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第97話 三人

「なぁ、このままでもいんじゃね?」

「だな」


 と、シンヤに返事すると頭に誰かの手が乗った。

 目を開けると⋯


 俺の頭を撫でるユキが一人立っていた。

 隣に座るシンヤは、寝たまま"睡眠空旅"をまだ満喫している。


「(⋯何やってんだよ)」

「(そろそろご飯行きたいなーって)」


 どんな呼びかけ方だよ、それ。

 他にも体験中の人もいるため、俺たちは小声で話す。

 ってか、今何時だ?


 ⋯深夜の1時!?

 時間を見ると、〈2030.09.27 AM01:12〉になっていた。

 小一時間だけ体験してから飯食おうと思ったら、ありえないくらい経ってる!?


 "睡眠空旅"、終わってんな⋯

 やり始めたら、時間が一瞬で溶けちまう。

 寝てるのに、空飛んでる臨場感、いろんなゲームの先行体験、周りを歩いてるだけでも様々な景色を楽しめる。


 こりゃやるヤツが多い訳だ。

 無料ってのも、またいいんだろうな。

 ⋯シンヤはこのまま放っとくか


「(んじゃ、行くか)」

「(シンヤ君はいいの?)」

「(腹減ったらくるだろ)」


 バレないようにこっそり立ち、機内をユキと出ようとする。

 すると、


「(あ、ニイナとノノがいる。いつ来たんだろ)」

「(なんちゅう顔して寝てんだ)」


 二人が頭を合わせるようにしながら、口を開けて寝ていた。

 もうただの仲良しじゃん。

 もちろん起こすような事はしない。


 第2ターミナル内へと戻ってくると、かなりの人が行き来していた。

 ちゃんと人がいる、どこをどう見ても"現実の羽田空港"だ。


 数時間前ここへ帰って来た時、ユキは泣き続けていた。

 皆に心配されていたが、疲れが溜まってただけだから、とごまかして。


 その理由は"俺だけ"しか知らない。

 あの"違う渋谷"で一緒にいた"俺だけ"しか⋯


 肉体的にも精神的にも休んだ方がいいと思い、明日明後日はここに泊まる予定にしている。

 二日くらい休んだっていいんだ、焦るのも良くないからな。


「せっかくだし、一番いいラウンジ行ってみる?」

「普段行けないし、ちょっと行ってみるか」


 こんな平気な顔してるけど、さっきまで泣きじゃくってたんだよなぁ、俺の胸でずっと。

 腫れた目はもう引いてるっぽいな。


 国際線NJAスーパーファーストクラスラウンジへとやってきた。

 どうやらここは無料ではなく、"新経済対策後の収入累計額の多さ"に応じて、入れるかどうか決まっているらしい。

 そのように入口横に大きく書かれており、ドア前に立つだけで入って良いかどうかの審査が行われるそうだ。


 さっそく俺が立ってみると、AIカメラでL.S.が照らされた後、ドアが開いて入れるようになった。

 ユキは審査がいらないようで、たぶんだけど"あの小型AIカメラで関係性の深い人間も登録している"のか、一緒に入れるようだ。

 ちなみにどれくらい稼いでいたらよいのか、どこにも記されていない。


 まるで消費者金融とかの審査みたいだな⋯

 あれも独自審査でやってるとこ多いし、どれくらいだったら絶対通るとかもない。


 さぁて、中には何があるのか。

 二人して入った瞬間、


「わぁっ!」


 !?

 後ろを振り向くと、なぜかヒナがいた。


「さっきぶらぶらしてたら見かけたので! こっそりついて来ちゃいました~!」

「もう、何してんのよ。普通に声かけてくれればいいのに」

「ごめんごめん~。お二人さん、デート中かと思ったので」

「なっ⋯! ん、んなわけないでしょ!?」

「えへへ、焦りすぎだってユキちゃん~。冗談冗談!」

「ったく⋯ヒナはもう夜は食べたの?」

「軽く食べたよ~。でも、ここ入ってみたかったから一緒していいかな?」

「⋯いいわ、行きましょう」

「ここは全部出すから、好きにしてくれな」


 ユキは喜びつつも、どこか諦めたような表情にも見えた。

 ⋯マジでデート気分だった⋯?

 ヒナは天然発揮でキラッキラの目してるけど⋯


 中は、とにかく綺麗で広かった。

 振る舞われる食事も高い物ばかり。

 さすが、審査が厳しいだけの事はある。


 でもこれに見合うには、"死と隣り合わせを続けていかないといけない"ってのが割に合わないよなぁ。

 だから人殺しをしたり、人を騙したり、いろんな犯罪も巧妙に行われて増え続けている。


 ユエさんと裏部さんだって⋯

 思い出すだけで、怒りに包まれそうになる。

 だけど、それよりさらに苦しい事に耐え続けた"未来のアイツ"が頭に浮かび、自然と怒りが収まっていく。


 アイツの気持ちも背負ってるんだ、俺は⋯

 こんなところで過去ばかりに捉われてはいられない。


「ルイ⋯? 調子悪い⋯?」

「ん、あぁ⋯わりぃ、なんでもない」

「ルイさん! "A5の赤毛和牛シャトーブリアン"なんてのがありますよ!」

「おぉ! そいつは食わないと! みんなで食おうぜ! こんないい肉なら深夜でも食えるよなぁ!? なぁ、ユキ!?」

「あ、うん。でも高いよ?」

「いいって、金ならあるんだから。気にせず食ってくれ」

「さすがルイさん! 全部奢りなんて、優しすぎます!」

「はっはっは! 任せろ任せろ~!」


 ダメだダメだ。

 あまり考えてたら、ユキに見透かされて心配される。


 今は目の前の最高肉を楽しもう。

 この後も三人で最高級ラウンジを堪能した。俺の奢りで。

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