スーパーファーストクラスラウンジから出て、第2ターミナル直結ホテルへ向かおうとした瞬間、
「⋯こんなとこにいやがったっ! おい! 何置いて行ってやがる!」
「あ、起きたのか」
「あ、じゃねぇ! 声掛けろよ! 夜飯一緒に行く約束だったろ!?」
「いやお前、めっちゃ気持ち良さそうにしてたから、邪魔したらわるいかなって」
「⋯てめぇ、二人と一緒に飯食った帰りじゃねぇだろうな?」
「あ、うん」
「あ、じゃねぇ!! 一人で食って来いってか!?」
「わるかったって。あっちにあるスーパーファーストクラスラウンジってとこ使ってみろよ、一人でも充分楽しいから。なぁ、ユキ、ヒナ?」
ユキとヒナが頷くと、
「うん、なかなか入れないと思う、あんなところ。行っておいでよ」
「シンヤさん! 是非行ってみてください!」
満足そうな顔でそう言った。
「⋯この中に俺がいないっておかしいだろ⋯!?」
「まぁそう怒んなって、明日行こうぜ明日。この休みの間の飯代は全部払ってやるから」
「⋯今日の分も?」
「今日の分も」
「⋯なら許す」
「現金なヤツ」
シンヤは「んじゃな~」と、去って行った。
さっき飯代って言ったけど、金掛かるものは全部俺が出すつもりだ。
こんな金持ってても使わないしな、200億も。
そもそも頑張ってるみんなのおかげで貯まったものだ、みんなのために使うべき。
俺たち三人は、第2ターミナル直結の新しいホテルへと向かった。
1階の"あのドーナッツ型のドア"の先だな。
某有名ドーナツ店が経営しているっていう、ちょっと楽しみになってきた。
そういや、アスタとカイはもうホテルで寝てるかな?
一番上に"珍しい温泉"あるらしいんだけど、一緒に行かないかな。
「ねぇヒナ、今日泊まるとこ、"ドーナッツ温泉"っていうのがあるの知ってる?」
お、ユキも把握済みか。
「え、なにそれ!?」
「この後行くけど、行く?」
「行く行く~!」
少しの間の後、
「あのー、ルイさんも行きませんか? 混浴もあるみたいですよ!」
「⋯え、俺?」
「はい! 一緒に入った方が楽しいですよ!」
いや⋯え?
ん?????
前に"アイツら"に襲われた経験だって、ずっと沁みついてるだろうに。
いくら距離感の近い俺でも、男と風呂は嫌悪感出そうだけど⋯
ユキの方を見ると、
「⋯いいんじゃない。ルイなら他の男と違って安心出来るし、変なのいたら用心棒になるし」
「それ、用心棒に使いたいのが本音だろ」
「うん」
「素直やめてね」
「あははっ!」
「なーに笑ってんだ」
俺とユキのやり取りを見て、ヒナが泣きながら笑っているんだが。
どういう感情なんだそれ。
「ルイさん、本当に帰って来たんだな~って!」
⋯そうか
ユキとずっといたから感覚鈍ってたけど、まだ身体戻ってそんな経ってないんだっけ。
「だからって男の俺を混浴に誘うなんて、どうかしてるぞ」
「いいんですよ! ルイさんはユキちゃんも言った通り、他と違って超超超超特別な人ですから!」
「超超超超やめてね、俺が使ってるの蝶だぞ」
俺が〈オールゼロインフィニット・アークニルヴァーナイーリス〉を取り出すと、九色を発光する蝶の羽根が現れた。
白と黒と虹でコーティングされた∞形状の羽根。
二人は爆笑していたけど、徐々に「綺麗でいいね~」とか言い始めた。
ユキまで感情めちゃくちゃなのやめてね。
さて、ホテル内に入って来た訳だけど、ここも結構人いるな。
値段もピンからキリまであるらしく、1泊2万円~200万円とさらにスイートルームも用意されている。
その中で、"一つ目立つ部屋"があった。
「なんだこの、"ヴィーナスドーナッツ・スイートルーム"って」
「1泊200万だって、やば」
「"金星のドーナッツをイメージした"って、書かれてますね。一回でいいからこういうとこ、ちょっと泊まってみたいですよね」
「ニイナが好きそう。あの子の使ってる弓、"マルチロールフェイル・ヴィーナス"って名前だから」
「へぇ~! ニイナちゃんの"あれ"、そういう名前なんだぁ! なんでユキちゃん知ってるの? 聞いたの?」
「弓を変える時、通知が出たのよ。ルイもヒナの槍を変える時、出たんじゃない?」
「あぁ、出た」
「ね。ルイが"A.ELに出来るアレ"を置いていってくれたおかげで、ほんと助かったわ。ニイナも凄い喜んでた」
実は、あんまり覚えてない。
俺の中の無意識がそうしたのか、ただユキたちを助けたい気持ちがそうしたのか。
スカイツリー辺りくらいからか、記憶が鮮明なのは。
「それで、部屋どうする?」
ユキがARで浮かぶ"サンプルの金星ドーナッツ部屋"を覗きながら言う。
よっぽど気になるらしい。
だったら、ちょっと意地悪してやろうかな。
「これ、試しに泊まってみようかな」
「!? ヴィーナスドーナッツ行くんですか!?」
「うん」
すると、ユキが凄い勢いでこっちに来た。
「⋯ちょ、ちょっと! 私も⋯泊まりたい!」
「え!? ユキちゃん!? それじゃ私も!」
二人して胸当たってるって!?
近い近い近いッ!!
本当に泊まるつもりじゃなくて、反応見ようと適当言ったんだけど!?
「ちょ⋯ちょっと待てって! なんでそこまで!?」
「お願い! 頑張ったんだから⋯ね? 金星に連れてって!」
「連れてってください!」
ヒナに限ってはもう便乗してるだけだろ!?
他のヤツに変な目で見られてるし⋯いらん事言うんじゃなかった⋯
⋯くそ⋯やけくそだこんなもん⋯!
「分かったから、離れろ!」
「さっすがぁ~! 金星金星金星~!」
「気持ちよく寝れそうですね~! 金星ドーナッツ~!」
気が狂って変な踊りするのやめてね。
ほら、「あれ七色蝶か?」とか言われて気付かれ始めたし。
⋯ん?
ヴィーナスドーナッツ・スイートルームって、よく見ると一人部屋と四人部屋しかないぞ⋯?
「なぁどうする? 一人部屋と四人部屋しか⋯」
「なら四人部屋にしましょう~! ニイナちゃんに後で声掛けときます!」
「感謝しなさいニイナ、私たちのおかげなんだから」
うーん⋯ニイナって来るのか⋯?
もう他の部屋取ってるんじゃね?
この三人と泊まりたいと思いそうに無いんだが⋯
考えてても埒が明かない、とりあえず行こう。
ドーナッツ形状のドアをしたエレベーターに乗り、30階を目指す。
― そして俺たちは金星ドーナッツへとやって来た