すぐに座ると、アナウンスが響いた。
『本日は白空羽田空港(しろぞらはねだくうこう)のNJA(ネオジャパンエアーラインズ)をご利用頂き、誠にありがとうございます。この飛行機はNJA航空、"新崎ユキ様の死因確認"行き、00X便でございます。当機が離陸するには、"操縦席にての操作が必要"となります』
え、いつもと違う!?
"操縦席で操作が必要"ってなに?!
「⋯っざけやがって! ユキ、前行くぞッ!」
「うん!」
【02:30】、【02:29】、【02:28】
私たち、間に合うの!?
「きゃぁッ!!」
焦る気持ちが身体を強張らせ、足をつってこけそうになった時、ルイが私を前からキャッチした。
「ごめ⋯! 足がつって⋯! 置いてっていいから⋯!!」
なんでこんな時に⋯
早く動いて、私の足ッ!
【02:00】、【01:59】、【01:58】
どれだけ願っても、カウントダウンは止まらない。
いや⋯こんなところで⋯消えたくない⋯!
「⋯ッ! 今は文句言うなよッ⋯!!」
「えっ!?」
私の太ももと背中を抱え、彼は走り出した。
絶対見捨てた方がいいのに、それでも二人で行こうとしてくれている。
正直、ピンクのショーツ丸見えだと思うけど、そんなの今はどうでもいい。
というか、ルイだったら別に幾ら見られても⋯
って、こんな時に何考えてるんだろ私。
それよりも⋯
「⋯ごめんね、迷惑かけて」
「何言ってやがんだ、俺を蘇らせてくれただろ」
「⋯それはそれだし」
「んな事より、"秋葉の駅の時"と⋯同じ感じだな⋯!」
彼は息を切らしながら、そう発した。
その顔は少し、笑っていた。
秋葉原駅、"この新経済対策の始まり"の時の事。
私は足をつって動けなかった。
置いて行ってって言ったのに、それでも彼は私を抱えて、電車の3階へと飛び乗った。
あの時の嬉しさ、ずっと覚えてる。
⋯そっか、やっぱルイはルイなんだ
「⋯変わらないね」
「結局⋯イーリスだのなんだの⋯変わんねぇ人間なんだぞ⋯俺は!」
なんか安心した。
あのルイも、変わらない人間なんだって事に。
もし他の人がイーリス・マザー構想の成功者だったら、彼のようにいられるだろうか?
自分の力を振りかざし、好き放題してた可能性だってあるかもしれない。
ホテルで私とヒナが襲われた時だって、あの男たちはELの力を使って好き勝手しようとしていた。
あの小柴という男がなっていたらと思うと恐ろしい。
それを考えると、ルイが成功者で本当に良かった。
ただ、私たちのせいで人を殺させてしまった。
償うためだけじゃなくて、ただ支えたい、ルイを。
だから動いて、私の足⋯!
とうとう操縦席が見えてきた。
中に入った瞬間、後ろのドアが閉まる音がした。
『こちらで着陸先をお選びください。選択後、離陸を開始します』
そこには、一つだけボタンが設置されていた。
【非渋谷】、ただそれだけが。
「⋯んだよ、"非渋谷"って⋯」
"現実に存在しない場所"だという事が直感で分かった。
そんな場所、ある訳ない。
でも、どれだけ見渡してもボタンは一つしか存在しなかった。
現実へ帰れそうなボタンはどこにも無い。
カウントダウンはもう【00:30】を切っている。
「ルイ、降ろしてくれる?」
「いいのか?」
「もう治ったみたいだから」
降ろしてもらうと、ボタンの前に立った。
どこにも【現実】なんてものが無いのに。
「ユキ⋯?」
現実が無い⋯現実が⋯無い⋯⋯?
考え続けていると、雷に打たれたように、"一つの出来事"を思い出した。
♢
『⋯ズノウの〈二蝶万象〉を使った。お前も見た、あの"渋谷世界"だ。この中では、相手のやる事が手に取るように分かり、自身の力も一気に跳ね上がる。さらには、カウンターを全て乱数倍にして返す事ができる』
♢
未来ルイが言っていた、その場所だとしたら⋯?
そんな事がありえるのか分からない、でももうそれしか考えられなかった。
「ねぇ、未来ルイが言ってた事、覚えてる? 〈二蝶万物〉っていうズノウをあなたに使ったっていうの」
「⋯あぁ⋯⋯まさか、その場所に行こうとしてるっていうのか!?」
「⋯わからない。でも、それしか⋯」
【00:15】、【00:14】、【00:13】。
後ろのドアも少しずつ消え始めていた。
「ちっ⋯押せッ!! ユキッ!!」
「⋯でもっ! ここはあなたが殺された場所なんでしょっ!? もう⋯離れたくないのっ!!」
「⋯⋯未来を超えて一生傍にいるッ!! 俺を信じろッ!! ユキッ!!」
【00:03】、【00:02】、【00:01】。
私は⋯
彼と一緒に未来を超える。