「なぁ、このままでもいんじゃね?」
「だな」
と、シンヤに返事すると頭に誰かの手が乗った。
目を開けると⋯
俺の頭を撫でるユキが一人立っていた。
隣に座るシンヤは、寝たまま"睡眠空旅"をまだ満喫している。
「(⋯何やってんだよ)」
「(そろそろご飯行きたいなーって)」
どんな呼びかけ方だよ、それ。
他にも体験中の人もいるため、俺たちは小声で話す。
ってか、今何時だ?
⋯深夜の1時!?
時間を見ると、〈2030.09.27 AM01:12〉になっていた。
小一時間だけ体験してから飯食おうと思ったら、ありえないくらい経ってる!?
"睡眠空旅"、終わってんな⋯
やり始めたら、時間が一瞬で溶けちまう。
寝てるのに、空飛んでる臨場感、いろんなゲームの先行体験、周りを歩いてるだけでも様々な景色を楽しめる。
こりゃやるヤツが多い訳だ。
無料ってのも、またいいんだろうな。
⋯シンヤはこのまま放っとくか
「(んじゃ、行くか)」
「(シンヤ君はいいの?)」
「(腹減ったらくるだろ)」
バレないようにこっそり立ち、機内をユキと出ようとする。
すると、
「(あ、ニイナとノノがいる。いつ来たんだろ)」
「(なんちゅう顔して寝てんだ)」
二人が頭を合わせるようにしながら、口を開けて寝ていた。
もうただの仲良しじゃん。
もちろん起こすような事はしない。
第2ターミナル内へと戻ってくると、かなりの人が行き来していた。
ちゃんと人がいる、どこをどう見ても"現実の羽田空港"だ。
数時間前ここへ帰って来た時、ユキは泣き続けていた。
皆に心配されていたが、疲れが溜まってただけだから、とごまかして。
その理由は"俺だけ"しか知らない。
あの"違う渋谷"で一緒にいた"俺だけ"しか⋯
肉体的にも精神的にも休んだ方がいいと思い、明日明後日はここに泊まる予定にしている。
二日くらい休んだっていいんだ、焦るのも良くないからな。
「せっかくだし、一番いいラウンジ行ってみる?」
「普段行けないし、ちょっと行ってみるか」
こんな平気な顔してるけど、さっきまで泣きじゃくってたんだよなぁ、俺の胸でずっと。
腫れた目はもう引いてるっぽいな。
国際線NJAスーパーファーストクラスラウンジへとやってきた。
どうやらここは無料ではなく、"新経済対策後の収入累計額の多さ"に応じて、入れるかどうか決まっているらしい。
そのように入口横に大きく書かれており、ドア前に立つだけで入って良いかどうかの審査が行われるそうだ。
さっそく俺が立ってみると、AIカメラでL.S.が照らされた後、ドアが開いて入れるようになった。
ユキは審査がいらないようで、たぶんだけど"あの小型AIカメラで関係性の深い人間も登録している"のか、一緒に入れるようだ。
ちなみにどれくらい稼いでいたらよいのか、どこにも記されていない。
まるで消費者金融とかの審査みたいだな⋯
あれも独自審査でやってるとこ多いし、どれくらいだったら絶対通るとかもない。
さぁて、中には何があるのか。
二人して入った瞬間、
「わぁっ!」
!?
後ろを振り向くと、なぜかヒナがいた。
「さっきぶらぶらしてたら見かけたので! こっそりついて来ちゃいました~!」
「もう、何してんのよ。普通に声かけてくれればいいのに」
「ごめんごめん~。お二人さん、デート中かと思ったので」
「なっ⋯! ん、んなわけないでしょ!?」
「えへへ、焦りすぎだってユキちゃん~。冗談冗談!」
「ったく⋯ヒナはもう夜は食べたの?」
「軽く食べたよ~。でも、ここ入ってみたかったから一緒していいかな?」
「⋯いいわ、行きましょう」
「ここは全部出すから、好きにしてくれな」
ユキは喜びつつも、どこか諦めたような表情にも見えた。
⋯マジでデート気分だった⋯?
ヒナは天然発揮でキラッキラの目してるけど⋯
中は、とにかく綺麗で広かった。
振る舞われる食事も高い物ばかり。
さすが、審査が厳しいだけの事はある。
でもこれに見合うには、"死と隣り合わせを続けていかないといけない"ってのが割に合わないよなぁ。
だから人殺しをしたり、人を騙したり、いろんな犯罪も巧妙に行われて増え続けている。
ユエさんと裏部さんだって⋯
思い出すだけで、怒りに包まれそうになる。
だけど、それよりさらに苦しい事に耐え続けた"未来のアイツ"が頭に浮かび、自然と怒りが収まっていく。
アイツの気持ちも背負ってるんだ、俺は⋯
こんなところで過去ばかりに捉われてはいられない。
「ルイ⋯? 調子悪い⋯?」
「ん、あぁ⋯わりぃ、なんでもない」
「ルイさん! "A5の赤毛和牛シャトーブリアン"なんてのがありますよ!」
「おぉ! そいつは食わないと! みんなで食おうぜ! こんないい肉なら深夜でも食えるよなぁ!? なぁ、ユキ!?」
「あ、うん。でも高いよ?」
「いいって、金ならあるんだから。気にせず食ってくれ」
「さすがルイさん! 全部奢りなんて、優しすぎます!」
「はっはっは! 任せろ任せろ~!」
ダメだダメだ。
あまり考えてたら、ユキに見透かされて心配される。
今は目の前の最高肉を楽しもう。
この後も三人で最高級ラウンジを堪能した。俺の奢りで。