目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第90話 紫界

 白い光の先、二人だけがいた。

 別世界の彼と私。


 その視線の先に立っていたもの⋯

 散々私たちを苦しめてきた元凶。


 突如、総理の背中から"羽?"が生えた。

 見た事も無い、左には白い日本列島、右には黒い日本列島の形をした羽。

 それだけで全身に悪寒が伝った。


 そう感じた時、別世界の私に異変が起こった。

 上半身から血が溢れ、苦しみ始めた。


 何が起こっているのか、全く分からなかった。

 倒れる私を別世界の彼が抱えると、なんと私の身体が総理の中へと取り込まれていった。

 取り込まれる直前、私が何か言ったように見える。


 ただ一人になった彼が"二丁の銃剣"を取り出し、立ち向かっていく。

 最後に見えたのは、総理も"二丁の銃剣"を出現させた事。


 意味不明な事柄だけが揃い、白い光に包まれた。

 明けた先、目の前に広がる光景、


「ここ⋯渋谷⋯よね?」

「⋯渋谷サクラステージか?」


 夜の渋谷サクラステージが広がっていた。

 数回しか来た事ないけど、位置関係はなんとなく分かる。


「テラスの場所ね、ここ」


 二人歩き、辺りを散策する。

 誰一人いない渋谷の夜、"紫に光る夜景"だけが目に入る。


「俺があの時見た夜景と全く同じだ」

「それじゃ、やっぱりここが⋯」

「でも今回は違う、ユキだっている」

「⋯そうね」


 閑散とした中、"渋谷ストリーム"へと続いた通路を歩いて行く。

 目指しているのは、渋谷スクランブルスクエア屋上、渋谷スカイ。

 彼が言うに、あの場所に"未来ルイ"がいるという。


「あれがAI総理⋯ユキの死因も意味不明だったな」

「ね。何が何やらだったわ」

「"あいつ"はもう、対処法を教えてくれないんだよな」

「⋯うん」


 未来ルイはもういない。

 正確には、操られている身体に戻されてしまった。

 そして、その彼のズノウが作り出した世界に、私たちは今いる。


 なんだろう、この感覚。

 現実感の無い、フワフワした感じ。

 まるで山登りを続けているみたい。


 あまり長居はできなそう。

 でも今は⋯耐えなきゃ。


「⋯ん? あれ、誰かいないか?」


 確かに、奥に誰か一人立っている。

 長い黒髪にニットワンピっぽい服、黒のロングブーツ⋯女性?


 向こうから近付いてくる。

 敵⋯じゃないよね?


『待ってた、二人を』


 少し遠くから、その女性は話しかけてきた。

 待ってたって⋯どういう事?


「あの人⋯!」

「知ってるの?」

「⋯俺が見た夢に出てきた⋯未来の俺の傍にずっといた人だ」


 未来ルイの傍に⋯

 つまりはいい人⋯?


「なんでここにいるんですか!?」

『分かるの? 私の事が』

「あなたを夢で見たんです。未来の俺とずっと一緒に巨大な研究所にいたのを、それで最後に⋯骨の仮面になってしまったのを」

『⋯そっか。そう、私はただの仮面で、所長の⋯未来の君の一部。この身体も、"所長が与えてくれた時間"だから維持されてるだけ』


 彼女が私の方を向いた。


『新崎ユキさん、だよね?』

「え、はい」

『写真で見た通り、すっごく美人』

「いや、あなたの方が⋯」


 そのスタイルの良さと巨乳で言われても⋯

 でも、どこか容姿が私に似てる感じがする。


『⋯あまり話してても、よく無さそう』


 不意に彼女が合図した先、なんと"数体の何か"がいた。


「!? なんなのアレ!?」

『⋯あれは〈虚無限蝶の捕食者(ゼロインフィニット・アークプレデター)〉、所長の持つズノウの一つ。1体だけでELと同じくらいの強さを持ってるから、あっちへ避難を⋯』

「いや」

『⋯?』

「もう少し肩慣らしをしたかったんです、今の自分がどこまで出来るようになったのかを」


 そう言うと、ルイは"二丁の銃剣"を取り出した。

 その瞬間、七色と黒白の粒子が周囲を漂う。

 0と∞の模様を載せた、不思議な蝶の羽根の粒子。


 まさか⋯一人でやる気!?

 止める間もなく、彼はヤツらへと突っ込んでいった。


 心配事が嘘だったように、あっという間に殲滅していく。

 それに、前のルイとは動きも変わってる。 

 本気で未来の自分を超える気なんだと、気迫さえ伝わってくる。


『あの銃剣、〈ゼロインフィニット・アークイーリス〉と〈ライフタイムリミット・アークイーリス〉じゃない!?』

「⋯それはルイが使ってた銃剣の事ですか?」

『そう、所長⋯こっちの三船ルイはずっとその二つを使っていたの。別名、虚無限蝶の銃剣と死生刻蝶の銃剣、それでAI総理を倒したとされてる。なのに、あれは⋯』


 ルイが戻って来た。


「ふぅ」

『それ、所長とは別物よね?』


 女性が銃剣を指差して言う。


「壊れて消えましたからね、あれらは」

『⋯あの最期の時、無くなっちゃったんだ⋯』

「その言い方、俺が死んだのを見てました?」

『⋯見てた。止めようも無い力に、従うしかなかった。私はただ、所長の意志に付き従うのみだから⋯』


 喋りながら、彼女が歩き始める。


『けど、それなら所長を止められる気がする。行きましょうか、また"あの場所"へ』

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?