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第98話 金星

 スーパーファーストクラスラウンジから出て、第2ターミナル直結ホテルへ向かおうとした瞬間、


「⋯こんなとこにいやがったっ! おい! 何置いて行ってやがる!」

「あ、起きたのか」

「あ、じゃねぇ! 声掛けろよ! 夜飯一緒に行く約束だったろ!?」

「いやお前、めっちゃ気持ち良さそうにしてたから、邪魔したらわるいかなって」

「⋯てめぇ、二人と一緒に飯食った帰りじゃねぇだろうな?」

「あ、うん」

「あ、じゃねぇ!! 一人で食って来いってか!?」

「わるかったって。あっちにあるスーパーファーストクラスラウンジってとこ使ってみろよ、一人でも充分楽しいから。なぁ、ユキ、ヒナ?」


 ユキとヒナが頷くと、


「うん、なかなか入れないと思う、あんなところ。行っておいでよ」

「シンヤさん! 是非行ってみてください!」


 満足そうな顔でそう言った。


「⋯この中に俺がいないっておかしいだろ⋯!?」

「まぁそう怒んなって、明日行こうぜ明日。この休みの間の飯代は全部払ってやるから」

「⋯今日の分も?」

「今日の分も」

「⋯なら許す」

「現金なヤツ」


 シンヤは「んじゃな~」と、去って行った。

 さっき飯代って言ったけど、金掛かるものは全部俺が出すつもりだ。

 こんな金持ってても使わないしな、200億も。


 そもそも頑張ってるみんなのおかげで貯まったものだ、みんなのために使うべき。

 俺たち三人は、第2ターミナル直結の新しいホテルへと向かった。


 1階の"あのドーナッツ型のドア"の先だな。

 某有名ドーナツ店が経営しているっていう、ちょっと楽しみになってきた。


 そういや、アスタとカイはもうホテルで寝てるかな?

 一番上に"珍しい温泉"あるらしいんだけど、一緒に行かないかな。


「ねぇヒナ、今日泊まるとこ、"ドーナッツ温泉"っていうのがあるの知ってる?」


 お、ユキも把握済みか。


「え、なにそれ!?」

「この後行くけど、行く?」

「行く行く~!」


 少しの間の後、


「あのー、ルイさんも行きませんか? 混浴もあるみたいですよ!」

「⋯え、俺?」

「はい! 一緒に入った方が楽しいですよ!」


 いや⋯え?

 ん?????

 前に"アイツら"に襲われた経験だって、ずっと沁みついてるだろうに。


 いくら距離感の近い俺でも、男と風呂は嫌悪感出そうだけど⋯

 ユキの方を見ると、


「⋯いいんじゃない。ルイなら他の男と違って安心出来るし、変なのいたら用心棒になるし」

「それ、用心棒に使いたいのが本音だろ」

「うん」

「素直やめてね」

「あははっ!」

「なーに笑ってんだ」


 俺とユキのやり取りを見て、ヒナが泣きながら笑っているんだが。

 どういう感情なんだそれ。


「ルイさん、本当に帰って来たんだな~って!」


 ⋯そうか

 ユキとずっといたから感覚鈍ってたけど、まだ身体戻ってそんな経ってないんだっけ。


「だからって男の俺を混浴に誘うなんて、どうかしてるぞ」

「いいんですよ! ルイさんはユキちゃんも言った通り、他と違って超超超超特別な人ですから!」

「超超超超やめてね、俺が使ってるの蝶だぞ」


 俺が〈オールゼロインフィニット・アークニルヴァーナイーリス〉を取り出すと、九色を発光する蝶の羽根が現れた。

 白と黒と虹でコーティングされた∞形状の羽根。


 二人は爆笑していたけど、徐々に「綺麗でいいね~」とか言い始めた。

 ユキまで感情めちゃくちゃなのやめてね。


 さて、ホテル内に入って来た訳だけど、ここも結構人いるな。

 値段もピンからキリまであるらしく、1泊2万円~200万円とさらにスイートルームも用意されている。

 その中で、"一つ目立つ部屋"があった。


「なんだこの、"ヴィーナスドーナッツ・スイートルーム"って」

「1泊200万だって、やば」

「"金星のドーナッツをイメージした"って、書かれてますね。一回でいいからこういうとこ、ちょっと泊まってみたいですよね」

「ニイナが好きそう。あの子の使ってる弓、"マルチロールフェイル・ヴィーナス"って名前だから」

「へぇ~! ニイナちゃんの"あれ"、そういう名前なんだぁ! なんでユキちゃん知ってるの? 聞いたの?」

「弓を変える時、通知が出たのよ。ルイもヒナの槍を変える時、出たんじゃない?」

「あぁ、出た」

「ね。ルイが"A.ELに出来るアレ"を置いていってくれたおかげで、ほんと助かったわ。ニイナも凄い喜んでた」


 実は、あんまり覚えてない。

 俺の中の無意識がそうしたのか、ただユキたちを助けたい気持ちがそうしたのか。

 スカイツリー辺りくらいからか、記憶が鮮明なのは。


「それで、部屋どうする?」


 ユキがARで浮かぶ"サンプルの金星ドーナッツ部屋"を覗きながら言う。

 よっぽど気になるらしい。

 だったら、ちょっと意地悪してやろうかな。


「これ、試しに泊まってみようかな」

「!? ヴィーナスドーナッツ行くんですか!?」

「うん」


 すると、ユキが凄い勢いでこっちに来た。


「⋯ちょ、ちょっと! 私も⋯泊まりたい!」

「え!? ユキちゃん!? それじゃ私も!」


 二人して胸当たってるって!?

 近い近い近いッ!!

 本当に泊まるつもりじゃなくて、反応見ようと適当言ったんだけど!?


「ちょ⋯ちょっと待てって! なんでそこまで!?」

「お願い! 頑張ったんだから⋯ね? 金星に連れてって!」

「連れてってください!」


 ヒナに限ってはもう便乗してるだけだろ!?

 他のヤツに変な目で見られてるし⋯いらん事言うんじゃなかった⋯

 ⋯くそ⋯やけくそだこんなもん⋯!


「分かったから、離れろ!」

「さっすがぁ~! 金星金星金星~!」

「気持ちよく寝れそうですね~! 金星ドーナッツ~!」


 気が狂って変な踊りするのやめてね。

 ほら、「あれ七色蝶か?」とか言われて気付かれ始めたし。


 ⋯ん?

 ヴィーナスドーナッツ・スイートルームって、よく見ると一人部屋と四人部屋しかないぞ⋯?


「なぁどうする? 一人部屋と四人部屋しか⋯」

「なら四人部屋にしましょう~! ニイナちゃんに後で声掛けときます!」

「感謝しなさいニイナ、私たちのおかげなんだから」


 うーん⋯ニイナって来るのか⋯?

 もう他の部屋取ってるんじゃね?

 この三人と泊まりたいと思いそうに無いんだが⋯


 考えてても埒が明かない、とりあえず行こう。

 ドーナッツ形状のドアをしたエレベーターに乗り、30階を目指す。


 ― そして俺たちは金星ドーナッツへとやって来た

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