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第10話 顔合わせ

「そしたら苗字は省いて、名前だけっちゅうことで。ちょうど円になっとるし、俺から始めて時計回りにいこか」


 言いながらアラタが一歩前に出て、顔合わせの自己紹介が始まった。


「アラタいいます。二十六歳で、祖父が代表やっとる妙理教導会の事務局に籍置いとります。保有するバグはサルタビコっちゅうて……うーん、バグの作用なんかも今は省いたほうがええかな?」


 疑問で自己紹介を中断したアラタが、ヒジリに視線を向ける。

 視線に気付いたヒジリは即答した。


「うん。バグの内容なんかはイツキが把握してるんだし、お互いに知るのは追い追いでいいと思う、ますよ?」


 ヒジリの不自然な語尾を聞いたアラタが笑みを漏らす。


「ほなそうしよ。それと、俺にはタメ口で構わへんよ」


 アラタの対応をヒジリは素直に受け入れた。


「ありがと。じゃあ、そうするね」


 ウインクしてみせるヒジリに笑みを返したアラタは、自己紹介を短く切り上げることにした。


「とりあえず名前と年齢、職業ぐらいでええんかな今は。ほな、よろしゅう。そしたら次に」


 くだけた口調で自己紹介を終えたアラタは、一歩下がるとウブに視線を送った。

 ウブは動かずに、その場で自己紹介を始めた。


「ウブです。十九歳で徳育社大学に通ってます。よろしくお願いします」


 関西のイントネーションながら標準語で短く挨拶したウブが終わるのを待って、ミツが口を開く。


「ミツです。三十一歳で、ちっこい会社を経営しとります。よろしゅう」


 やわらかい口調で締め括ったミツが、ハルミに視線を送る。

 ハルミは表情を変えずに、軽く会釈してから口を開いた。


「ハルミ、です。十八歳で、この春から大学生です……よろしくお願いします」


 これで終わりだと示すようにハルミが会釈するのを待って、テルヤがアルカイックスマイルのまま一歩前に出た。


「テルヤと申します。シンクタンクに勤めております。三十五歳なのでこの中では最年長のようですが、気軽に接していただけるとありがたいです。よろしくお願いいたします」


 テルヤが静かに一歩下がるのを待って、ヒジリがぴょんと跳ねるように前へ出た。


「ヒジリでっす。二十歳で叡智えいち大に通ってます。よろしくね」


 ヒジリが元の位置に下がるのを見て、イェンリンが口を開く。


「イェンリンです。二十一歳で春から叡智大の四年生です。父が台湾人ですが、二歳から日本にいます。よろしくお願いします」


 きっぱりとした口調で自己紹介を終えたイェンリンが、順番を知らせるようにアオへ視線を送る。


「アオです。二十歳で叡智大に在籍してます。よろしくお願いします」


 短い自己紹介を終えたアオがお辞儀すると、イツキは用意していた原稿を読むように挨拶を始めた。


「最後ですね、イツキです。二十歳で叡智大に通ってます。みなさんがご存知の通り、アシナヅチと呼ばれるバグを保有してます。全員と面識があるのは俺だけですが、戦前に異能を取り仕切っていた白川協会の流れを汲む妙理教導会の本部が京都にある関係で、バグホルダーの所在は東京と京都だけになってます。東京組の五人はイルリヒト、京都組の四人は妙理を中心として面識があるので、互いに覚えるのは四人か五人。それほど苦ではないでしょう」


 顔合わせを締め括るように現状を説明したイツキに対し、アラタが話を振った。


「そんで、イツキさん。スセリはイツキさんからゲームの詳細を聞くように言うてましたわ」

「そうですか。では、スセリから聞いたゲームの内容をお伝えします――」


 イツキは自分の解釈を交えず、スセリが口にしたゲームの説明をトレースするようにして伝えた。


「――俺がスセリから聞いた内容は、以上です」


 イツキの説明を受けて、最初に口を開いたのはアラタだった。


「エニアド……確か、エジプト神話の神々やったか……うーん、生身のRPGときよったか。まんまデスゲームやなあ」


 テルヤが相槌あいづちを打つように、静かな口調で付け加える。


「東京を人質にされ、我々の生殺与奪もスセリが完全に掌握しています。今はゲームのクリアを目指すより他はありませんね」


 アラタが頷きながらテルヤに視線を向けた。


「そですなあ……しっかし、こないな状況に置かれたとは思えんほど、落ち着いたはりますねえ。特にテルヤさんは」


 アラタが自分に対して探りを入れていることを察しながらも、テルヤはアルカイックスマイルを崩さずに答えた。


「いえ、落ち着いていると言うより、覚悟を決めるしかない、と。諦観に近いですね」

「諦観かあ……あたしも、そうかもなあ」


 テルヤが口にした「諦観」という言葉に反応したイェンリンが独り言のように呟くと、ヒジリは両手を挙げて全身を伸ばしながら今の感覚を素直に口にした。


「うーん……僕はまだ、夢を見てるのかなあって感じだけどねえ」

「夢なら悪夢だな」


 苦笑いを浮かべながら言葉を返したイツキに、ヒジリが擦り寄る。


「だよねえ……まっ、イツキがいるから悪夢でも許すかっ。こうなっちゃったもんは、もうしょうがないよねっ」


 イツキにぴったりくっついて腕を絡めるヒジリを見て、表情を緩めたミツが口を開く。


「みんなして順応が早すぎる気いはたしかにするねえ。ここにおる全員、バグなんちゅうけったいな異能を持っとるからやろか」


 ヒジリを引きはがしながらイツキが答える。


「バグホルダーという特異な存在であることは、少なからず影響してるんでしょうね」

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