとともに小鬼は霧散した。

 水斬の威力を見たアラタが感嘆する。


「おお……! なかなか派手やなあ。汎用性も高そうやし、使い勝手も良さそうや」

「そやねえ……まあシンプルな動作やし、すぐ慣れそうやわ」


 ウブの反応は静かなものだったが、アラタがそれを気にする様子はなかった。

 水斬を見たイツキの胸中は複雑だった。自分が用いる刀の上位互換のようなスキルだと感じたイツキは、このゲームにおいて刀の優位性は少ないんじゃないかと不安を持った。


 イェンリンのスキルである火炎球かえんきゅうは、人差し指を前方に突き出してスキル名を発音することで発動した。

 突き出した指先から直径十五センチほどの炎の塊が凄まじい勢いで飛び出して小鬼に命中する。炎に包まれて丸焼きとなった小鬼は静かに霧散した。

 火炎球の様子を見たイツキは、感心した口調でイェンリンに声をかけた。


「スキルっていうより、もう完全に攻撃魔法ですね」


 微笑を浮かべたイェンリンが手をひらひらさせながら答える。


「属性が火だからねえ。まあ、物理攻撃じゃないのはありがたいかなあ」


 ハルミのスキルである光弾こうだんは、火炎球と同様に人差し指を突き出してスキル名を発音することで発動した。

 突き出した指先から直径四センチほどの光の弾が、目視では捉えられない光速で飛び出して小鬼の頭部を貫いた。

 流血のエフェクトすらなく静かに霧散する小鬼を、ハルミは無言のまま表情も動かさずに見ていた。


 ミツのスキルである鎌鼬かまいたちは、右手を掲げてスキル名を発音することで発動した。

 六枚の刃長が三十センチほどの風の刃が掲げた右手の上に発生すると、降り注ぐように標的となった小鬼を切り刻んだ。大量の鮮血エフェクトとともに小鬼が霧散する。その様子を見たミツは静かに呟いた。


「ふーん……まあ、風使いらしいっちゃ、らしいやろか……」


 ヒジリのスキルである落雷は、鎌鼬と同様に右手を掲げてスキル名を発音することで発動した。

 晴天の大気中に突如として雷だけが発生し、放電現象の標的となった小鬼に命中する。辺りに激しい一瞬の光と轟音を残して小鬼は静かに霧散した。

 その威力に満足したヒジリは、イツキに駆け寄ると嬉々として報告した。


「見た見た? 派手だよね、僕の。威力も凄いし」

「ああ、初期スキルの中じゃ最強だろうな。心強いよ」


 イツキに認められた喜びを全身で表すようにヒジリがピョンピョンと跳ねる。


「だよね、だよね! でもさ、連発はできないんだよねえ……今のMPマジックポイントだと十発とちょっとぐらいしか打てないよ」


 ヒジリが不服を表すように頬をふくらませた。


「なるほどな、強力なスキルはMPを消費するってわけか。俺のスキルは全然使わないからな……百回ぐらいは余裕で連発できそうだ」


 イツキはわずかな自嘲を表情に含ませたが、ヒジリがそれを気にする様子はなかった。


「ふーん……物理攻撃と魔法攻撃の差ってやつかな」

「だろうな。まあ、それくらいのアドバンテージはもらっとかないと、物理攻撃なんてやってられない」


 イツキは『エニアド』というゲームを設計したスセリがゲームバランスをどう捉え、難易度をどの程度に設定しているのか気になったが、知り得る要素が少なすぎる現時点では考えるだけ無駄だと、すぐに思考を切り替えた。

 スキルによる攻撃の標的となって霧散した小鬼は約三分のインターバルを置いて、ほぼ同じ位置に発生する淡い紫色の光が弾けると再び湧出した。

 チュートリアルの説明文には「MPは自動回復する」と記されていたが、ゲージの動きを見る限り自動回復はかなりゆっくりとしたものだった。

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