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第89話 終便

 すぐに座ると、アナウンスが響いた。


『本日は白空羽田空港(しろぞらはねだくうこう)のNJA(ネオジャパンエアーラインズ)をご利用頂き、誠にありがとうございます。この飛行機はNJA航空、"新崎ユキ様の死因確認"行き、00X便でございます。当機が離陸するには、"操縦席にての操作が必要"となります』


 え、いつもと違う!?

 "操縦席で操作が必要"ってなに?!


「⋯っざけやがって! ユキ、前行くぞッ!」

「うん!」


 【02:30】、【02:29】、【02:28】

 私たち、間に合うの!?


「きゃぁッ!!」


 焦る気持ちが身体を強張らせ、足をつってこけそうになった時、ルイが私を前からキャッチした。


「ごめ⋯! 足がつって⋯! 置いてっていいから⋯!!」


 なんでこんな時に⋯

 早く動いて、私の足ッ!


 【02:00】、【01:59】、【01:58】

 どれだけ願っても、カウントダウンは止まらない。

 いや⋯こんなところで⋯消えたくない⋯!


「⋯ッ! 今は文句言うなよッ⋯!!」

「えっ!?」


 私の太ももと背中を抱え、彼は走り出した。

 絶対見捨てた方がいいのに、それでも二人で行こうとしてくれている。


 正直、ピンクのショーツ丸見えだと思うけど、そんなの今はどうでもいい。

 というか、ルイだったら別に幾ら見られても⋯


 って、こんな時に何考えてるんだろ私。

 それよりも⋯


「⋯ごめんね、迷惑かけて」

「何言ってやがんだ、俺を蘇らせてくれただろ」

「⋯それはそれだし」

「んな事より、"秋葉の駅の時"と⋯同じ感じだな⋯!」


 彼は息を切らしながら、そう発した。

 その顔は少し、笑っていた。


 秋葉原駅、"この新経済対策の始まり"の時の事。

 私は足をつって動けなかった。


 置いて行ってって言ったのに、それでも彼は私を抱えて、電車の3階へと飛び乗った。

 あの時の嬉しさ、ずっと覚えてる。

 ⋯そっか、やっぱルイはルイなんだ


「⋯変わらないね」

「結局⋯イーリスだのなんだの⋯変わんねぇ人間なんだぞ⋯俺は!」


 なんか安心した。

 あのルイも、変わらない人間なんだって事に。


 もし他の人がイーリス・マザー構想の成功者だったら、彼のようにいられるだろうか?

 自分の力を振りかざし、好き放題してた可能性だってあるかもしれない。


 ホテルで私とヒナが襲われた時だって、あの男たちはELの力を使って好き勝手しようとしていた。

 あの小柴という男がなっていたらと思うと恐ろしい。

 それを考えると、ルイが成功者で本当に良かった。


 ただ、私たちのせいで人を殺させてしまった。

 償うためだけじゃなくて、ただ支えたい、ルイを。

 だから動いて、私の足⋯!


 とうとう操縦席が見えてきた。

 中に入った瞬間、後ろのドアが閉まる音がした。


『こちらで着陸先をお選びください。選択後、離陸を開始します』


 そこには、一つだけボタンが設置されていた。

 【非渋谷】、ただそれだけが。


「⋯んだよ、"非渋谷"って⋯」


 "現実に存在しない場所"だという事が直感で分かった。

 そんな場所、ある訳ない。


 でも、どれだけ見渡してもボタンは一つしか存在しなかった。

 現実へ帰れそうなボタンはどこにも無い。

 カウントダウンはもう【00:30】を切っている。


「ルイ、降ろしてくれる?」

「いいのか?」

「もう治ったみたいだから」


 降ろしてもらうと、ボタンの前に立った。

 どこにも【現実】なんてものが無いのに。


「ユキ⋯?」


 現実が無い⋯現実が⋯無い⋯⋯?

 考え続けていると、雷に打たれたように、"一つの出来事"を思い出した。


 ♢


『⋯ズノウの〈二蝶万象〉を使った。お前も見た、あの"渋谷世界"だ。この中では、相手のやる事が手に取るように分かり、自身の力も一気に跳ね上がる。さらには、カウンターを全て乱数倍にして返す事ができる』


 ♢


 未来ルイが言っていた、その場所だとしたら⋯?

 そんな事がありえるのか分からない、でももうそれしか考えられなかった。


「ねぇ、未来ルイが言ってた事、覚えてる? 〈二蝶万物〉っていうズノウをあなたに使ったっていうの」

「⋯あぁ⋯⋯まさか、その場所に行こうとしてるっていうのか!?」

「⋯わからない。でも、それしか⋯」


 【00:15】、【00:14】、【00:13】。

 後ろのドアも少しずつ消え始めていた。


「ちっ⋯押せッ!! ユキッ!!」

「⋯でもっ! ここはあなたが殺された場所なんでしょっ!? もう⋯離れたくないのっ!!」

「⋯⋯未来を超えて一生傍にいるッ!! 俺を信じろッ!! ユキッ!!」


 【00:03】、【00:02】、【00:01】。

 私は⋯






















 彼と一緒に未来を超える。

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