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第88話 陽菜

 大臣に使った〈灰涅槃の楽園〉は1日1回しか使えないらしく、他で頑張らないといけない。

 だったら、至近距離でぶつかるべき⋯!


 私の鎌と赤いヒナの槍が衝突し、鈍い音が強烈に響く。

 適当にズノウは使えない、〈天魔神の超反撃〉でとてつもないカウンターを食らう可能性がある。


 あなたはフィジカルはそれほど強くなかった。

 補うために、少し離れたところからいつも戦ってる。

 つまり、この距離の物理戦にそれほど慣れてないはず。


 私は散々ルイとシンヤ君に鍛えられてきた。

 高校の時だって、あの二人に置いて行かれないようにするには、常にあの速さに遅れないようにする必要があったんだから。


 それがどれだけキツいか、あなたには分かる?

 圧倒的な速さを前に、私は自分の限界を気にしてばっかり。

 ルイには絶対追い付けないとしても、せめて、せめてシンヤ君の背中は捉えていようって、やってきた。


 その"見える背中"はあまりに小さい。

 米粒ほどの大きさがあればラッキーくらい、そんな時は私が調子良い時。

 そして、今は感覚的にそれを感じる。


 だって、ルイが戻って来たから。

 好きな人が傍にいるってだけで、調子が良くなっていく。

 あなたに見せてあげる、それがどれだけの事なのかを⋯!


「⋯ッ!!」


 槍をはじき返すと、彼女はズノウを使ったのか、上から"数えきれないほどの黒と白の槍"が降ってきた。


「⋯まだ知らないみたいね、私の事」


 黒と白の槍は一瞬にして、"灰色蝶の輪郭を保った銀河空間"へと吸い込まれていった。

 〈灰空の天の川〉によって、全て"灰色のレーザースピア"へとアップデートされ、彼女へと降り返した。


 しかし、それをまた彼女は超反撃によって返そうとしてくる。

 その繰り返しが空中で行われる中、また私と"赤いヒナ"が零距離で睨み合った。


 鎌と槍の擦れる音が、タイムリミットを焦らせる。

 【04:30】、【04:29】、【04:28】と。


「いい加減に⋯しなさいッ!!」

「⋯」


 彼女は諦めてくれない、槍の姿を黒く変えて。

 まるでこの光景が、"いつか彼を取り合う日が来る"、そんな風にも感じた。

 だったら、より負ける訳にはいかない。


 ここは恋の戦場と思うんだ。

 この土俵から落ちれば、大好きな彼の全てを奪われる。

 そう思い込むと、想像以上の馬鹿力が湧き上がって来た気がした。


 毎日彼の声を聴きたくて。

 毎日彼の顔を見たくて。

 毎日彼の生活の一部になっていたくて。


 寝てる時にキスだってした。

 何回も一緒のベッドで寝た。

 さっき恋人繋ぎだってした。


 あなたには無いでしょうね。

 まだ会って間も無い、あなたには⋯!

 私にはね、それが全部動く糧になるのよ⋯!!


 不意に鎌を消し、槍を避けた。

 その瞬間、彼女は予想していなかったようで、慣性のまま前のめりになった。


 そこを狙った私は足払いでこかし、すぐさま鎌を取り出して彼女を抑えた。

 だから言ったでしょ、あの二人に散々鍛えられてきたって。


「次はフィジカルと恋の経験、鍛えておく事ね」


 最後は、灰色のレーザースピアがうつ伏せの彼女に降り注ぐと、砂のように消えていった。

 それと同時にルイが寄って来た。


「いいタイミングで終わったみたいだな」

「ね、行きましょうか」


 ヒナが言ってた事、まさかここで役に立つなんてね。

 どんな話でも、聞いておくのは大事ね。


 ♢


「ねぇユキちゃん、"私が下向いちゃう時はズノウ無効になっちゃうみたい"だから気を付けてね」

「え、そうなの?」

「うん、それ以外は大丈夫っぽいんだけどね~」

「なら、ずっと前を向いてないとね」

「だね~。でもこれってさ、"常に前を向け"っていう良い意味にも感じない?」

「⋯なんか、ヒナらしい言い方。みんなを照らせって事よ、"陽菜"だけに」

「あ、ユキちゃんってそういう事言うんだ」

「⋯バカにしてる?」

「うん、ちょっと」

「ふ~ん⋯いい度胸してるじゃない」

「うわ~! ユキちゃん怒った~! ニイナちゃん助けて~!」


 ♢


 でも、なんだろ。

 偽物でも、ヒナに勝ったのがこんなに嬉しく感じる。

 "彼を取ったのが私"っていう、勝手な妄想の幸福感に包まれている感じ。


 にやにやしていたのか、「なんで嬉しそうなんだよ」と彼に突っ込まれた。

 「べ、別に何でもない」と返す。

 だって言えるわけないでしょ、こんな気持ち。


 その代わり、手を握ってこの気持ちを表した。

 ずっと繋いできたんだから、最後もこうしてたい、恋人繋ぎ。

 これは勝った私へのご褒美。


「今もすんの!?」

「当たり前でしょ、ずっとするの」

「お、おぉ」


 【03:00】、【02:58】、【02:57】と過ぎる中、機内へと辿り着く事ができた。

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