4階へと上がって行くエスカレーター。
近付く度に鼓動が早くなっていく。
さっきのようなのがいると思うと、鳥肌が止まらない。
あの〈虚無限蝶の捕食者(ゼロインフィニット・アークプレデター)〉と言われていたアレ。
全長2メートルほどの大きさ、背中には大きな七色蝶の羽根、左右の太い腕にはそれぞれ∞と0の紋章、身体の周囲には七色の風を纏っていた。
ルイは簡単に勝ってるように見せたけど、あんなのは私には到底出来ない。
というか、人間に出来る動きじゃない。
でも、どれだけ喚いても、ここにいるのは私とショウカさんだけ。
ルイだって今一人で頑張ってる、泣いて逃げるなんて事は許されない。
『怖い?』
「え、いや⋯」
『それでいいのよ。そういったアンテナが、結局は自分の命を守るんだから』
彼女は前を向きながらそう言った。
その姿勢からは恐れ一つ感じない。
『大丈夫よ、私たちには所長のズノウが一部使えるんだから、それがあれば大抵の事はどうにかできるわ』
「⋯はい!」
ショウカさんがこっちを向いて少し笑った。
なんかこの人といると、嫌でも前向きになっていく。
4階に着くと同時に、ハイスマートサングラスを掛ける。
やっぱりアイツらがいるのは奥の反対側の通路だ。
ちょっと歩くと、その全貌が明らかになった。
なんと、全く知らない真新しいヤツらがそこにはいた。
背中に白黒蝶の羽根、左右の腕には"死"と"生"の入れ墨?
身体の周りには"白黒の風?"が渦巻いている。
大きさはさっきと同じくらいの2メートルくらいだろうか。
『⋯まぁそうなるかぁ』
「何か⋯知ってるんですか?」
『あれは〈死生刻蝶の風嵐者(ライフタイムリミット・アークテンペスター)〉、さっきいたのと親戚みたいなものと考えていい。あれも所長のズノウから召喚された厄介なヤツ。普通にこんなのヤバいの置いてくるなんて、そんなに私たちを消したいのね』
「要は、強さも同等という事ですよね⋯」
『そうね。でも、3体ならどうにかなりそう』
「え⋯? 勝てます⋯かね?」
『4体以上だったらたぶん無理。だけど、3体だったら対処できるはず、理論的には』
理論的には⋯
つまり、それを確実に再現しなきゃいけないという事⋯
当たり前のように、ミスは一つも許されそうにない。
この時さらに絶望だったのが、ヤツらの先に"エレベーターらしきもの"が見えたという事、その周りをヤツらは永遠に徘徊している。
ハイスマートサングラスには、4階より上の階層の映像が見えなかったけど、あそこからは未知の領域になるのだろう。
ショウカさんもいつまでここにいられるか分からない。
もし突然消えてしまったら、私の身体も持たなくなる。
⋯後は私の準備が整えばいいだけ
覚悟を決めて、ヤツらと対峙するしかない。
どれだけ見ていても、ヤツらは離れてくれない。
心臓の鼓動が痛いほど早なっていく。
⋯私ならいける
⋯私ならいける
⋯私ならいける
目を瞑って何度も言い聞かせ、鼓動を落ち着かせようとする。
早く⋯早くしないと⋯!
その時、ポンと頭に誰かの手が乗った。
目を開けると、もちろんショウカさんだ。
『理論的には、なんて言ったのが良くなかったわね。ごめんなさい、職業柄みたいなものなの。ユキさん、絶対にあなたを無事に行かせるから。安心して』
「⋯ショウカさん」
やっぱりこの人⋯ヤバい。
本当は自分だって凄く怖いはずなのに、大人というものを見せている。
なのに私は⋯
「⋯もう、吹っ切れました」
『強い子ね。自分のやってきた事を信じて、最後まで。無駄な努力なんて、一つもないんだから』
「⋯はい!!」
優しく頭を撫でられる。
失いたくない、何もかも。
細い細い糸を辿って繋げるんだ、私が。
― 彼女が真っ先に前線を張り、とうとう激しく鋭利な物同士が衝突した