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第11話 前途

「まあ、生身のRPGなんちゅう理不尽が天井打ってもうとる、えげつないデスゲームで背中あずけることんなるパーティーん中に、ぎゃーすか騒ぐバカも順応性が低すぎるマヌケもおらんのは、不幸中の幸いかもしれへん」


 アラタが首をポキリと鳴らしながら言うと、それまで無言だったウブがぽつりと本音を漏らした。


「うちは、順応性が低すぎるマヌケかもしれへん……」

「ウブは俺が護るんやから、なんも心配せんでええ」


 アラタが当然といった口調で即答すると、ウブは三白眼の視線を正面に残したまま小さく頷いた。


「うん。そやね……」


 ウブが声に納得を含ませるのを聞いたアラタは、話題を次に進めることにした。


「ほんなら、さっさとチュートリアルでも済ませるとしよか」


 イェンリンが話の流れを遮るように右手を軽く挙げてから提案した。


「その前に必要な物資を調達しておきませんか? 医薬品や充電器なんかも含めて」


 アラタやイェンリンが事態を受け入れた上で次の行動を示す適応の早さに、イツキは驚きながらも物資の調達に対する罪悪感が拭えない自分は意識してこの異常な状況に適応する必要があると思った。

 アラタはあっさりとイェンリンの提案を受け入れた。


「調達となると現状、俺らが行動可能なんは一条通と二条通の間やから……うーん、下着なんかも調達せなあかんし……堀川丸太町ほりかわまるたまちにちょい大きめのスーパーあるんやけど、そこぐらいしか今はあらへんかもしれへんですなあ」


 イツキはアラタの言葉にハッとした。下着に考えが及ばなかった自分の鈍感さに呆れたのもあったが、ゲームのフィールドとなった異空間にいることで、ゲームの中で行動するキャラクターとして自分を捉えている部分があるのかもしれないとも思った。


「じゃあ、そのスーパーに向かうとしましょうか」


 イェンリンが普段の買い物へ出掛けるような調子で言った。

 九人はそこかしこに小鬼が湧いている京都御苑を横切るようにして、寺町御門の反対に位置する京都御苑で南西の出入り口となる下立売御門しもだちうりごもんから烏丸通に出た。

 モンスターが湧出していない烏丸通を南下して烏丸丸太町の交差点を右折すると、京都御苑と同様に動かない小鬼がぽつぽつと立っている丸太町通を堀川通に向かって西進した。

 烏丸通や丸太町通に人影はすでに無かった。

 烏丸丸太町から百メートルほど西進すると小鬼とは異なるモンスターが湧出しており、それを見たアラタが真っ先に感想を口にした。


「なんや、ゴブリンの次はオークかい。お約束通りっちゃあ、お約束通りやけど……思ったより次のモンスター出てくるん早いな……」


 道案内も兼ねて先頭を歩くアラタとウブのすぐ後ろを歩いていたテルヤは、新たなモンスターに躊躇なく近寄ると植物でも観察するようにモンスターの外見を確認した。


「確かにファンタジー作品ではすっかり定着してしまった豚の頭部を持つ典型的なオークですね。頭上の表示は豚人ぶたじんですか。どうやらモンスターの呼称は和風に統一されているようですね」


 豚人の外貌は豚のような頭部を持つ身長一メートル半ほどの肥満体で、その右手には小振りの斧を握っていた。

 少し離れた位置からイツキも豚人を凝視した。

 イツキが慣れ親しんだモニター越しのゲームならば、雑魚モンスターとしか感じない姿のモンスターだった。しかし、それが現実の空間に立っていると途端に、ホラー映画で迫ってくる怪物のように感じてしまうことにイツキは不安を持った。

 さらに二百メートルほど西進すると、小鬼や豚人ではない新たなモンスターが九人を待ち構えるように湧出していた。


「こりゃあ、一気にモンスターっぽくなりよったなあ……」


 新たなモンスターを目にしたアラタが、低い声でぼそりと感想を漏らす。

 豚人を発見した時と同様に、躊躇なくモンスターに近寄って外貌を確認しながらテルヤも感想を口にした。


「表示はそのままシンプルに、鬼ですか。序盤のモンスターらしく単純なネーミングといったところですかね。しかし豚人に比べると、戦闘力は高そうに見えますね」


 鬼はその身長こそ豚人よりわずかに高い程度だったが、半裸で露出した肌は豚人の肌色と異なり黒ずんだサビ色だった。細身ではあるが筋肉質な体躯たいくをしており、今にも襲いかかってきそうな前傾姿勢で立っている。その両手には武器を持っていなかったが、目に見えて鋭い爪を有していた。


「思ったよりモンスターが強うなるペースは早いんかもしれへんな……小鬼を見た時はゴブリン系のモンスターが続くんかと思ったけど、どうやらそうでもなさそうや……」


 アラタが口にした感想を補足するように、テルヤが見解を述べる。


「このゲーム、エニアドの難易度は、スセリが言うところのスキルやステータスの強化によって、私たちの戦闘力がどこまで高くなるのか分からない現時点では推測できませんが、強化はされるにしろ基本的には生身である点を考慮すれば、易しいゲームとしてデザインされていないのは確かなようですね」


 テルヤの見解を聞いたアラタは、客観というより達観した感じをテルヤから受けて若干の不快感を持ったが、それを顔に出すようなことはなかった。


「ゴブリンの次はオークで、そん次はオーガ。同族で強化された上位種って展開やないっちゅうことんなると、ゲームバランス掴むんも面倒ですなあ……」


 アラタが面倒くさい感じを強調して言うと、テルヤはアルカイックスマイルのままで即答した。


「ええ、我々の前途はどうにも険しいようです」


 アラタとテルヤのやり取りを聞いていたアオは、無言のままイツキの左裾をギュッと掴んだ。

 一気に迫力を増したモンスターを前にしたアオの反応は、自然なものだろうと感じたイツキは左手でアオの右手を握った。


「ずるいぃ……!」


 イツキとアオが手を繋いでいることに気付いたヒジリは、左手を伸ばしてイツキの右手を握った。

 手を繋ぐ三人を見たミツが、微笑ましいものを見た表情でイツキに笑いかけた。


「両手に花やねえ」


 イツキは無言でミツに苦笑いだけを返すと、そのままの状態で歩いた。

 さらに三百メートルほど西進して、九人は目的地である大型スーパーがある堀川丸太町の交差点に到着した。

 ドラッグストアやファストフード店もテナントとして入っている二階建ての店内は当然のように無人で、異様な静寂という感触を持ったイツキは、この空間が客と商品を含んで成立する空間なのだと思った。


「さてさて、ささっと調達しますか。日用品なんかは二階みたいね。それじゃ、女性チームと男性チームに分かれましょ」


 てきぱきと発言するイェンリンに従って、女性陣と男性陣とに分かれた九人は各々で必要な物資を調達した。

 帰路は荷物持ちを買って出た男性陣の両手が買い物袋でふさがった。

 九人はイツキとアオが利用したホテルに到着すると、それぞれが選んだ客室に物資を置いてから再度ロビーに集合した。


「それでは、チュートリアルを済ませるとしましょうか。適度に小鬼が湧出している京都御苑が手頃かと思いますが」


 テルヤが通常の業務を処理するように提案すると、イェンリンが即座に同意した。


「そうしましょう。食事はチュートリアルの後ってことで」

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